「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・8月12日
エドさんは、眠い目をこすりながら、ひたすら作業をしていました。
『とにかく、二十七時間耐えればいいんだ。しかし、なんで最近の人はこんなものに夢中になるんだろう?』
雇い主のレイスンさんはいいました。
「どうしても、一日、家を空けなくちゃならないんです。その間、ぼくにかわって、このゲームを進めていてください。なに、敵プレイヤーと戦えとはいいません。攻めてこられないように、保護パッチを当てておきます。あなたに頼みたいのは、その間に、ぼくの国を成長させておくことです」
それを聞いたとき、エドさんは、こんな楽な仕事はないな、と思いました。大きな間違いでした。トイレや食事の時間を含めても、五分とコンピュータの前から離れられません。ときおり、パスワードの入力を求められたりして、寝ることすらもできないのです。そして、国を成長させる作業というのは、恐ろしいまでの単純作業でした。
「出来高払い、と聞いたときに、なんとかしておくんだったなあ」
エドさんは、城壁に労働者を派遣してぼやきました。レイスンさんは、エドさんに、やっておく仕事を箇条書きにした表を見せ、これとこれとこれを頼む、と、ことこまかに念押しして行ったのです。
「二十七時間後には戻ってきますから」
そういい残してレイスンさんが家を出て行ってから、いまで二十六時間目になります。あと一時間耐えればいいのだと、エドさんは、眠気覚まし用の辛いガムを噛んで、頬をぱんぱんと強くはたきました。
その日も一日、暑い日でした。冷房は、急な故障とかいうことで、つけられないのでした。蒸し風呂のようなあまりの暑さに、エドさんは換気口を開けていましたが、体力の消耗といったらひどいものでした。
『家へ帰ったら、ミキサーで氷を砕いて、ミント・ジュレップを作ろう。それを飲んだら、シャワーを浴びて、ベッドに潜り込んでしまおう。それがいい』
エドさんは、冷たいカクテルの味を思い、舌なめずりをしました。このままなにも起こらなければ、暑さよけのカクテルを愛する妻のぶんを含めて二杯奮発したとしても、たっぷりお釣りがくるだけの収入が期待できたからです。
そのとき、換気口から、なにかがふわふわと入ってきました。気配を感じてそちらを振り向いたエドさんは、上機嫌でいいました。
「やあ、グレン。もうすぐ、お前にも甘くて冷たくておいしいものを……グ、グレン? なんでここにいるんだ?」
そう。入ってきたのは、機械を故障させることにかけてはこの村でもいちばんの名人である、グレムリンのグレンだったのです。
エドさんは真っ青になりました。もし、ここでグレンがちょっとでもコンピュータの回路を故障させたりしたら。
「グレン。わたしは仕事中なんだ。クロエのところに戻ってなさい」
できるかぎりの威厳をこめてそういいましたが、説得力はまるでありませんでした。グレンは、画面上をいかにも楽しげに動き回る小さな人間たちを、しげしげと見ています。
エドさんはちらっと時計を見ました。あと三十分。祈ろうがわめこうが、あと三十分も時間があるのです。
がちゃり、と、扉が開く音がしました。
「帰りましたよお。便利屋さあん、ぼくの国はどうなりましたかあ?」
レイスンさんの声です。エドさんは安心して、ほっと息をつきました。やれやれ……。
そう思うのは早計でした。グレンが画面に手を触れると、画面が大きく乱れたのです。
「こ、こら!」
「どうしました! 便利屋さん!」
息せき切って部屋にやってきたレイスンさんは、息を飲み……歓声を上げました。
「すごい! 資金も、施設も、経験値も、全部最高レベルだ! 便利屋さん、ありがとう! いま、小切手を書きますから……」
レイスンさんは、喜びのあまり、周りをよく見もせずに、ペンを探し始めました。しかし、みんなにとって不幸なことに、その足もとには、電源と送受信用のコードが延びていたのでした。あっ、という一瞬ののち、コードのプラグは外れ、パソコン本体やハードディスクは床に倒れ、ちょうどその真上にレイスンさんはしりもちを……。
エドさんはグレンと顔を見合わせました。
「帰ろうか」
エドさんは普通の二十七時間分の賃金をもらって帰りました。もと私立探偵というものは、どんな困難な状況下であっても報酬をもらう術だけは知っているものなのです。
『とにかく、二十七時間耐えればいいんだ。しかし、なんで最近の人はこんなものに夢中になるんだろう?』
雇い主のレイスンさんはいいました。
「どうしても、一日、家を空けなくちゃならないんです。その間、ぼくにかわって、このゲームを進めていてください。なに、敵プレイヤーと戦えとはいいません。攻めてこられないように、保護パッチを当てておきます。あなたに頼みたいのは、その間に、ぼくの国を成長させておくことです」
それを聞いたとき、エドさんは、こんな楽な仕事はないな、と思いました。大きな間違いでした。トイレや食事の時間を含めても、五分とコンピュータの前から離れられません。ときおり、パスワードの入力を求められたりして、寝ることすらもできないのです。そして、国を成長させる作業というのは、恐ろしいまでの単純作業でした。
「出来高払い、と聞いたときに、なんとかしておくんだったなあ」
エドさんは、城壁に労働者を派遣してぼやきました。レイスンさんは、エドさんに、やっておく仕事を箇条書きにした表を見せ、これとこれとこれを頼む、と、ことこまかに念押しして行ったのです。
「二十七時間後には戻ってきますから」
そういい残してレイスンさんが家を出て行ってから、いまで二十六時間目になります。あと一時間耐えればいいのだと、エドさんは、眠気覚まし用の辛いガムを噛んで、頬をぱんぱんと強くはたきました。
その日も一日、暑い日でした。冷房は、急な故障とかいうことで、つけられないのでした。蒸し風呂のようなあまりの暑さに、エドさんは換気口を開けていましたが、体力の消耗といったらひどいものでした。
『家へ帰ったら、ミキサーで氷を砕いて、ミント・ジュレップを作ろう。それを飲んだら、シャワーを浴びて、ベッドに潜り込んでしまおう。それがいい』
エドさんは、冷たいカクテルの味を思い、舌なめずりをしました。このままなにも起こらなければ、暑さよけのカクテルを愛する妻のぶんを含めて二杯奮発したとしても、たっぷりお釣りがくるだけの収入が期待できたからです。
そのとき、換気口から、なにかがふわふわと入ってきました。気配を感じてそちらを振り向いたエドさんは、上機嫌でいいました。
「やあ、グレン。もうすぐ、お前にも甘くて冷たくておいしいものを……グ、グレン? なんでここにいるんだ?」
そう。入ってきたのは、機械を故障させることにかけてはこの村でもいちばんの名人である、グレムリンのグレンだったのです。
エドさんは真っ青になりました。もし、ここでグレンがちょっとでもコンピュータの回路を故障させたりしたら。
「グレン。わたしは仕事中なんだ。クロエのところに戻ってなさい」
できるかぎりの威厳をこめてそういいましたが、説得力はまるでありませんでした。グレンは、画面上をいかにも楽しげに動き回る小さな人間たちを、しげしげと見ています。
エドさんはちらっと時計を見ました。あと三十分。祈ろうがわめこうが、あと三十分も時間があるのです。
がちゃり、と、扉が開く音がしました。
「帰りましたよお。便利屋さあん、ぼくの国はどうなりましたかあ?」
レイスンさんの声です。エドさんは安心して、ほっと息をつきました。やれやれ……。
そう思うのは早計でした。グレンが画面に手を触れると、画面が大きく乱れたのです。
「こ、こら!」
「どうしました! 便利屋さん!」
息せき切って部屋にやってきたレイスンさんは、息を飲み……歓声を上げました。
「すごい! 資金も、施設も、経験値も、全部最高レベルだ! 便利屋さん、ありがとう! いま、小切手を書きますから……」
レイスンさんは、喜びのあまり、周りをよく見もせずに、ペンを探し始めました。しかし、みんなにとって不幸なことに、その足もとには、電源と送受信用のコードが延びていたのでした。あっ、という一瞬ののち、コードのプラグは外れ、パソコン本体やハードディスクは床に倒れ、ちょうどその真上にレイスンさんはしりもちを……。
エドさんはグレンと顔を見合わせました。
「帰ろうか」
エドさんは普通の二十七時間分の賃金をもらって帰りました。もと私立探偵というものは、どんな困難な状況下であっても報酬をもらう術だけは知っているものなのです。
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~ Comment ~
こんにちは^^
意外と大変な仕事でしたね~~
しかもグレン登場(笑)
それでもきちんと報酬を頂くエドさんの腕はたいしたものです。
ま、コードに引っかかって倒れてくれたのは
エドさんにとっては幸運だったのではないでしょうか^^
しかもグレン登場(笑)
それでもきちんと報酬を頂くエドさんの腕はたいしたものです。
ま、コードに引っかかって倒れてくれたのは
エドさんにとっては幸運だったのではないでしょうか^^
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Re: YUKAさん
「ゲームは一日一時間(笑)」