「ショートショート」
    ミステリ

    見えない狙撃者

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     わたしはいつでもこの小さな老人を守れる態勢を取っていた。アゲナスタン共和国からの亡命者であるズラー博士である。博士は、共和国の独裁政権に対抗する地下組織のリーダーとして、アメリカの保護を求めてきたのだ。

    「相手を恐れないことです。わたしは、これまでもその方針でやってきた」

     オーデコロンの香りをぷんぷんさせつつ、博士は柔和な表情でわたしに話しかけてきた。

    「だから、脅迫者などには屈しない。正しいものには、正しい運命が待っているからです」

    「しかし」

     わたしは演説会場の警備担当主任として、この老人にささやいた。

    「現に、アゲナスタン独裁政権から、刺客が送られてきているという情報もあります。本来だったら、民主的な選挙で国のかじ取りを任されているはずのあなただ。だから、わたしとしては、あなたの安全を守るため万全を尽くすつもりです」

    「ときにあなたは、どうやって体制を変革すべきだと思いますか」

    「え?」

     わたしは虚を突かれた。

    「考えたこともないでしょうな。それがあなたの仕事ですからな」

     博士はわたしの手を軽く握ると、演説に出て行った。

     わたしは博士の言葉をどう考えたものか、首をひとつ振っ……。

     銃声。

     はっと我に返った。暗殺者だ!

     わたしは拳銃を抜き、倒れた博士に駆け寄った。首筋に手を当てる。脈は止まっていた。そして胸からは生々しい鮮血が……。いったいどこから撃たれたのだ。この建物は、わたしが念には念を入れて警備をしたはずだ。どこかに見えない狙撃者がいるのか?

     四方八方を見回したが、どこにもそれらしい影はない。聴衆は、恐怖の叫びを上げながら逃げ惑っていた。

     わたしは、壁にかけられたイエスの像に目を向け……そしてすべてを悟った。

     医療班があわただしくやってきて、博士の身体を戸板に乗せて運び出そうとしていた。わたしは義務として、博士の身体をかばいながら演壇の袖へと向かってじりじりと下がった。

     博士の言葉をひとつひとつ思い出す。

    『体制を変革するのに必要なものは?』

     ひとつしかない。殉教者だ。

     一発の弾丸で確実に命を奪うためにもっとも簡単な方法は、弾丸を使わないことだ。小指の先ほどの雷管と、青酸のカプセルにより、確実に人間は死ぬことができる。青酸化合物の独特のにおいは、オーデコロンでごまかすことができるだろう。

     今や、聖人が悪魔のような敵の前に命を落とす瞬間は、誰にもごまかすことができないままにCNNを通して全世界に報道されてしまっている。それはネットの画像にもなって、アゲナスタンの民衆の怒りをかきたて、やがては……。それはアメリカの国益にもかなうことだろう。

     見えない狙撃者とは、博士本人だったのだ。

     わたしはどのように報告書を書けばいいのかわからなかった。
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    ~ Comment ~

    Re: レオ・ライオネルさん

    平和ボケ平和ボケだといわれていますが、平和ボケの最たるものは、独裁制や警察国家を待望したり、戦争を待望したりする無責任な心だと思います。「まっさきに死ぬのは自分」だという認識が足りないからであります。

    そんなことを書いているとまたいろいろともめるのでやめときますが……。

    この小説を読んで、ダライラマやフセイン
    エジプトやリビアの事を思い出しました。

    そう思うと、日本の政治家は・・・
    不景気が続いていても日本は平和なのかも知れませんね
    • #9729 レオ・ライオネル 
    • URL 
    • 2013.01/06 00:10 
    •  ▲EntryTop 

    Re: ダメ子さん

    わたしだって殉職したくなんかありません。

    生きてるうちに作品が売れて左うちわでウハウハ生活するのが小説を書く目的だ、といって大沢在昌先生はカルチャースクールでひんしゅくを買ったそうですが、その気持ち、痛いくらいわかります。ウハウハ生活はムリでも、せめてアンケートハガキの職業欄に胸を張って書くことができる生活がしたいとほほほ。

    Re: 小説と軽小説の人さん

    わたしだって想像できませんが、それを実際にやらせてしまうのが、全体主義の熱狂だったり、革命運動の熱狂だったりするのでしょう。政治というのは本来、そういうところから最も遠い位置にいなければならない存在なのですが……。

    世にテロリストと独裁者の種は尽きまじ、です。うむむ。

    実際あってもおかしくないからこわい

    私もブログの人気のためなら殉職する覚悟も…
    ありません

    こう言った話は大好物です。

    イエスの復活……しかし、アメリカならば、博士暗殺作戦すらも企てるかも……などと想像してしまいました。

    博士の自己犠牲の精神は愛国心。自分の命を国に捧げる……僕には想像出来ません。
    • #9721 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.01/05 17:46 
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