「ショートショート」
ホラー
きみたちはなぜぼくをそこまで知っているのか?
ぼくの目の前で、老婆はいった。
「ブラックミル・スピアーズ。職業、俳優」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
老婆は邪悪そのものの笑みを浮かべた。
「どうもしないさ。ただ、あたしたちはあんたのことをよく知っている、ってだけ」
少女がいった。
「十五のとき、彼女にラブレターを出して、目の前で破られたわね」
「そんなこと、ぼくの同級生なら、みんな知っているぞ」
少女はからかうように答えた。
「そうよ。そして、あたしも知っている。ふふ、なぜかしら?」
「それだけじゃないぞ」
壮年の男の声。
「きみは、中学校の卒業式に、大きく遅刻した。バスに乗っていたとき、渋滞に巻き込まれ、大便を漏らすはめになって途中下車し、いったん家に帰ったからだ」
ぼくは怒る前に愕然となった。
「どうしてそんなことを知っているんだ!」
「きみのことは、わたしたちはよく知っているのだよ」
「面白いことは、まだまだあるぜ」
嫌みったらしい若い男が言葉を引き継いだ。
「こいつ、俳優組合から、資金を横領したんだ」
「なぜそれを……」
ぼくはそういいかけて、口をつぐんだ。
妖艶なドレスを身にまとった三十半ばの黒髪の女があざ笑った。
「いわなかった? あたしたちは、あなたのしたことを、全部知っているのよ。あなたが、俳優組合の事務所に火をつけて、二十人以上の人間を殺したこともね」
小学生くらいの男の子が、ぼくを見上げていった。
「それもこれも、自分のしたことの証拠を……湮滅? いんめつするためだったんだよ」
「なんでお前たちはぼくのしたことを……」
「なぜかのう?」
八十を過ぎたであろう老人が意味ありげにいった。
※ ※ ※ ※ ※
「見てられませんよ。ああやって、鏡に向かって一日中、ぶつぶついってるんですから」
白衣を着た若い研修医は、ヘッドセットを耳から外して、指導教授にいった。
「頭脳明晰な患者ではあるのだがな。気の毒な話だ」
「だいたいなんです、ブラックミル・スピアーズって。どこからどう見ても、相撲取りみたいに太った中年の日本人じゃないですか」
「横領に放火殺人。そんなことまで話を作るなんて、どう対処すればいいかもわからん。なにせ、最初の自殺未遂を起こした幼稚園児のときに運ばれて来て以来、ずっとこの病院にいるんだからな。向精神薬の多剤投与はあまりいいことではないのだが、そうでもしないと自殺に走りかねない。原因がわからんから対処も限られておる。それはそうと、あの患者を、どう見るね?」
「正確なカルテを見ていないのでなんとも……」
教授は研修医の言葉を手で制した。
「そうじゃない。もっと簡単なことだ。あの患者は、男だと思うかね、女だと思うかね?」
研修医は、なにかぞっとするものを見る目で教授を見、相撲取りのように太った、中年の患者を見、そしてまた教授に目を戻した。
教授はにこやかだった。
「ブラックミル・スピアーズ。職業、俳優」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
老婆は邪悪そのものの笑みを浮かべた。
「どうもしないさ。ただ、あたしたちはあんたのことをよく知っている、ってだけ」
少女がいった。
「十五のとき、彼女にラブレターを出して、目の前で破られたわね」
「そんなこと、ぼくの同級生なら、みんな知っているぞ」
少女はからかうように答えた。
「そうよ。そして、あたしも知っている。ふふ、なぜかしら?」
「それだけじゃないぞ」
壮年の男の声。
「きみは、中学校の卒業式に、大きく遅刻した。バスに乗っていたとき、渋滞に巻き込まれ、大便を漏らすはめになって途中下車し、いったん家に帰ったからだ」
ぼくは怒る前に愕然となった。
「どうしてそんなことを知っているんだ!」
「きみのことは、わたしたちはよく知っているのだよ」
「面白いことは、まだまだあるぜ」
嫌みったらしい若い男が言葉を引き継いだ。
「こいつ、俳優組合から、資金を横領したんだ」
「なぜそれを……」
ぼくはそういいかけて、口をつぐんだ。
妖艶なドレスを身にまとった三十半ばの黒髪の女があざ笑った。
「いわなかった? あたしたちは、あなたのしたことを、全部知っているのよ。あなたが、俳優組合の事務所に火をつけて、二十人以上の人間を殺したこともね」
小学生くらいの男の子が、ぼくを見上げていった。
「それもこれも、自分のしたことの証拠を……湮滅? いんめつするためだったんだよ」
「なんでお前たちはぼくのしたことを……」
「なぜかのう?」
八十を過ぎたであろう老人が意味ありげにいった。
※ ※ ※ ※ ※
「見てられませんよ。ああやって、鏡に向かって一日中、ぶつぶついってるんですから」
白衣を着た若い研修医は、ヘッドセットを耳から外して、指導教授にいった。
「頭脳明晰な患者ではあるのだがな。気の毒な話だ」
「だいたいなんです、ブラックミル・スピアーズって。どこからどう見ても、相撲取りみたいに太った中年の日本人じゃないですか」
「横領に放火殺人。そんなことまで話を作るなんて、どう対処すればいいかもわからん。なにせ、最初の自殺未遂を起こした幼稚園児のときに運ばれて来て以来、ずっとこの病院にいるんだからな。向精神薬の多剤投与はあまりいいことではないのだが、そうでもしないと自殺に走りかねない。原因がわからんから対処も限られておる。それはそうと、あの患者を、どう見るね?」
「正確なカルテを見ていないのでなんとも……」
教授は研修医の言葉を手で制した。
「そうじゃない。もっと簡単なことだ。あの患者は、男だと思うかね、女だと思うかね?」
研修医は、なにかぞっとするものを見る目で教授を見、相撲取りのように太った、中年の患者を見、そしてまた教授に目を戻した。
教授はにこやかだった。
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