「ショートショート」
ホラー
プール
「はい、みんな、潜って、プールの底にタッチしてみよう!」
ぼくはそういって、手をぱんと叩いた。教え子たちは、きゃっきゃと笑いながら、プールに潜り、また水面へと上がってきた。
「せんせー、これ、ひろったー」
中に、手に白い硬貨状のものを握ったやつがいた。ぼくは、またか、と思った。ぼくも悪ガキだった小学生時代、よくやったからわかる。塩素のタブレット拾いだ。
「よし、よく目を開けて拾えたな。拾ったら、またプールの中に返しておくんだぞ。それじゃ、次、ばた足の練習!」
ぼくは教え子たちにそういって、今日のノルマのことを考えた。なんとしてでも、この子供らを、夏休み明けまでに全員二十五メートル泳げるようにしなくてはならない。まあ、体育教師の仕事なのだから仕方もないのだが。
それにしても。
あの塩素のタブレット、二十五メートルの小学校用プールに入れるにしては、かなり大きくなかったか?
次の授業の日がきた。ぼくはいつものように、水のサンプルを取り、大腸菌や塩素の濃度を調べた。
「曽我先生」
はっと振り返ると、同僚の五頭先生だった。この学校のヌシみたいな中年男で、なんとなく妙な存在感がある先輩教師だ。
「なにか、異常でもありましたか?」
ぼくは首を振った。
「いえ。なにも。塩素の入れすぎじゃないか、と思ったもので」
「ああ、それですか。なに、どこの学校もそういうものですよ。大腸菌で中毒でも起こされたら、そっちのほうが大変だ」
「そりゃそうですけどね」
ぼくは、ちょっと引っかかるものを覚えた。
「まあ、これがうちの伝統みたいなものですから、変に変えないほうがいいと思いますけどね」
じゃ、と五頭先生は去って行った。ぼくは、軽く準備運動をしてから、プールに飛び込み、底を調べた。
多い。明らかに塩素が多い。しかし……水は正常だ。
どういうことなんだ?
一週間が過ぎた。ぼくは、この謎がどうしても頭から離れなかった。多すぎる塩素。正常な水。
もしかしたら……あのプールには、死体がなんらかの形で塗り込まれているのではないか? なにか、目に見えないひび割れから、その腐敗した死体の細菌が漏れ出しているのをごまかしているのではないだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。関係しているとすれば、その最重要容疑者は五頭先生だ。絶対に、なにか知っているだろうが、教えてくれるとは思えない。
スキャンダル嫌いの学校は、動きはしないだろう。ならば自分の目で確かめるしかない。
ぼくは、プールから塩素もかなり飛んだだろう、誰も来ていない早朝に、このプールへやってきた。
まずは、サンプルを取らなくては。ぼくは試験器具を持ってプールサイドにかがみこんだ。
「塩素には、血の臭いをごまかす効果もあるんですよ、曽我先生」
背後から、五頭先生の声がした。次の瞬間、ぼくはプールに突き落とされていた。
ぼくはむせかえるような血の臭いと、かつて経験したことのないような、濁った重い液体の中にいた。
ようやく頭を水面に出すと、幾人もの、幾千人もの、低い、苦しげなうめき声の真ん中にいることに気づいた。
あのプールは入り口だったのだ! この世とは違う世界への!
「血の池地獄……」
その言葉が、ぼくの頭に浮かんだ最後のまともな思考だった。
ぼくはそういって、手をぱんと叩いた。教え子たちは、きゃっきゃと笑いながら、プールに潜り、また水面へと上がってきた。
「せんせー、これ、ひろったー」
中に、手に白い硬貨状のものを握ったやつがいた。ぼくは、またか、と思った。ぼくも悪ガキだった小学生時代、よくやったからわかる。塩素のタブレット拾いだ。
「よし、よく目を開けて拾えたな。拾ったら、またプールの中に返しておくんだぞ。それじゃ、次、ばた足の練習!」
ぼくは教え子たちにそういって、今日のノルマのことを考えた。なんとしてでも、この子供らを、夏休み明けまでに全員二十五メートル泳げるようにしなくてはならない。まあ、体育教師の仕事なのだから仕方もないのだが。
それにしても。
あの塩素のタブレット、二十五メートルの小学校用プールに入れるにしては、かなり大きくなかったか?
次の授業の日がきた。ぼくはいつものように、水のサンプルを取り、大腸菌や塩素の濃度を調べた。
「曽我先生」
はっと振り返ると、同僚の五頭先生だった。この学校のヌシみたいな中年男で、なんとなく妙な存在感がある先輩教師だ。
「なにか、異常でもありましたか?」
ぼくは首を振った。
「いえ。なにも。塩素の入れすぎじゃないか、と思ったもので」
「ああ、それですか。なに、どこの学校もそういうものですよ。大腸菌で中毒でも起こされたら、そっちのほうが大変だ」
「そりゃそうですけどね」
ぼくは、ちょっと引っかかるものを覚えた。
「まあ、これがうちの伝統みたいなものですから、変に変えないほうがいいと思いますけどね」
じゃ、と五頭先生は去って行った。ぼくは、軽く準備運動をしてから、プールに飛び込み、底を調べた。
多い。明らかに塩素が多い。しかし……水は正常だ。
どういうことなんだ?
一週間が過ぎた。ぼくは、この謎がどうしても頭から離れなかった。多すぎる塩素。正常な水。
もしかしたら……あのプールには、死体がなんらかの形で塗り込まれているのではないか? なにか、目に見えないひび割れから、その腐敗した死体の細菌が漏れ出しているのをごまかしているのではないだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。関係しているとすれば、その最重要容疑者は五頭先生だ。絶対に、なにか知っているだろうが、教えてくれるとは思えない。
スキャンダル嫌いの学校は、動きはしないだろう。ならば自分の目で確かめるしかない。
ぼくは、プールから塩素もかなり飛んだだろう、誰も来ていない早朝に、このプールへやってきた。
まずは、サンプルを取らなくては。ぼくは試験器具を持ってプールサイドにかがみこんだ。
「塩素には、血の臭いをごまかす効果もあるんですよ、曽我先生」
背後から、五頭先生の声がした。次の瞬間、ぼくはプールに突き落とされていた。
ぼくはむせかえるような血の臭いと、かつて経験したことのないような、濁った重い液体の中にいた。
ようやく頭を水面に出すと、幾人もの、幾千人もの、低い、苦しげなうめき声の真ん中にいることに気づいた。
あのプールは入り口だったのだ! この世とは違う世界への!
「血の池地獄……」
その言葉が、ぼくの頭に浮かんだ最後のまともな思考だった。
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Re: レルバルさん
ホラー小説はほんと書くのが難しいです。どこをどうすると怖がってくれるのかいまだにわからん。
Re: fateさん
やっぱり、理に落ちる怪談話はコワくないのかのう。修行せねばのう。
むむむむ。
むむむむ。
あ、意味が分かりました。
そういうことだったんですね。
なるほど。
理解出来ないと「ぎゃあああああっ」となりますが、むしろ、分かったら淡々としてしまいました(^^;
しかし、迷惑な入口じゃのぅ。
なるほど。
理解出来ないと「ぎゃあああああっ」となりますが、むしろ、分かったら淡々としてしまいました(^^;
しかし、迷惑な入口じゃのぅ。
Re: YUKAさん、fateさん
自分の文章力に深刻な疑念を抱きました(^_^;)
よって一部修正。
やっぱり電池切れを心配しながらの突貫工事では穴が開くなあ(汗)
よって一部修正。
やっぱり電池切れを心配しながらの突貫工事では穴が開くなあ(汗)
これがうちの伝統みたいなものですから
↑って言葉を信じて、なんだろう? 伝統って!
と妙にワクワクしていたら・・・
血の池地獄ってなんじゃ~~~っ???
と妙にワクワクしていたら・・・
血の池地獄ってなんじゃ~~~っ???
おはようございます^^
なんで学校にそんなものが。。。
>なに、どこの学校もそういうものですよ
だとすると、この町は地獄そのもの。。。
>なに、どこの学校もそういうものですよ
だとすると、この町は地獄そのもの。。。
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Re: ダメ子さん