「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・9月9日
エドさんは今日も大忙しでした。農園でくたくたになるまで働いて、そして午後になってからは、子供たちにチェスを教えるのです。エドさんは、ほかの仕事は断っても、この、学校で子供たちにチェスを教える仕事だけはやめるつもりはありませんでした。
グレンをちょこんと肩に乗せ、忠実なる自転車をこいで、小学校へたどり着くと、どこかから子供の声が聞こえてきました。
「……あーあ、またチェスか。勉強とは関係ないことに時間を取られるなんて、嫌だよなあ。早く、こんなこと、終わりになってくれないかなあ。そうすれば、もっといい中学校に入れるかも知れないのになあ」
その言葉に、エドさんは、胸に錐をもみこまれるような思いをしました。
『わたしがチェスを教えているのを、このように考えている子供がいるのなら、教えることに意味があるのだろうか?』
エドさんが近づいたことに気づいてか気づかずにか、もうひとり、別の子供の声がしました。
「……おい、さっさと行こうぜ。先生が来るからな。教室に入っていないと、校長がうるさいぞ」
「……そうだな。しかたない、行くか」
エドさんは、涙の出そうな思いで、聞かないふりをして自転車を押し歩き、小学校の門をくぐりました。
とぼとぼと階段を上がり、エドさんが教室へ向かうさなか、階下から、どたどたという足音が聞こえてきました。
「わあ、遅刻だ遅刻だ! あっ、先生、グレン、こんにちは……先生も遅刻ですか?」
駆けてきたのは、クラスでもいちばん負けず嫌いな、オーチスくんでした。
「遅刻なんかじゃないぞ。ちょっと、疲れただけだ。ようし、教室まで競争だ。もちろん、駆け足はしないでだがね」
オーチスくんとエドさんは、互いに早歩きで階段を登りました。まあ、エドさんは大人ですから、ゆっくりとオーチスくんに合わせて歩いたのですが。
「……たぶん、きょうも、ぼくがビリです、先生」
オーチスくんは息を半ば切らせながらいいました。
「ビリって? きみは、この間の教室のトーナメントで、準決勝までいったじゃないか」
エドさんはびっくりして問い返しました。
「ええ。でも、いつも教室に入るのはぼくがビリで……家でぎりぎりまでチェスの本を読んでいるせいかもしれないです。あのジョナサンのやつには今度こそ、なんとしてでも勝ちたいですし」
「それで、本を?」
「たぶん、やつはもっとたくさん読んでますよ。ぼくの知らない手ばかり打ってきて、くやしくてくやしくてたまりません。あの鉄壁の守りをなんとか崩したいんです、ほんとうに! みんな同じ思いですよ」
ふたりは、ほぼ同時に教室に着きました。オーチスくんのほうがわずかに早かったのでしたが、エドさんの足取りは、しっかりしたものに変わっていました。
「みなさん」
エドさんは、子供たちに、ゆっくりとしゃべり始めました。
「今日、先生は、これまで聞いた中で、最もつまらない話を耳にしました。自分の立身出世に役立つこと以外は、すべて無駄なこととして切り捨ててしまおう、というのです。先生が、つまらないというのは、そういう考え方では、いったい、人間は、なんのために生きているのかわからなくなるからです。人間の一生が、ただ、偉くなるために、他人を蹴り落として、弱いものからなにもかも奪う、それだけのことであるならば、誰が、『生きていたい』と望むでしょうか。みなさん、人生は、ほんのちょっと横道に逸れるだけで、様々なものを見せてくれます。例えば、この、チェスのような。チェスは、なにかの役に立つからやるのではありません。チェスは、楽しいからやるのです。校長先生が、どうして、わたしに、みなさんにチェスを教えてくれといったのか、ようやくわたしにもわかりました。みなさんに、簡単に学べて、奥が深くて、面白い、大人の遊びを教えることで、もっとうまく『人生を遊べる』ようにするためです。それは、もっともらしいことをいって、人を惑わす輩に対する武器になるでしょう。人を惑わす輩とは……ここから立ち去れ、『地獄の国税局』!」
その場のみんなに、誰かのくやしげな舌打ちの声が聞こえました。エドさんは、ぱんと音を立てて手を打ち鳴らしました。
「さあ、チェスを始めましょう。うまくなるにはなにより、楽しく遊ぶことですよ……」

グレンをちょこんと肩に乗せ、忠実なる自転車をこいで、小学校へたどり着くと、どこかから子供の声が聞こえてきました。
「……あーあ、またチェスか。勉強とは関係ないことに時間を取られるなんて、嫌だよなあ。早く、こんなこと、終わりになってくれないかなあ。そうすれば、もっといい中学校に入れるかも知れないのになあ」
その言葉に、エドさんは、胸に錐をもみこまれるような思いをしました。
『わたしがチェスを教えているのを、このように考えている子供がいるのなら、教えることに意味があるのだろうか?』
エドさんが近づいたことに気づいてか気づかずにか、もうひとり、別の子供の声がしました。
「……おい、さっさと行こうぜ。先生が来るからな。教室に入っていないと、校長がうるさいぞ」
「……そうだな。しかたない、行くか」
エドさんは、涙の出そうな思いで、聞かないふりをして自転車を押し歩き、小学校の門をくぐりました。
とぼとぼと階段を上がり、エドさんが教室へ向かうさなか、階下から、どたどたという足音が聞こえてきました。
「わあ、遅刻だ遅刻だ! あっ、先生、グレン、こんにちは……先生も遅刻ですか?」
駆けてきたのは、クラスでもいちばん負けず嫌いな、オーチスくんでした。
「遅刻なんかじゃないぞ。ちょっと、疲れただけだ。ようし、教室まで競争だ。もちろん、駆け足はしないでだがね」
オーチスくんとエドさんは、互いに早歩きで階段を登りました。まあ、エドさんは大人ですから、ゆっくりとオーチスくんに合わせて歩いたのですが。
「……たぶん、きょうも、ぼくがビリです、先生」
オーチスくんは息を半ば切らせながらいいました。
「ビリって? きみは、この間の教室のトーナメントで、準決勝までいったじゃないか」
エドさんはびっくりして問い返しました。
「ええ。でも、いつも教室に入るのはぼくがビリで……家でぎりぎりまでチェスの本を読んでいるせいかもしれないです。あのジョナサンのやつには今度こそ、なんとしてでも勝ちたいですし」
「それで、本を?」
「たぶん、やつはもっとたくさん読んでますよ。ぼくの知らない手ばかり打ってきて、くやしくてくやしくてたまりません。あの鉄壁の守りをなんとか崩したいんです、ほんとうに! みんな同じ思いですよ」
ふたりは、ほぼ同時に教室に着きました。オーチスくんのほうがわずかに早かったのでしたが、エドさんの足取りは、しっかりしたものに変わっていました。
「みなさん」
エドさんは、子供たちに、ゆっくりとしゃべり始めました。
「今日、先生は、これまで聞いた中で、最もつまらない話を耳にしました。自分の立身出世に役立つこと以外は、すべて無駄なこととして切り捨ててしまおう、というのです。先生が、つまらないというのは、そういう考え方では、いったい、人間は、なんのために生きているのかわからなくなるからです。人間の一生が、ただ、偉くなるために、他人を蹴り落として、弱いものからなにもかも奪う、それだけのことであるならば、誰が、『生きていたい』と望むでしょうか。みなさん、人生は、ほんのちょっと横道に逸れるだけで、様々なものを見せてくれます。例えば、この、チェスのような。チェスは、なにかの役に立つからやるのではありません。チェスは、楽しいからやるのです。校長先生が、どうして、わたしに、みなさんにチェスを教えてくれといったのか、ようやくわたしにもわかりました。みなさんに、簡単に学べて、奥が深くて、面白い、大人の遊びを教えることで、もっとうまく『人生を遊べる』ようにするためです。それは、もっともらしいことをいって、人を惑わす輩に対する武器になるでしょう。人を惑わす輩とは……ここから立ち去れ、『地獄の国税局』!」
その場のみんなに、誰かのくやしげな舌打ちの声が聞こえました。エドさんは、ぱんと音を立てて手を打ち鳴らしました。
「さあ、チェスを始めましょう。うまくなるにはなにより、楽しく遊ぶことですよ……」
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~ Comment ~
Re: YUKAさん
相手がいなければ、Windows7の付属ゲームソフトなんてどうでしょう。
わたしは最弱レベルで白を持って負けました(^_^;)
悪魔との戦いはまだまだ続いたりします。地獄の国税局、けっこう悪役を好演しておりますな。
わたしは最弱レベルで白を持って負けました(^_^;)
悪魔との戦いはまだまだ続いたりします。地獄の国税局、けっこう悪役を好演しておりますな。
Re: 黄輪さん
悪魔は狡猾です。今はまだ布石段階みたいなものです。
エドさんたちが勝てるかどうかわからなくなってきた……って、作者がいう言葉かっ!(笑)
エドさんたちが勝てるかどうかわからなくなってきた……って、作者がいう言葉かっ!(笑)
Re: レルバルさん
わたしはもっぱらチェックメイトをかけられるほうだったなあ……はは……はは……(^_^;)
lime
エドさん、よかったですね。
チェス、私も教えてほしいです。きっと強くはなれないだろうけど。
今は、雑学は買ってでも手に入れたいです。
人生を豊かにするためというよりは、物語を書くため^^;
チェス、私も教えてほしいです。きっと強くはなれないだろうけど。
今は、雑学は買ってでも手に入れたいです。
人生を豊かにするためというよりは、物語を書くため^^;
おはようございます^^
なるほど。
やつはあの手この手でエドさんの元にやってきますね!
チェス、久々にやりたくなりました^^
相手が居ないんですけど(笑)
やつはあの手この手でエドさんの元にやってきますね!
チェス、久々にやりたくなりました^^
相手が居ないんですけど(笑)
チェス楽しいのに……。
チェックメイトを掛けれた時の楽しさは半端ないです。
相手の二十ぐらい前を読まないと勝てないですよね。
チェックメイトを掛けれた時の楽しさは半端ないです。
相手の二十ぐらい前を読まないと勝てないですよね。
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Re: limeさん
そんなあなたでもマスターに勝てる必殺技があります。
「じゃんけんチェス」! じゃんけんに勝ったほうが一手指す、というこのチェスなら……え? じゃんけんに負けた? 知らんがなそこまで(^_^;)