「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・7月29日
「伯爵閣下」
エドさんとクロエさんとグレンが浜辺へ遊びに行った後の応接室で、アリントン夫人は伯爵にいいました。
「なんだね」
「伯爵閣下は卑怯ですわ」
伯爵は苦笑いしました。
「わたしはそんなに卑怯者かね」
「卑怯というより、ずるいです」
「わたしが、いつも馬を御すときに、あの魅力ある醜い小妖精を伴うことがかね」
「あの便利屋は、そう思っているでしょう。わたくしも、最初はそう思いましたもの」
アリントン夫人は、窓から外を見ました。窓は防弾ガラスになっていました。
「伯爵閣下が暗殺者に対して無防備になる一瞬、すなわち、毎朝馬を御しているときに、あの小妖精がいれば、暗殺者の武器が機能しなくなるのではないか。伯爵の周りに、影で護衛が何人もついているのは知っていますが、グレンは、その中でも最後の切り札のようなボディガードになれますからね」
「孫はもうすぐ、学業を終えて、この島に帰ってくるのだ。その姿を見るまでには、わたしは死ぬわけにはいかない」
「伯爵がずるいのは、そういうもっともらしいいいわけを、わたくしに対してされたからです。伯爵、あなたは、単に、老人の茶飲み話がしたかっただけじゃありませんか」
伯爵は苦笑しました。
「わかっていたか」
「それは、あれだけ、毎年毎年航空便のチケットを送ってこられたら、誰だってわかります。わたくしがあの便利屋程度の頭でも」
伯爵はつぶやきました。
「アリントンは幸運な男だった」
「魅力的な人だった、ということもお忘れにならないでくださいな。伯爵、あなたとあの人、どちらかを選ばなくてはならなくなって、そしてあの人を選んだとき、わたくしは、この島のこともあなたのことも忘れる、と心に決めたのですから」
「いつでも戻ってきてよかったのだ」
「わたくしには、きちんと居場所があります。ここほど宝石のように磨かれたところではありませんが、緑の森に囲まれた小さな村で、おっかないがみがみばあさんをやっているのですから。がみがみばあさんというのも、慣れてくると楽しいものですよ」
「それでもきみは、最後にはこうしてこの島に来てくれた」
「お孫さんが戻ってこられたら、すぐに帰ります。そうでもしなければ、わたくしは亡くなった主人と、主人が愛したあの緑の森に顔向けができないまま、この島に居ついてしまうでしょう。伯爵、五十年という時を取り戻すのは、誰であっても不可能です」
伯爵はかすかにほほ笑みました。
「きみはそういう人だったな。五十年前も」
「それに、この島へやって来たのには、もうひとつ理由があります」
アリントン夫人の言葉に、伯爵は、意外そうに「ほう?」と声を漏らしました。
「いったい、わたしの知らないどんな理由があるというのだね?」
「あの夕陽を、あの場所で、あの気のいい若夫婦に見せたかったのですよ。五十年前、あの夕陽を見ながら、主人はわたしに永遠の愛を誓ってくれました。誓いは果たされました。そうである以上、あの若夫婦に同じことをするチャンスを与えても、天意に背くことはないだろうと思ったのです」
「きみは、やっぱり、きみが自分で思っている以上にすばらしい女性だよ」
「ただの田舎のがみがみばあさんですわ」
アリントン夫人は答えました。
帰りの飛行機の中で、クロエさんは、すやすや眠るグレンをひざに乗せ、隣のアリントン夫人に尋ねました。
「それで、いったい、わたしたちは、伯爵のお役に立てたのですか?」
「じゅうぶん過ぎるほどにね。ところで、夕陽はどうだったかい?」
「え……」
クロエさんは真っ赤になり、エドさんは慌てていいました。
「すばらしいのひとことでしたよ。それで、アリントンさん……」
エドさんの言葉は途中で遮られました。
「機長から皆様へ。この機は、エンジンにささいなトラブルが発生したため、いちばん近くの空港に着陸します。これは、あくまで点検のためで、決して重大なものでは……」
三人の顔色が変わりました。エドさんは、クロエさんに必死の形相でささやきました。
「グレンを起こすなよ。グレムリンは、飛行機を壊すのが得意中の得意なんだから……」
エドさんとクロエさんとグレンが浜辺へ遊びに行った後の応接室で、アリントン夫人は伯爵にいいました。
「なんだね」
「伯爵閣下は卑怯ですわ」
伯爵は苦笑いしました。
「わたしはそんなに卑怯者かね」
「卑怯というより、ずるいです」
「わたしが、いつも馬を御すときに、あの魅力ある醜い小妖精を伴うことがかね」
「あの便利屋は、そう思っているでしょう。わたくしも、最初はそう思いましたもの」
アリントン夫人は、窓から外を見ました。窓は防弾ガラスになっていました。
「伯爵閣下が暗殺者に対して無防備になる一瞬、すなわち、毎朝馬を御しているときに、あの小妖精がいれば、暗殺者の武器が機能しなくなるのではないか。伯爵の周りに、影で護衛が何人もついているのは知っていますが、グレンは、その中でも最後の切り札のようなボディガードになれますからね」
「孫はもうすぐ、学業を終えて、この島に帰ってくるのだ。その姿を見るまでには、わたしは死ぬわけにはいかない」
「伯爵がずるいのは、そういうもっともらしいいいわけを、わたくしに対してされたからです。伯爵、あなたは、単に、老人の茶飲み話がしたかっただけじゃありませんか」
伯爵は苦笑しました。
「わかっていたか」
「それは、あれだけ、毎年毎年航空便のチケットを送ってこられたら、誰だってわかります。わたくしがあの便利屋程度の頭でも」
伯爵はつぶやきました。
「アリントンは幸運な男だった」
「魅力的な人だった、ということもお忘れにならないでくださいな。伯爵、あなたとあの人、どちらかを選ばなくてはならなくなって、そしてあの人を選んだとき、わたくしは、この島のこともあなたのことも忘れる、と心に決めたのですから」
「いつでも戻ってきてよかったのだ」
「わたくしには、きちんと居場所があります。ここほど宝石のように磨かれたところではありませんが、緑の森に囲まれた小さな村で、おっかないがみがみばあさんをやっているのですから。がみがみばあさんというのも、慣れてくると楽しいものですよ」
「それでもきみは、最後にはこうしてこの島に来てくれた」
「お孫さんが戻ってこられたら、すぐに帰ります。そうでもしなければ、わたくしは亡くなった主人と、主人が愛したあの緑の森に顔向けができないまま、この島に居ついてしまうでしょう。伯爵、五十年という時を取り戻すのは、誰であっても不可能です」
伯爵はかすかにほほ笑みました。
「きみはそういう人だったな。五十年前も」
「それに、この島へやって来たのには、もうひとつ理由があります」
アリントン夫人の言葉に、伯爵は、意外そうに「ほう?」と声を漏らしました。
「いったい、わたしの知らないどんな理由があるというのだね?」
「あの夕陽を、あの場所で、あの気のいい若夫婦に見せたかったのですよ。五十年前、あの夕陽を見ながら、主人はわたしに永遠の愛を誓ってくれました。誓いは果たされました。そうである以上、あの若夫婦に同じことをするチャンスを与えても、天意に背くことはないだろうと思ったのです」
「きみは、やっぱり、きみが自分で思っている以上にすばらしい女性だよ」
「ただの田舎のがみがみばあさんですわ」
アリントン夫人は答えました。
帰りの飛行機の中で、クロエさんは、すやすや眠るグレンをひざに乗せ、隣のアリントン夫人に尋ねました。
「それで、いったい、わたしたちは、伯爵のお役に立てたのですか?」
「じゅうぶん過ぎるほどにね。ところで、夕陽はどうだったかい?」
「え……」
クロエさんは真っ赤になり、エドさんは慌てていいました。
「すばらしいのひとことでしたよ。それで、アリントンさん……」
エドさんの言葉は途中で遮られました。
「機長から皆様へ。この機は、エンジンにささいなトラブルが発生したため、いちばん近くの空港に着陸します。これは、あくまで点検のためで、決して重大なものでは……」
三人の顔色が変わりました。エドさんは、クロエさんに必死の形相でささやきました。
「グレンを起こすなよ。グレムリンは、飛行機を壊すのが得意中の得意なんだから……」
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~ Comment ~
遠い昔の、淡い恋心だったのですね。
たぶん、伯爵は優しい人だろうと思っていたので、納得のラストでした。
嫌われ者のお婆さんは、若いころは美しい、モテ系の女性だったのですね。
エドさんとクロエさんは、今回本当においしい旅行でしたね。
でも、この二人、夕陽のプレゼントをされなくても、充分過ぎるほどラブラブ(死語)なんじゃないかと・・・。
妬けるなぁ~。
ごちそうさまでした^^
たぶん、伯爵は優しい人だろうと思っていたので、納得のラストでした。
嫌われ者のお婆さんは、若いころは美しい、モテ系の女性だったのですね。
エドさんとクロエさんは、今回本当においしい旅行でしたね。
でも、この二人、夕陽のプレゼントをされなくても、充分過ぎるほどラブラブ(死語)なんじゃないかと・・・。
妬けるなぁ~。
ごちそうさまでした^^
Re: YUKAさん
ひと月もかけて準備して、完全スルーだったらどうしよう、などと悩んでいたので、お褒めのお言葉ありがたいです。
夫人も女性ですので、ロマンスのひとつくらいはあるのです。
ないのはもてないオタクくらいで……(^_^;)
夫人も女性ですので、ロマンスのひとつくらいはあるのです。
ないのはもてないオタクくらいで……(^_^;)
アリントン夫人、やりますね~~
そういう事情だったのか^^
ポールさんも、やりますね~^^
楽しめました^^
あとは飛行機が落ちないことを祈るのみ^^
そういう事情だったのか^^
ポールさんも、やりますね~^^
楽しめました^^
あとは飛行機が落ちないことを祈るのみ^^
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Re: limeさん
若いころはさぞやもてたでしょうねえ。淑女のマナーとユーモアのセンスを持っているんですから……。
伯爵も伯爵で、寂しかったりしたんでしょうね。息子夫婦は死んでしまうし、孫は海外留学……過去をともにした人と茶飲み話もしたくなるわな(^_^)
では、来週からはエドさんのいつもの日常が始まりますよ~。乞御期待!