最悪の結末

「落ち着いてください、城之内さん。娘さんは、現在、警察のかたたちが必死で探しておられます。しかし……」

　たまたま、遊びに来ていた屋敷で、この母ひとり娘ひとりの家を狙った誘拐事件に巻き込まれた紅恵美は、ほんの少しいいよどんだ。

「最悪の結末だけは、覚悟していただくことが必要かもしれません」

「私立探偵！」

　捜査の指揮を執っている警部が、血相を変えて怒鳴った。

「城之内さんはなあ……城之内さんはなあ！」

「いいのです、警部さん」

　城之内未亡人は、憤る警部を制した。

「わたしは、どんなことになっても耐えてみせます。だから、捜査を」

「わしはこの小娘にデリカシーというものを教えてやろうとしただけです。それにしても、もうそろそろかかって来てもいいころですな。身代金要求の電話ですが」

　警部は、犯人の目的が、身代金以外だった場合のことについては触れなかった。娘は小学生だが、小学生だからといって、性的要求の対象にならないとは限らないのだ。

　十時間前の、犯行を告げるやいなや一方的に切れてしまった電話連絡以来、じりじりと時は流れていった。まるで空気がコンクリートでできているみたいだ、警部はそう感じた。

　第一の電話連絡から十時間十三分後。

　電話が鳴った。

「逆探知！　録音！」

　未亡人は気丈にも固定電話のもとに向かい、受話器を取った。

「もしも……」

　未亡人は、「もしもし」という間もなかった。

『……こんちくしょ、いいだろ減るもんじゃなし。所長！　所長の推理通りでした！　早香ちゃんは、無事です！』

　未亡人は、よろよろと、ソファにくずおれた。

『……竜崎！　貴様、公務執行妨害で逮捕してやるぞ。あ、警部ですか。さっきこの探偵がいった通りです。城之内早香ちゃんは、衰弱が激しいものの、命に別状はなく、口もきけます。それに関してですが……』

　紅恵美は、未亡人にささやいた。

「だからいったでしょう？　最悪の結末だけは、覚悟しておくようにって」

　部下の報告を、驚愕の表情で聞いていた警部は、後ろの未亡人を振り返った。

「城之内さん、実の娘の誘拐と、殺人未遂、それに保険金詐欺に関連して、署までご同行願います」

　そこまでいって、警部は紅恵美に視線を移した。

「私立探偵。結末に導いてくれて、感謝する」

　警部はその結末が最悪だともなんともいわず、容疑者を連れて部屋を出ていった。

　紅恵美は肩をすくめただけだった。