「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・7月15日
「やっぱり、何度来ても、地中海はいいわねえ!」
船上で潮風に吹かれながら、クロエさんはいいました。エドさんはといえば、ちょっとばかり、船酔い気味でした。
「そ……そうだね、きみ。最高だ」
「どうしたんです、いい大人が。だらしがないにもほどがあります」
アリントン夫人は、双眼鏡を片手に、いつも通りに背筋をすっと伸ばして、だんだん近づいてくる島影を見つめていました。
「しかし、この辺りでも、激しい戦争が起こったと聞いていますが、伯爵領がこうして残っているのは、どうしてなんですか?」
「先代様が、侵略者の手から、自由を求める戦士たちを守り抜いたからですよ。あのご一家こそ、真の貴族というものです」
戦争においては、なにが正義でなにが悪なのか、当の本人もわからなくなってしまうということを、古道具を集めているときにいろいろな人からさんざん聞かされていたエドさんは、うなずくだけにしておきました。
伯爵という人は、どんな人なんだろう。エドさんの頭には、次から次へと、これまでに出会った人々の顔が浮かんでは消えましたが、これといったイメージが湧きません。
アリントン夫人が双眼鏡を目に当て、いいました。
「伯爵様が出迎えてくださっておられます」
え? と、エドさんとクロエさんは目を凝らしましたが、それらしい人物は見えません。アリントン夫人は、数学教師のような声で続けました。
「見る方向が違います。あの城のバルコニーをごらんなさい」
いわれてみれば一目瞭然でした。白髪頭をした、背の高い人物が、城の出窓から、この船をじっと見つめていたのでした。
港に着くと、そこには、いっぱいの見物人が集まっていました。そんな中に、立派な服を着たひとりの老人が混じっていました。
「アリントン様とマクファースンご夫妻ですな。それに犬のモルデカイと小妖精のグレン様。わが主人、伯爵閣下がお待ちかねです。どうぞこちらへ」
老人の後ろに停めてある馬車から、体格のいい男が現れ、エドさんたちが苦労して持ってきた荷物を、軽々と担ぎ上げました。
「お荷物は、城までお運びいたします。どうぞ、この馬車にお乗りください。わが主人は、新しいものがお嫌いなのです」
勝手を知っているかのように、すいすいと動くアリントン夫人の後から、おっかなびっくり、エドさんとクロエさんは馬車に乗り込みました。アリントン夫人の飼い犬、モルデカイが夫人のそばに身を伏せ、グレンも、この場の雰囲気がわかるのでしょうか、どこか自信のない飛び方で、エドさんの腕にしがみつきました。
老人は、馬車を引く馬にひと鞭くれ、馬車はゆっくりと動き出しました。
「は、伯爵閣下は」
エドさんがつっかえながらもしゃべると、老人はそれに答えました。
「わが主人は、あなたがたに非礼をなされたくないのですよ。おん歳七十二になられますが、未だに馬を御されるのが何よりもお好きで。マクファースン様、あなたがたも乗馬の心得がおありですか? それならば、わが主人とともにこの美しい島をひと駆けできたでしょうが……」
エドさんとクロエさんは、首を横に振りました。どうやら、別にグレンを見世物にしてひと儲け、などということは考えていないことは確かなようです。これだけの美しい所領と、忠実な島の人々と、莫大な富を持っていて、どうして見世物で得られるようなわずかなお金に関心を持つのでしょう。
エドさんは、どきどきしてくるのを感じていました。
「伯爵閣下は、わたしたちになにをお望みなのですか」
クロエさんが、こらえきれないように尋ねました。
「わが主人は、あなたがたに、ただ、この島ですばらしい時間を自由に過ごしていただきたいと思っておられるだけですよ。それに、そのグレンとか申される小妖精のかたは、いたく、わが主人を喜ばせることでしょう」
アリントン夫人は目を閉じていました。
あちこちで、牛が鳴く声がしました。オリーブも葉を茂らせています。
「すてき……シャングリ・ラに来たみたい」
クロエさんの言葉に、老人は答えました。
「シャングリ・ラではありません。ここは、現実の島です。だから美しいのです」
馬車が止まりました。城へ着いたのです。
船上で潮風に吹かれながら、クロエさんはいいました。エドさんはといえば、ちょっとばかり、船酔い気味でした。
「そ……そうだね、きみ。最高だ」
「どうしたんです、いい大人が。だらしがないにもほどがあります」
アリントン夫人は、双眼鏡を片手に、いつも通りに背筋をすっと伸ばして、だんだん近づいてくる島影を見つめていました。
「しかし、この辺りでも、激しい戦争が起こったと聞いていますが、伯爵領がこうして残っているのは、どうしてなんですか?」
「先代様が、侵略者の手から、自由を求める戦士たちを守り抜いたからですよ。あのご一家こそ、真の貴族というものです」
戦争においては、なにが正義でなにが悪なのか、当の本人もわからなくなってしまうということを、古道具を集めているときにいろいろな人からさんざん聞かされていたエドさんは、うなずくだけにしておきました。
伯爵という人は、どんな人なんだろう。エドさんの頭には、次から次へと、これまでに出会った人々の顔が浮かんでは消えましたが、これといったイメージが湧きません。
アリントン夫人が双眼鏡を目に当て、いいました。
「伯爵様が出迎えてくださっておられます」
え? と、エドさんとクロエさんは目を凝らしましたが、それらしい人物は見えません。アリントン夫人は、数学教師のような声で続けました。
「見る方向が違います。あの城のバルコニーをごらんなさい」
いわれてみれば一目瞭然でした。白髪頭をした、背の高い人物が、城の出窓から、この船をじっと見つめていたのでした。
港に着くと、そこには、いっぱいの見物人が集まっていました。そんな中に、立派な服を着たひとりの老人が混じっていました。
「アリントン様とマクファースンご夫妻ですな。それに犬のモルデカイと小妖精のグレン様。わが主人、伯爵閣下がお待ちかねです。どうぞこちらへ」
老人の後ろに停めてある馬車から、体格のいい男が現れ、エドさんたちが苦労して持ってきた荷物を、軽々と担ぎ上げました。
「お荷物は、城までお運びいたします。どうぞ、この馬車にお乗りください。わが主人は、新しいものがお嫌いなのです」
勝手を知っているかのように、すいすいと動くアリントン夫人の後から、おっかなびっくり、エドさんとクロエさんは馬車に乗り込みました。アリントン夫人の飼い犬、モルデカイが夫人のそばに身を伏せ、グレンも、この場の雰囲気がわかるのでしょうか、どこか自信のない飛び方で、エドさんの腕にしがみつきました。
老人は、馬車を引く馬にひと鞭くれ、馬車はゆっくりと動き出しました。
「は、伯爵閣下は」
エドさんがつっかえながらもしゃべると、老人はそれに答えました。
「わが主人は、あなたがたに非礼をなされたくないのですよ。おん歳七十二になられますが、未だに馬を御されるのが何よりもお好きで。マクファースン様、あなたがたも乗馬の心得がおありですか? それならば、わが主人とともにこの美しい島をひと駆けできたでしょうが……」
エドさんとクロエさんは、首を横に振りました。どうやら、別にグレンを見世物にしてひと儲け、などということは考えていないことは確かなようです。これだけの美しい所領と、忠実な島の人々と、莫大な富を持っていて、どうして見世物で得られるようなわずかなお金に関心を持つのでしょう。
エドさんは、どきどきしてくるのを感じていました。
「伯爵閣下は、わたしたちになにをお望みなのですか」
クロエさんが、こらえきれないように尋ねました。
「わが主人は、あなたがたに、ただ、この島ですばらしい時間を自由に過ごしていただきたいと思っておられるだけですよ。それに、そのグレンとか申される小妖精のかたは、いたく、わが主人を喜ばせることでしょう」
アリントン夫人は目を閉じていました。
あちこちで、牛が鳴く声がしました。オリーブも葉を茂らせています。
「すてき……シャングリ・ラに来たみたい」
クロエさんの言葉に、老人は答えました。
「シャングリ・ラではありません。ここは、現実の島です。だから美しいのです」
馬車が止まりました。城へ着いたのです。
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~ Comment ~
おはようございます^^
おはようございます。お久しぶりです^^
なんだか疲れて少しブログから離れていましたが、もう大丈夫です^^
エドさん達、とうとう着きましたね。
私も伯爵に興味シンシンです^^
また遊びに来ますね^^
なんだか疲れて少しブログから離れていましたが、もう大丈夫です^^
エドさん達、とうとう着きましたね。
私も伯爵に興味シンシンです^^
また遊びに来ますね^^
Re: limeさん
さあ、どうでしょうねえ。もしかしたら、エドさんたちは、フレデリック・フォーサイスの小説のような世界に迷い込んでいるのかもしれませんよ。
ふっふっふっ。……なんちゃって(^x^)
ふっふっふっ。……なんちゃって(^x^)
伯爵の目的が、まだわかりませんね。
新しいものが嫌いと言うのが、なにか意味がありそうな。
シャングリ・ラのごとき、現実の島。
殺人事件などは起こらないのですよね?
新しいものが嫌いと言うのが、なにか意味がありそうな。
シャングリ・ラのごとき、現実の島。
殺人事件などは起こらないのですよね?
Re: ウゾさん
あの……。失礼ですが……。
もしかして、「カキコする記事をお間違えになられた」のでしょうか?(^^;)
いえわたしも低血圧と持病の薬でいつも異様に眠いのですが、それについて書いたのは「自炊日記」のほうですので……(^^;)
もしかして、「カキコする記事をお間違えになられた」のでしょうか?(^^;)
いえわたしも低血圧と持病の薬でいつも異様に眠いのですが、それについて書いたのは「自炊日記」のほうですので……(^^;)
おはよう御座います。
僕 思いっきり 睡眠時間が長いタイプ… 寝ないと 頭痛いし
吐き気がするし ボーーーとして頭働かないし…
春は 花粉症との 二重苦。
絶対 受験に不利だよ ああっ 陰鬱だぁ…
僕 思いっきり 睡眠時間が長いタイプ… 寝ないと 頭痛いし
吐き気がするし ボーーーとして頭働かないし…
春は 花粉症との 二重苦。
絶対 受験に不利だよ ああっ 陰鬱だぁ…
- #8600 ウゾ
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- 2012.07/16 08:40
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Re: YUKAさん