「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・9月23日
「やっぱりだめだわ」
クロエさんは、木炭を置いてつぶやきました。視線の先では、グレンがパンのかけらを、両手で抱えてもぐもぐやっています。
「グレンの絵が描けないのかい」
横で見ていたエドさんは、妻の肩にそっと手を置きました。
「そうなのよ。なにをやってもだめ。なにか、いいアイデアはないかしら」
エドさんは、しばらく考え込みました。
「そうだなあ……グレンの気分を変えてみるのはどうだろう?」
「気分って?」
エドさんは、窓のほうを指差しました。
「学校さ。わたしがチェスを教えている学校で、子供たちといっしょに遊んでいる時間なら、もしかしたら絵が描けるかもしれない」
クロエさんは、目をぱちぱちさせてから、肩に置かれたエドさんの手を両手で握り締めました。
「それはいい考えね! わたしも、あなたがどんな顔をして子供たちにチェスを教えているのか、気になっていたのよ」
「じゃあ、今日の午後、さっそく行ってみないか。校長先生、起きているかなあ」
エドさんは携帯電話を取り出しました。
「それはいいけど、今日は、マッキネンさんのところで、物置の掃除じゃなかった?」
エドさんは、壁の時計を見ました。
「あっ! 急いで行ってくる!」
マッキネンさんの物置は、山のようなほこりとがらくたで埋め尽くされていましたが、エドさんはもっとすごい、市のごみの集積所で探し物をしたこともありました。それを思えば、まだましです。それでも、掃除には、午前中いっぱいかかってしまいましたが。
校長先生に電話をかけると、ちょうどお昼を食べ終えた後で、話はすらすらと進みました。クロエさんのような有名な芸術家が来られるのなら、願ってもないとのことでした。
「わたし、そうとう気難しいと思われていたのかしら。ちょっとショックだわ」
「気にすることないさ。誰だって、思い込みというものはあるよ」
いつもの自転車ではなく、青い自動車でやってきたエドさんを、登校してきた子供たちが、別人を見るような目で見ていました。
「先生の車、かっこいい!」
「乗せて、乗せて!」
「この人、先生の奥さんですか? 思っていたより、すごく優しそうです!」
「今日はなんの絵を描きに来たんですか?」
わいわいがやがや。グレンは、エドさんの肩から、その様子を面白そうに眺めていましたが、こらえ切れなかったのでしょうか、子供たちの輪に飛び込んで、遊び始めました。
「はい。遊ぶのは、チェスの授業が終わってからね。みんな、教室に行こう!」
エドさんたちは、教室に入り、いつものようにチェスの授業を始めました。みんな、めきめきと腕を上げていました。エドさんも驚くような、難しい手を打つ子供までいます。
「どこで覚えたんだい?」
「インターネットのチェスのサイトです、先生。いろいろな手を教えてくれるんです」
「うん。でも、その手は、あまりいい手じゃないな。たしかに効果的だけれど、その手は、『はめ手』といって……」
エドさんは、はっとしました。
「きみ、そのサイトの名前は!」
「『地獄の国税局』って……」
エドさんは頭を抱えました。ひととおり勝負が終わると、エドさんは黒板に、大きく「はめ手」と書きました。
「みんな、チェスには、簡単に強くなったように錯覚する方法がある。『はめ手』といって、相手をだまして罠にかけるというものだ。だけど、この方法には欠点がある。相手が、そのはめ手を知っていたら、逆を突かれて簡単に負けてしまうんだ。そうしたはめ手をたくさん知っているよりは、正々堂々とした指しかたの基礎を覚えたほうが、何百倍も役に立つ。チェスに限ったことじゃない。普通の勉強でも、手っ取り早い丸暗記でAを取るよりも、Bでもいいから、基礎から、なぜそうなるかをしっかりと学ぶほうが、何百倍も役に立つ。やがてわかることだがね」
子供たちは、しんとしました。思い当たることがあったのでしょう。
帰りの車内で、クロエさんはいいました。
「かっこよかったわよ、あなた」
「そうかなあ? で、絵は描けたかい?」
クロエさんは首を振りました。
「どうしても、だめだったわ」
黙りこむ二人と、あくびするグレンを乗せて、車は走っていきました。
クロエさんは、木炭を置いてつぶやきました。視線の先では、グレンがパンのかけらを、両手で抱えてもぐもぐやっています。
「グレンの絵が描けないのかい」
横で見ていたエドさんは、妻の肩にそっと手を置きました。
「そうなのよ。なにをやってもだめ。なにか、いいアイデアはないかしら」
エドさんは、しばらく考え込みました。
「そうだなあ……グレンの気分を変えてみるのはどうだろう?」
「気分って?」
エドさんは、窓のほうを指差しました。
「学校さ。わたしがチェスを教えている学校で、子供たちといっしょに遊んでいる時間なら、もしかしたら絵が描けるかもしれない」
クロエさんは、目をぱちぱちさせてから、肩に置かれたエドさんの手を両手で握り締めました。
「それはいい考えね! わたしも、あなたがどんな顔をして子供たちにチェスを教えているのか、気になっていたのよ」
「じゃあ、今日の午後、さっそく行ってみないか。校長先生、起きているかなあ」
エドさんは携帯電話を取り出しました。
「それはいいけど、今日は、マッキネンさんのところで、物置の掃除じゃなかった?」
エドさんは、壁の時計を見ました。
「あっ! 急いで行ってくる!」
マッキネンさんの物置は、山のようなほこりとがらくたで埋め尽くされていましたが、エドさんはもっとすごい、市のごみの集積所で探し物をしたこともありました。それを思えば、まだましです。それでも、掃除には、午前中いっぱいかかってしまいましたが。
校長先生に電話をかけると、ちょうどお昼を食べ終えた後で、話はすらすらと進みました。クロエさんのような有名な芸術家が来られるのなら、願ってもないとのことでした。
「わたし、そうとう気難しいと思われていたのかしら。ちょっとショックだわ」
「気にすることないさ。誰だって、思い込みというものはあるよ」
いつもの自転車ではなく、青い自動車でやってきたエドさんを、登校してきた子供たちが、別人を見るような目で見ていました。
「先生の車、かっこいい!」
「乗せて、乗せて!」
「この人、先生の奥さんですか? 思っていたより、すごく優しそうです!」
「今日はなんの絵を描きに来たんですか?」
わいわいがやがや。グレンは、エドさんの肩から、その様子を面白そうに眺めていましたが、こらえ切れなかったのでしょうか、子供たちの輪に飛び込んで、遊び始めました。
「はい。遊ぶのは、チェスの授業が終わってからね。みんな、教室に行こう!」
エドさんたちは、教室に入り、いつものようにチェスの授業を始めました。みんな、めきめきと腕を上げていました。エドさんも驚くような、難しい手を打つ子供までいます。
「どこで覚えたんだい?」
「インターネットのチェスのサイトです、先生。いろいろな手を教えてくれるんです」
「うん。でも、その手は、あまりいい手じゃないな。たしかに効果的だけれど、その手は、『はめ手』といって……」
エドさんは、はっとしました。
「きみ、そのサイトの名前は!」
「『地獄の国税局』って……」
エドさんは頭を抱えました。ひととおり勝負が終わると、エドさんは黒板に、大きく「はめ手」と書きました。
「みんな、チェスには、簡単に強くなったように錯覚する方法がある。『はめ手』といって、相手をだまして罠にかけるというものだ。だけど、この方法には欠点がある。相手が、そのはめ手を知っていたら、逆を突かれて簡単に負けてしまうんだ。そうしたはめ手をたくさん知っているよりは、正々堂々とした指しかたの基礎を覚えたほうが、何百倍も役に立つ。チェスに限ったことじゃない。普通の勉強でも、手っ取り早い丸暗記でAを取るよりも、Bでもいいから、基礎から、なぜそうなるかをしっかりと学ぶほうが、何百倍も役に立つ。やがてわかることだがね」
子供たちは、しんとしました。思い当たることがあったのでしょう。
帰りの車内で、クロエさんはいいました。
「かっこよかったわよ、あなた」
「そうかなあ? で、絵は描けたかい?」
クロエさんは首を振りました。
「どうしても、だめだったわ」
黙りこむ二人と、あくびするグレンを乗せて、車は走っていきました。
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~ Comment ~
Re: 有村司さん
まあ、途中から読めば誰でも誤解するわな(^_^;)
これから事態はさらに混乱の度を……って、明日のブログの更新が真っ白だ!
どうしよう(^_^;)
これから事態はさらに混乱の度を……って、明日のブログの更新が真っ白だ!
どうしよう(^_^;)
それは失礼しました!!
てっきり、お子さんがお生まれになったものと…^^;
闇は千の目をもつ…の読破は取りあえずおいておいて、しばらくエドさん詣でを続けますね^^;;
闇は千の目をもつ…の読破は取りあえずおいておいて、しばらくエドさん詣でを続けますね^^;;
- #9094 有村司
- URL
- 2012.09/23 20:09
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Re: 有村司さん
子供はまだです。グレンは、いたずら盛りの醜い小妖精、グレムリンです。チョイ役のつもりで出したらいつの間にか居ついてしまって、今やシリーズの縦糸に(^^;)
人生はわからないもんですなあ。(^^;)
ちなみにそこらへんの経緯をお知りになりたければ、1月15日、5月6日、5月13日の更新をご覧ください。
人生はわからないもんですなあ。(^^;)
ちなみにそこらへんの経緯をお知りになりたければ、1月15日、5月6日、5月13日の更新をご覧ください。
エドさ~ん!!
久しぶりのエドさん詣で、楽しく読ませて戴きました!!
しかしエドさん…私がブログを休止している間に、お子さんが生まれてたんですねえ。感慨深いものがあります。
しかしエドさん…私がブログを休止している間に、お子さんが生まれてたんですねえ。感慨深いものがあります。
- #9088 有村司
- URL
- 2012.09/23 09:19
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Re: YUKAさん
エドさん最大の敵かもしれません、地獄の国税局。
勝てるのかエドさん?