ホームズ・パロディ
ベーカー街の醜聞
ベーカー街のいつもの部屋で、私は出たばかりの「ストランド」誌を手に取った。
「ホームズ!」
怒りにかられた私の叫びに、ホームズはバイオリンを弾く手を止めた。
「どうしたんだい、ワトスン君」
「見……見……見てくれ、これを! 私は、こんな事件、知らないぞ! 書いた覚えすらない!」
「何を怒っているのかと思えば」
バイオリンを片づけたホームズは、私の差し出した「ストランド」をぱらぱらと見て、かすかに眉間にしわを寄せた。
「君の著作権代理人のドイル氏が、勝手に創作したものかと思ったが、確かに、これはひどすぎる。ワトスン君、とにかく、ドイル氏に会ってみよう」
私たちは、すぐに馬車を呼び、ドイル氏のもとへ向かった。
急な訪問に、ドイル氏はびっくりしたように、原稿を取り出した。
「ワトスン先生、原稿は、いつものように、先生から直接いただきましたが」
私は原稿とやらを調べた。私のいつも使っている紙と、いつも使っているペンとインク、そして私の筆跡だった。これが私の原稿であることに間違いはなかった。ただ一点、私が書いたものではないということを除いて!
「ホームズ、なにが起こっているんだろう」
「ワトスン君、これは、君が考えているよりも、はるかに重大で危険な事件だ。何者かが、僕と君を中傷するべく、君の書いた真作に、後世の読者があきれ果ててしまうような贋作を混入してきたのだ」
私は驚きを隠せなかった。
「いったい、誰がそんなことを」
「この、君とそっくりな文体と、原稿そのものの偽造力、僕たちを中傷する目的、それと手の込んだ迂回ぶりからして、信じられないことだが、僕の頭脳にはひとりの人物の姿しか思い浮かばない。モリアーティー教授と、その残党だよ! あの、ロンドンでいちばん危険な人物は、生きていたんだ!」
「ホームズ、それじゃ、載っているこの『
そこまで書いて、僕の手は止まってしまった。
最初のうちは、我ながらいいアイデアと思っていたのだ。シャーロック・ホームズの正典に、ワトスン博士のものではないものが混じっていることを読者たちに示唆することにより、それと同時に、モリアーティー教授も生きていたことにしてしまう。
だが、作業のためにペーパーバックを読むうちに、僕は、はじめは馬鹿にしていたこの二人組が、大好きになってしまったのだ。彼らの冒険譚のどれひとつも、贋作などと呼びたくない。
まったく、ご先祖様も、どうしてこんな素晴らしい人物とことを構えたりしたのだ。
やっぱり、僕は実作者向きじゃないようだ。明日の講義の用意でもしよう。
文学博士、哲学博士、ノースモント大学教授、エドワード・D・モリアーティー
故・エドワード・デンティンジャー・ホック先生に捧ぐ。
「ホームズ!」
怒りにかられた私の叫びに、ホームズはバイオリンを弾く手を止めた。
「どうしたんだい、ワトスン君」
「見……見……見てくれ、これを! 私は、こんな事件、知らないぞ! 書いた覚えすらない!」
「何を怒っているのかと思えば」
バイオリンを片づけたホームズは、私の差し出した「ストランド」をぱらぱらと見て、かすかに眉間にしわを寄せた。
「君の著作権代理人のドイル氏が、勝手に創作したものかと思ったが、確かに、これはひどすぎる。ワトスン君、とにかく、ドイル氏に会ってみよう」
私たちは、すぐに馬車を呼び、ドイル氏のもとへ向かった。
急な訪問に、ドイル氏はびっくりしたように、原稿を取り出した。
「ワトスン先生、原稿は、いつものように、先生から直接いただきましたが」
私は原稿とやらを調べた。私のいつも使っている紙と、いつも使っているペンとインク、そして私の筆跡だった。これが私の原稿であることに間違いはなかった。ただ一点、私が書いたものではないということを除いて!
「ホームズ、なにが起こっているんだろう」
「ワトスン君、これは、君が考えているよりも、はるかに重大で危険な事件だ。何者かが、僕と君を中傷するべく、君の書いた真作に、後世の読者があきれ果ててしまうような贋作を混入してきたのだ」
私は驚きを隠せなかった。
「いったい、誰がそんなことを」
「この、君とそっくりな文体と、原稿そのものの偽造力、僕たちを中傷する目的、それと手の込んだ迂回ぶりからして、信じられないことだが、僕の頭脳にはひとりの人物の姿しか思い浮かばない。モリアーティー教授と、その残党だよ! あの、ロンドンでいちばん危険な人物は、生きていたんだ!」
「ホームズ、それじゃ、載っているこの『
そこまで書いて、僕の手は止まってしまった。
最初のうちは、我ながらいいアイデアと思っていたのだ。シャーロック・ホームズの正典に、ワトスン博士のものではないものが混じっていることを読者たちに示唆することにより、それと同時に、モリアーティー教授も生きていたことにしてしまう。
だが、作業のためにペーパーバックを読むうちに、僕は、はじめは馬鹿にしていたこの二人組が、大好きになってしまったのだ。彼らの冒険譚のどれひとつも、贋作などと呼びたくない。
まったく、ご先祖様も、どうしてこんな素晴らしい人物とことを構えたりしたのだ。
やっぱり、僕は実作者向きじゃないようだ。明日の講義の用意でもしよう。
文学博士、哲学博士、ノースモント大学教授、エドワード・D・モリアーティー
故・エドワード・デンティンジャー・ホック先生に捧ぐ。
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あ!
お~、ポールさん、ごめんなさい。
そう、まだ、電波の乏しい田舎にいます。微弱電波ゆえ、帰ってゆっくりコメ返を、と思ってたので。(>_<)
楽しい鍵コメ、ありがとうでした。
あ~、携帯でコメ返できなくて、申し訳ない(T_T)
そう、まだ、電波の乏しい田舎にいます。微弱電波ゆえ、帰ってゆっくりコメ返を、と思ってたので。(>_<)
楽しい鍵コメ、ありがとうでした。
あ~、携帯でコメ返できなくて、申し訳ない(T_T)
- #8786 lime
- URL
- 2012.08/18 00:30
- ▲EntryTop
Re: ひらやまさん
ワトソンないしワトスンは、かえってありふれすぎているので、ちょくちょく出くわすたびににやにやしてます。しかし、レストレードという名前の有名人にはホームズ譚以外では遭遇したことがありません。手ぐすね引いて待っているのですが。
時々実在の「モリアーティ」という人の名前を、ニュースなんかでみるとドキッとしますね。ホームズのほうはまだありふれていますけれども。
- #8782 ひらやま
- URL
- 2012.08/16 21:55
- ▲EntryTop
Re: しのぶもじずりさん
そもそもこのブログ自体、自作のホームズ・パロディを読んでもらいたくて立ち上げたものですからねえ。だからカテゴリのトップに長いことあったわけですが。
読者をびっくりさせるネタを考え今日もゆく。(^_^) その割になかなかヒットが出ないけど。
読者をびっくりさせるネタを考え今日もゆく。(^_^) その割になかなかヒットが出ないけど。
贋作は知りませんが、ホームズってけっこういろんな人が勝手にパロッて書いていますよね。
例えば、ポール・ブリッツ氏とか。
例えば、ポール・ブリッツ氏とか。
Re: tomokoさん
最初は、ものすごい悪人にしようかと思っていたのですが、子孫は善人のほうが意外性があるかな、と。
それにわたしも、どれを贋作扱いにするか、なんて考えられませんよ。
有名なパロディでは堂々とやっていたそうですが。
それにわたしも、どれを贋作扱いにするか、なんて考えられませんよ。
有名なパロディでは堂々とやっていたそうですが。
お待ちしておりましたです!
モリアーティの子孫は文科系でも才能を発揮したのですね……もしかして弟の大佐の血縁なのでしょうか。でも、子孫はいい人ですねー。
彼がアイリーンの子孫と恋仲になったりするほうが、墓の下のホームズにとって一番しゃくにさわることのような気がしますw
モリアーティの子孫は文科系でも才能を発揮したのですね……もしかして弟の大佐の血縁なのでしょうか。でも、子孫はいい人ですねー。
彼がアイリーンの子孫と恋仲になったりするほうが、墓の下のホームズにとって一番しゃくにさわることのような気がしますw
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Re: limeさん
つながったのが今日の夜という有り様で、コメント返しができませんでした。
ああつながってよかった(^_^;)