「ショートショート」
ミステリ
君子危うきに……
「いいですか、ぼっちゃま。相手の車のナンバーは、きちんと覚えていただけましたね?」
「わかってるさ」
「お車は、信頼できる者に整備させましたから、どうかご安心ください」
「わかってるって」
県でも名望のある政治家の家に生まれたたった一人の跡取り、古木隆は、家に長年仕えてきた選挙参謀、竹居の言葉に、うるさそうにうなずいた。
そのままスポーツカーに乗り込む。いかにも良家のバカ息子が好きこのんで乗りそうな、真っ赤なフェラーリである。
キイをひねり、アクセルを踏み込み、加速した。本人はレーサー並みだと思っているギアさばきで、どんどんスピードを上げていく。
街灯の明かりが、次から次へと窓外を通り過ぎていった。
次に予定されている衆議院選挙の状況は、古木陣営にとって、非常に悪いものだった。原因の最たるものとしては、大将となるべき古木隆自身が、人望もなければ能力もなく、人格的にも問題がある、ということだろう。苦労知らずのおぼっちゃんで妙にワルぶっていたりする、一番始末に悪いパターンなのだ。もちろん、本人はそんなこと、気づいてもいなければ認めもしないだろうけど。
まあ、足りない頭ではあるが、選挙の情勢が思わしくない、ということについては了解したらしい。破局を避けるために足りない頭で考え、足りない頭ではあるがすばらしい姦計を思いついたのである。
古木隆は、選挙参謀の竹居にそれを初めて打ち明けたときのことを思い出して、にやにやした。
『山岡のやつをハメてやるんだ』
山岡というのは、現在、ポストを争っている有力候補である。豪放磊落が売りの男で、最近支持を伸ばしてきていた。
『でも、どうやって?』
『あいつが酒を薦められたら断れない男ということを利用するんだ』
計画は単純なものである。第三者を立ててちょっとした宴席を設け、そこで山岡候補に酒を薦める。一杯二杯飲ませたところで、偽電話を入れて彼をおびきだす。移動には、列車とタクシーの事情が悪いこの県のことであるし、さほど飲んでいないという思いもあるだろうから、自家用車での移動を図るだろう。
そこで古木隆が登場する。山岡の車をつけて行き、その車に追突をするという寸法だ。
『「業務上過失傷害」については知ってるな?』
今の日本において、酒を飲んでいた運転者と、しらふの運転者が事故を起こした場合、状況の如何に関わらず、酒を飲んでいた運転者のほうが処罰の対象となる。業務上過失傷害の現行犯というわけだ。本来は業務上過失致死傷罪のほうが計画には適しているのだが、まさか自分が死ぬわけにもいくまい。他人を巻き込んだら、もみ消される恐れがあるし、万一自分にまで火の手が迫ったらたいへんだ。
『酒酔い運転で、対立陣営の候補予定者にけがを負わせたということがバレでもしてみろ、やつの政治生命はおしまいだ。怪我を負わされたということを追い風にすれば、おれの当選は約束されたようなもんさ』
『ぼっちゃま、相手が運転手を伴っていた場合はどうするんですか』
『それをさせないのがお前の役目だろう。さあ、選挙前までに計画の細部を詰めておいてくれよ』
かくして、今日という日になったわけだ。
とはいえ、道路上で目的の車を見つけるのは、なかなか難しかった。
ちきしょう。
毒づいたとき、ようやく、古木隆の目が一台の車を捕らえた。ナンバープレートを確認する。あれだ! 間違いない!
古木隆は、アクセルを大きく踏み込んで車に突っ込んでいった……。
「まったくあの山岡という男は、ひどいやつでしたね、先生」
「ああ」
「酒に酔って運転して、事故ですからね」
「ああ」
総選挙後、見事当選した新人議員は、にやにやしながらバッジをなでていた。
「それも、自分だけ死ぬならまだしも、古木先生の跡取りまで殺してしまうんですから、度しがたい話ですよね、竹居先生」
「あまり故人を悪くいうのは政治に関わる人間としては控えたほうがいいな、君」
『君』と呼ばれた議員秘書は、はっ、と直立した。
「それにしても、あのフェラーリの整備を担当したのは、いったい誰なのかね。ほんのちょっと接触しただけで、爆発して火だるまになるなんて、どう考えても不始末以外の何物でもないからな」
もと、古木家の選挙参謀で、現在は新人国会議員の竹居は、そういうと口の端をくいっと上げた。皮肉な笑いを抑えきれなかったのである。
「わかってるさ」
「お車は、信頼できる者に整備させましたから、どうかご安心ください」
「わかってるって」
県でも名望のある政治家の家に生まれたたった一人の跡取り、古木隆は、家に長年仕えてきた選挙参謀、竹居の言葉に、うるさそうにうなずいた。
そのままスポーツカーに乗り込む。いかにも良家のバカ息子が好きこのんで乗りそうな、真っ赤なフェラーリである。
キイをひねり、アクセルを踏み込み、加速した。本人はレーサー並みだと思っているギアさばきで、どんどんスピードを上げていく。
街灯の明かりが、次から次へと窓外を通り過ぎていった。
次に予定されている衆議院選挙の状況は、古木陣営にとって、非常に悪いものだった。原因の最たるものとしては、大将となるべき古木隆自身が、人望もなければ能力もなく、人格的にも問題がある、ということだろう。苦労知らずのおぼっちゃんで妙にワルぶっていたりする、一番始末に悪いパターンなのだ。もちろん、本人はそんなこと、気づいてもいなければ認めもしないだろうけど。
まあ、足りない頭ではあるが、選挙の情勢が思わしくない、ということについては了解したらしい。破局を避けるために足りない頭で考え、足りない頭ではあるがすばらしい姦計を思いついたのである。
古木隆は、選挙参謀の竹居にそれを初めて打ち明けたときのことを思い出して、にやにやした。
『山岡のやつをハメてやるんだ』
山岡というのは、現在、ポストを争っている有力候補である。豪放磊落が売りの男で、最近支持を伸ばしてきていた。
『でも、どうやって?』
『あいつが酒を薦められたら断れない男ということを利用するんだ』
計画は単純なものである。第三者を立ててちょっとした宴席を設け、そこで山岡候補に酒を薦める。一杯二杯飲ませたところで、偽電話を入れて彼をおびきだす。移動には、列車とタクシーの事情が悪いこの県のことであるし、さほど飲んでいないという思いもあるだろうから、自家用車での移動を図るだろう。
そこで古木隆が登場する。山岡の車をつけて行き、その車に追突をするという寸法だ。
『「業務上過失傷害」については知ってるな?』
今の日本において、酒を飲んでいた運転者と、しらふの運転者が事故を起こした場合、状況の如何に関わらず、酒を飲んでいた運転者のほうが処罰の対象となる。業務上過失傷害の現行犯というわけだ。本来は業務上過失致死傷罪のほうが計画には適しているのだが、まさか自分が死ぬわけにもいくまい。他人を巻き込んだら、もみ消される恐れがあるし、万一自分にまで火の手が迫ったらたいへんだ。
『酒酔い運転で、対立陣営の候補予定者にけがを負わせたということがバレでもしてみろ、やつの政治生命はおしまいだ。怪我を負わされたということを追い風にすれば、おれの当選は約束されたようなもんさ』
『ぼっちゃま、相手が運転手を伴っていた場合はどうするんですか』
『それをさせないのがお前の役目だろう。さあ、選挙前までに計画の細部を詰めておいてくれよ』
かくして、今日という日になったわけだ。
とはいえ、道路上で目的の車を見つけるのは、なかなか難しかった。
ちきしょう。
毒づいたとき、ようやく、古木隆の目が一台の車を捕らえた。ナンバープレートを確認する。あれだ! 間違いない!
古木隆は、アクセルを大きく踏み込んで車に突っ込んでいった……。
「まったくあの山岡という男は、ひどいやつでしたね、先生」
「ああ」
「酒に酔って運転して、事故ですからね」
「ああ」
総選挙後、見事当選した新人議員は、にやにやしながらバッジをなでていた。
「それも、自分だけ死ぬならまだしも、古木先生の跡取りまで殺してしまうんですから、度しがたい話ですよね、竹居先生」
「あまり故人を悪くいうのは政治に関わる人間としては控えたほうがいいな、君」
『君』と呼ばれた議員秘書は、はっ、と直立した。
「それにしても、あのフェラーリの整備を担当したのは、いったい誰なのかね。ほんのちょっと接触しただけで、爆発して火だるまになるなんて、どう考えても不始末以外の何物でもないからな」
もと、古木家の選挙参謀で、現在は新人国会議員の竹居は、そういうと口の端をくいっと上げた。皮肉な笑いを抑えきれなかったのである。
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NoTitle
長編を読んだ後なので今度はショート・ショートと
もう読んでいたけど、
もう一度読みなおしてみるとまた違った感想が出てくるもの。
結果的には漁夫の利と言うんですかね。
でも、考えてみれば納得してしまう。
だって古木議員は馬鹿息子を跡取りにするなんて
竹井にしてみたら、長年の苦労も報われずだよね。
秘書から代議士というのは、普通のこと。
それを馬鹿息子に取られたら腹も立つわ。
これは復讐劇と読んだらいいな。
山岡は巻き添えとうことで
ぷぷ
もう読んでいたけど、
もう一度読みなおしてみるとまた違った感想が出てくるもの。
結果的には漁夫の利と言うんですかね。
でも、考えてみれば納得してしまう。
だって古木議員は馬鹿息子を跡取りにするなんて
竹井にしてみたら、長年の苦労も報われずだよね。
秘書から代議士というのは、普通のこと。
それを馬鹿息子に取られたら腹も立つわ。
これは復讐劇と読んだらいいな。
山岡は巻き添えとうことで
ぷぷ
- #13026 ぴゆう
- URL
- 2014.03/18 12:50
- ▲EntryTop
Re: YUKAさん
いや、竹居さん、けっこうのし上がるんじゃないですか。
それが政治の世界というものですからとほほ(^^;)
それが政治の世界というものですからとほほ(^^;)
こんばんは♪
竹居、お主悪よのう。。。
賢い参謀は、バカでは使いこなせません。
でも、因果応報。。。
竹居の末路も見える気がしますねぇ~~^^
賢い参謀は、バカでは使いこなせません。
でも、因果応報。。。
竹居の末路も見える気がしますねぇ~~^^
Re: のくにぴゆうさん
塩野七生先生の言葉ですが、
「ワルでも能力のあるやつに統治されるのであったらまだあきらめもつくが、善人でもアホに統治されるというのは考えるだけでも肌に粟がたつ」
車のエンジンに手をくわえて跡取りバカ息子を見事謀殺してのけた(本文中には明確にしてはおりませんが、書き手の意図としてはそういうことです)、竹居氏の頭の切れと悪賢さのほうが政務を託すにはまだマシ、かもしれません。イヤな現実ですけどね……。
ウ○コ味のカレー、というところでしょうか(--;)
「ワルでも能力のあるやつに統治されるのであったらまだあきらめもつくが、善人でもアホに統治されるというのは考えるだけでも肌に粟がたつ」
車のエンジンに手をくわえて跡取りバカ息子を見事謀殺してのけた(本文中には明確にしてはおりませんが、書き手の意図としてはそういうことです)、竹居氏の頭の切れと悪賢さのほうが政務を託すにはまだマシ、かもしれません。イヤな現実ですけどね……。
ウ○コ味のカレー、というところでしょうか(--;)
NoTitle
獅子身中の虫、
イヤな奴だなあ、どっちも
竹居の卑屈さと跡取り馬鹿息子、
なんか究極の選択かもしれない。
だとすれば竹居の方がまだまし?
イヤな奴だなあ、どっちも
竹居の卑屈さと跡取り馬鹿息子、
なんか究極の選択かもしれない。
だとすれば竹居の方がまだまし?
- #1113 ぴゆう
- URL
- 2010.04/29 09:08
- ▲EntryTop
Re: 神田夏美さん
就活お疲れ様です。ままお茶でも
テンプレは、これまでは暗すぎたかなあと思って変えました。そのおかげで来訪者倍増! ……するはずもなく(^^;) 未だに零細やってます。
いろいろと新聞の政治面や国際面を読んでいると、政治家というものは恐ろしい人たちだなあと思うと同時に、こんなすごい人たちがどうしてこんなバカな政策や法案を打ち出すのかなあと思ってしまいますね。
多人数でやる戦略シミュレーションゲームが好きなので、利害関係にある他国と微妙な関係になりながらも修羅場を生き延びていく国家の指導者というものがどれほど神経を使ってたいへんな職業かはよくわかっているのですが……。

テンプレは、これまでは暗すぎたかなあと思って変えました。そのおかげで来訪者倍増! ……するはずもなく(^^;) 未だに零細やってます。
いろいろと新聞の政治面や国際面を読んでいると、政治家というものは恐ろしい人たちだなあと思うと同時に、こんなすごい人たちがどうしてこんなバカな政策や法案を打ち出すのかなあと思ってしまいますね。
多人数でやる戦略シミュレーションゲームが好きなので、利害関係にある他国と微妙な関係になりながらも修羅場を生き延びていく国家の指導者というものがどれほど神経を使ってたいへんな職業かはよくわかっているのですが……。
NoTitle
お久しぶりです、ご無沙汰しております。私は毎日スーツでひいひい言いながらも何とか元気に生きております。
久々に来てみたらテンプレが変わっていてびっくりです^^前のも神秘的でよかったですが、今回は何だか明るくなりましたね♪私もそろそろ変えようかなあ……。
竹居さんはやり手ですね。古木隆のような人間が政治家になったら大変なことになりそうなので、それを止められたという意味ではいいのかもしれませんが、竹居さんも何だか腹が黒そうで恐ろしいですね(笑)
久々に来てみたらテンプレが変わっていてびっくりです^^前のも神秘的でよかったですが、今回は何だか明るくなりましたね♪私もそろそろ変えようかなあ……。
竹居さんはやり手ですね。古木隆のような人間が政治家になったら大変なことになりそうなので、それを止められたという意味ではいいのかもしれませんが、竹居さんも何だか腹が黒そうで恐ろしいですね(笑)
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Re: ぴゆうさん
それはそれとして、ぴゆうさんが休んでおられた間に、エドさんの長編が静かに始まって静かに終わっておりました。
気が向かれましたらお読みになってくだされば……。
http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-category-51.html