「ショートショート」
ユーモア
三人揃えば
人格者先生、と周りの人は呼んでいたし、本人もそれをもって自認していた。
人格者先生は、小学校の教諭である。僧侶ではないが、仏教の教えを深く信じ、それを自分の教育活動にも生かしていた。
今日は、算数のテストの採点だった。割り算の文章題が、いちばん最後に出されていた。
『太郎くんの家に、友達が三人やって来ました。おやつに、お母さんが、クッキーを二十五個持って来ました。太郎くんと友達で分けると、いくつ余りますか』
なんということもない問題だ。25÷4=6あまり1。できないほうが問題のようなものである。
採点をしていた人格者先生の手がふと止まり、微笑みが浮かんだ。
「わたしは、あまりは出ないと思います。なぜなら、ほとけさまのぶんも入れて、五つに分けるからです」
人格者先生は、その答えに、花丸をつけ、こう書き添えた。
『あなたの答えは、すばらしい答えです。みんな、あなたのように慈悲のこころをもっていたら、世界はもっと住みよくなるでしょう。今日は、先生も、とても勉強させてもらいました』
いい気持ちのまま、人格者先生は次のテスト用紙を手に取った。
読み進むうちに、人格者先生の顔が、みるみるうちに真っ赤になった。そこには、こう書いてあったのである。
「わたしは、あまりは出ないと思う。なぜなら、あまりが出た分は、仏敵にあげているからだ。わたしは、前に、びんぼう神が、人のいいおじいさんとおばあさんにおうえんされて、ふくの神になるむかし話を読んだことがある。仏敵と、先生がいうものも、仏様の教えやあわれみがわからない、かわいそうなものなのではないか。だとしたら、それにも親切にしてあげれば、仏様の友達、仲間になれると思う。だから、うちでは、あまりものは、仏敵にあげている」
人格者先生は、大きく、バツを書こうとした。しかし、その手が止まった。すぐ前に、自分が花丸にどんなコメントを添えたかを思い出したのだ。
人格者先生は、腕を組んで、考え始めた。考えても考えても、この生徒を導く方法が見つからないのだ。
人格者先生を捕らえたこの罠が、偶発的にできたものであることは生徒の名誉のためにも、人格者先生の名誉のためにも特筆しておくべきであろう。
なぜかといえば、人格者先生は、テスト用紙を返却するかわりに、ひとこと、「わたしは勉強が足りなかったようです」と黒板に書き残し、そのまま学校に休職願いを出して出家し、修行に行ってしまったからである。
まじめな善人が三人同時に顔を突き合わせると、たまに、こんなことにもなるものだ……。
「三人揃えば文殊もさじを投げる」というとかいわぬとか。南無。
人格者先生は、小学校の教諭である。僧侶ではないが、仏教の教えを深く信じ、それを自分の教育活動にも生かしていた。
今日は、算数のテストの採点だった。割り算の文章題が、いちばん最後に出されていた。
『太郎くんの家に、友達が三人やって来ました。おやつに、お母さんが、クッキーを二十五個持って来ました。太郎くんと友達で分けると、いくつ余りますか』
なんということもない問題だ。25÷4=6あまり1。できないほうが問題のようなものである。
採点をしていた人格者先生の手がふと止まり、微笑みが浮かんだ。
「わたしは、あまりは出ないと思います。なぜなら、ほとけさまのぶんも入れて、五つに分けるからです」
人格者先生は、その答えに、花丸をつけ、こう書き添えた。
『あなたの答えは、すばらしい答えです。みんな、あなたのように慈悲のこころをもっていたら、世界はもっと住みよくなるでしょう。今日は、先生も、とても勉強させてもらいました』
いい気持ちのまま、人格者先生は次のテスト用紙を手に取った。
読み進むうちに、人格者先生の顔が、みるみるうちに真っ赤になった。そこには、こう書いてあったのである。
「わたしは、あまりは出ないと思う。なぜなら、あまりが出た分は、仏敵にあげているからだ。わたしは、前に、びんぼう神が、人のいいおじいさんとおばあさんにおうえんされて、ふくの神になるむかし話を読んだことがある。仏敵と、先生がいうものも、仏様の教えやあわれみがわからない、かわいそうなものなのではないか。だとしたら、それにも親切にしてあげれば、仏様の友達、仲間になれると思う。だから、うちでは、あまりものは、仏敵にあげている」
人格者先生は、大きく、バツを書こうとした。しかし、その手が止まった。すぐ前に、自分が花丸にどんなコメントを添えたかを思い出したのだ。
人格者先生は、腕を組んで、考え始めた。考えても考えても、この生徒を導く方法が見つからないのだ。
人格者先生を捕らえたこの罠が、偶発的にできたものであることは生徒の名誉のためにも、人格者先生の名誉のためにも特筆しておくべきであろう。
なぜかといえば、人格者先生は、テスト用紙を返却するかわりに、ひとこと、「わたしは勉強が足りなかったようです」と黒板に書き残し、そのまま学校に休職願いを出して出家し、修行に行ってしまったからである。
まじめな善人が三人同時に顔を突き合わせると、たまに、こんなことにもなるものだ……。
「三人揃えば文殊もさじを投げる」というとかいわぬとか。南無。
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Re: ダメ子さん
出家したところで誰でも悟れるわけではないことはおわかりでしょう。
曹洞宗を興した道元は、修行とは「修行する行動それ自体」を目的とする、「修行」の中に仏性が現れてくる、と考えていたのではないか、というスリリングな議論が、講談社の「本」という小冊子で連載されていました。講談社現代新書か講談社学術文庫にまとめられたら買おうと思ってます。
曹洞宗を興した道元は、修行とは「修行する行動それ自体」を目的とする、「修行」の中に仏性が現れてくる、と考えていたのではないか、というスリリングな議論が、講談社の「本」という小冊子で連載されていました。講談社現代新書か講談社学術文庫にまとめられたら買おうと思ってます。
Re: レルバルさん
初めはこういう終わりかたをさせるつもりはなかったのですが、この先生の性格なら、ここまでやってしまうだろうと。
真面目な人間が、いちばんなにをするのかわからないものなのです(^_^)
真面目な人間が、いちばんなにをするのかわからないものなのです(^_^)
みんなあまりにも善人だと、物事が収拾つかなくなるのですね。
やはり、凡人は必要なのです。えへん。
(携帯からは鍵コメにできないんですね。前コメ、しっぱいしました><)
やはり、凡人は必要なのです。えへん。
(携帯からは鍵コメにできないんですね。前コメ、しっぱいしました><)
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Re: limeさん