「ショートショート」
    ファンタジー

    主よ、時の彼方の悲しみよ

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     帝国は腐敗していた。シニカルな人間ならば、腐敗していない国家など、有史以来存在したためしがない、というところだが、この腐敗ぶりは、黙って耐え忍ぶにはあまりに度が過ぎた。

     歌姫がいた。磨きをかけられた璧のような、なめらかで美しい声をしていた。そしてその美貌! 国中の男で、その清純さに、虜とならない者はいなかった。

     都の一角に、ひとりの、野心に燃える作曲家がいた。野心に見合うだけの才能は持っていたが、野心に見合うだけの人脈と財産は持ってはいなかった。

     そして劇場の舞台裏で、歌姫と作曲家は出会った。運命を信ずるか否かは、ここでは問うまい。ふたりとも、激情的な芸術家であり、そんな彼らが激情に身をまかせたのは必然的だった。

     歌姫を取り巻いていた微妙なバランスは、音を立てて崩れた。世に、可愛さ余って憎さが百倍、という。歌姫を自らの手中に収めんとしていた帝国の高級貴族が、小指を上げた。

     小指の効果は恐るべきものだった。歌姫は、帝国に対する謀反を企てた賊徒の一味である、という、誰が見ても出鱈目な理由で法廷に立たされた。弁護人に選ばれたのは、件の作曲家だった。もし、彼が歌姫を有罪とするのに手を貸せば、身分こそ哀れな受刑者となるが、歌姫の命は保証されるだろう。しかし、その意に反したら……。

     法廷で、歌姫と作曲家は互いに瞳を交わした。それだけで充分だった。

     詳細な日記をつけていた日和見派の傍聴人が、「帝国の歴史でも過去最高の痛快無比な演説」と書き残すほどの弁護が始まった。それは弁護にあらずして告発、弁護にあらずして、帝国の腐敗と支配者たちの悪徳ぶりに対する文字通りの糾弾であった。

     このとき、検察側の椅子に座っていた、例の小指を上げた貴族氏は、怒りのあまり卒倒したと伝えられる。

     いずれにせよ、歌姫が有罪になるのは決まっていた。判決は死刑だった。また、非公開の裁判で、作曲家も有罪となった。裁判官は被告人に同情的だった。歌姫と同じ死刑の判決を言い渡されたとき、作曲家は裁判官に礼をしたと伝えられる。

     後は、死刑台に立つまでの短い間、獄中でなにをするかだけだった。歌姫についてはなにも伝えられていない。重罪人の女、それも歌姫などという身分の低い女が牢獄でどんな目に遭うかは想像に任せたい。

     作曲家は、自分のすべての力を振り絞り、交響曲を驚異的な素早さで書き上げていた。

     その畢生の作品につけられた題は、「主よ、時の彼方の悲しみよ」というものだった。



     ……あたしは額をぬぐった。思いつくまま、いや、なにかに操られるまま書き進めてきたこの異世界ファンタジー小説、どこか座りが悪いのだ。

     図書館の机の前でぼんやりしていると、最近、付き合っているというにはなんだが、友達というにもまたあれな、いちおうあたしの彼にあたるやつがそばに来ていた。

    「小説?」

     彼の問いに、あたしは答えた。

    「そうよ」

    「ふうん」

     彼は、あたしが書くのを中断したページに、指を滑らせた。

    「あ、この文、いいね。曲のタイトルに使わせてくれないか?」

    「構わないけど」

    「でも、ちょっとこれじゃなんだな。悲しみか……悲惨、の悲の字を、愛する、に変えて、『主よ、時の彼方の愛しみよ』としたらどうかな」

    「ふふ」

     あたしは消しゴムを手に取り、笑った。

    「なにがおかしいんだ?」

    「なんだか、あなたのさっきの声に、意味もないデジャヴを感じたのよ」

     彼はあっけにとられたようにあたしを見ていたが、やがて、どちらからともなく、あたしたちは笑い出した。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    今生きているこの世界自体が「前世の記憶」なんだと、夢野久作先生が「ドグラ・マグラ」の「胎児の夢」という思考実験でやってました。

    反駁不可能な意見だと思ったであります。

    なぜ私には前世の記憶さえもないんだ…

    Re: レルバルさん

    そこを詳しく書いてしまうと面白くもなんともない(^_^)

    伏せておいたほうがいいものは伏せておくのです。(^_^)

    デジャヴって何なんでしょうね。
    前世からの記憶でしょうか。
    わからないものです。
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