「ショートショート」
    ミステリ

    たらいまわし

     ←本当は恐ろしい花言葉辞典 →エドさんと緑の森の家・7月8日
     急患が発生した。いつものことだった。救急隊員のわたしは、相棒とともに救急車に飛び乗ると、夜中の道を現場目指して急いだ。

    「よくもまあ毎日毎日……」

     わたしがこぼすと、相棒の早河がハンドルを握って答えた。

    「人間が自動車やバイクを発明した以上、交通事故が起こるのは当然だ。恨むなら内燃機関を恨め」

     もっともだ。わたしは口を閉じた。ただでさえ、かなりの重大事故なのだ。患者は、現場からの連絡によると、暴走族かなにかの一員で、まだ高校二年生だという。一刻を争う、危険な状態らしい。

    「くそっ、この道、こんなに混んでいたか?」

     早河はスピードを落として毒づいた。交通渋滞に突っ込んだのだ。

    「しまった、今日は七月七日だ!」

    「七夕か!」

     なんとかいうイベントが行われるとかで、混雑が予想されるという情報があったのを、忘れていたのだ。

    「道を変えるか、早河?」

    「いや、このまま行こう。道を変える時間のロスよりも、このまま行ったほうが早い」

     わたしは頭の中で素早く計算し、どちらにせよ時間については大差ないと判断した。早河のほうがベテランだ。やつの判断を尊重しよう。

    『……救急車が通ります。道を開けてください……』

     救急車は亀の這うような速度で進んだ。

    「交通ルールはどうなっていやがる」

    「内燃機関を恨め」

     それでも、最終的には車は現場に到着した。

     わたしはドアを開けるのももどかしく飛び降り、患者のもとへ向かった。

    「どうだ?」

     早河に問われるまでもなかった。

    「残り時間はまだたっぷりある」

     わたしは、早河との間であらかじめ取り決めてある合い言葉で答えた。「の」……脳にダメージ。一刻どころか一秒の勝負になる。

     早河は無線で本部と連絡を取っていた。

    「中央病院に移送だな」

     わたしがストレッチャーで患者を救急車に乗せると、早河は車を走らせた。

     妥当な判断だ。

     今なら助かる公算もある。わたしは患者の処置を、できる範囲内で行った。

     急に車の速度が落ちた。

    「どうした!」

    「ひどい渋滞だ。目的地を変える。S総合病院だ。中央病院ほどではないが、脳外科の設備が整っている」

    「任せる」

     車は向きを変えた。

     早河と本部は何事かをいい争っていた。

    「なにをそんなに……」

    「中央病院もS総合病院も満床だとさ。しかたない。ちょっと遠いが、D慈愛病院にしよう」

     わたしは悪い予感に襲われた。D病院ももしかしたら……。



     結論からいえば、わたしの悪い予感は当たった。専門医のもとへ患者を運び込めたのは、実に九軒目の病院だったのだ。これだけ時間がかかれば、ブラックジャックが執刀医でもだめだったろう。

     医者は頑張ったが、患者は植物人間になった。

     それからしばらくしたある日、わたしはなにげなく地図を見た。あのひどいたらいまわしを思い出し、早河が取ったルートを目で追った。

    「早河!」

     早河はあの日以来、幽鬼のようになった瞳をぎらぎらさせながら、こちらにやってきた。

    「なんだ?」

    「このルートを見ろ。お前が取ったルートだ。これを見る限り、お前はわざと遠回り遠回りするように救急車を走らせたとしか思えない」

    「それが?」

     ふてくされた笑みで、早河はわたしに答えた。

    「夜中にバイクで交通事故なんか起こすやつは、みんな死んじまえばいいんだ……おれの無意識が、そうさせたんだ」

     早河は哄笑し、そして突っ伏して泣き始めた。

    「おれは、おれは、考えなかったわけじゃない。だが、おれは、指示と現場の判断の範囲内から、最善のルートを選んでいたはずだったんだ! おれは責められるべき人間なのか? おれは自分をどうしたらいいんだ? 教えてくれ! おれは殺人者なのか、それとも無能者なのか! 教えてくれ、さあ、早く!」

     わたしはなにも答えられなかった。

     早河の恋人が、暴走族と思われるなにものかによる轢き逃げで十年前に死んでいた、ということを知ったのは、それからしばらくしてのことだった。

     その時には、すでに早河は職を辞し、わたしの前から永遠に姿を消していた……。
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    うーむ、この小説は、「オチて」ないんですけれど(汗)。

    早河が意図したのか無意識なのかすらわからないし。

    その、わからない心の闇は、やっぱりわからないのであります。

    なんか禅問答みたいになってきた(^^;)

    Re: 鍵コメさん

    淋しいことをおっしゃらないで~!!

    気の向いた時にお気楽にしていただいて結構ですから、どうかこれからもよろしくお願いしますです。

    Re: limeさん

    「不幸な事故」と「過失」と「故意」を区別するのは難しいですからねえ……。

    だから裁判というものはあんなにもめるのですが。

    しかし、今の日本を見ていると、なんでもかんでも「故意」に仕立て上げてるんじゃないかと思いたくなることもしばしば。

    わたしが心理的にいわゆる「人権派」に与しているからかもしれませんけれど。

    こんばんは。

    だからと言って、これでは無差別と同じ。

    でも彼を責められるのか?

    許していいのか?

    かなり胸に来るオチですね。

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    予想を裏切られるラストで、良かったです。
    もしかしたら、七夕ということで、ファンタジーなオチなのかなとおもっちゃって^^;

    でも、これはぐっと胸に来る、重いラストでしたね。
    すごく気持ちが伝わります。
    復讐心は、不毛ながらも不滅の感情ですからね。
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