「弱肉雑食系(ラブコメ小説、不定期連載)」
弱肉雑食系・カット2「よくあるタイプじゃない隣人たち」
7コマめ・全世界の男の敵
「ででで、ディフェンディングチャンピオンだと」
ぼくを指さして、葛西委員長が吠えた。
「予選抜きで最終決戦に臨めるだと。不公平だ。不公平だ。われわれ民衆の敵だ。打倒さるべき権力の化身だ。われわれはこのような反革命的行為には強く抗議する」
今日のうちに、何度こんなことをいわれたかわからない。ぼくは小指で耳に栓した。残念なことに、もう一方の手はノートをまとめるのに使われていたため、耳をふさぐわけにはいかなかった。
「不公平だっていっても、カノジョのほうで欲求してきたことだって聞いてるし、しかたないんじゃないのか。それに、文句をいう先は、ぼくじゃなくて、あの大会の実行委員会のほうだろう。存在するとしたらだけど」
葛西はぎりりと奥歯を鳴らした。
「その実行委員会の存在自体が闇に包まれているのだ。裏では、どうやら大規模なギャンブルが行われているらしい。勝ち残るのは誰か、ということで、あちらこちらでいろいろと券が出回っている」
「券?」
それは初耳だ。
「なんだいそれ?」
「勝馬投票券……要するに馬券みたいなものだな。システムについては、知っているだろ?」
「だいたいわかるよ」
ぼくは嘆息した。誰だかは知らないが、テラ銭を受け取るやつは大儲けすること間違いなしだ。本間様にはおよびもないが、せめてなりたや胴元に。
葛西は横目でぼくを見た。
「それでなんだが、もし決勝まで残ったら、いくらで負けてくれる?」
ぼくはずっこけた。
「確か、健交活動委員会は革命的精神に則るグループだったと聞いているが、いいのか革命的精神が買収なんかして」
葛西は胸を張った。
「権力に対しては使えるのならばどんな手段でも使う。これが革命的精神というものだ」
「いいかげんだなあ。そうかそれだから革命というものはほとんどすべてが堕落していくのか」
ぼくは耳から小指を抜くと、ノートをとんとんと揃えた。
「そんな話を持ちかけてこられても、ぼくは困るだけだ。まあそういうことだ。ほかを当たってくれ」
「そんな。五百円! 五百円出そう! なんなら六百円でも!」
革命的に貧しい話になりそうだった。ぼくはかばんを抱えると、後も見ずに教室を出た。そりゃあ、ぼくも貧しい男だけど。
「七百円! 牛丼屋の卵半額券もつけるから!」
後を追ってきたのはその悲鳴のような声だけだった。
とにかく、ぼくとしては腹になにか入れたい。学食でご飯を食べるのはいいとして、そのおかずを、味噌汁にするか、ぐっとこらえて漬物にするか考えつつ歩いていたら、食品サンプルの並んだショーケースの前で、カノジョが立っているのに気がついた。人をひるませるその眼光には、氷の女王のように近づきがたい威厳があったが、よくよく見ると、ちょっとばかり汗をかいている。
「どうしたんだい、こんなところで」
「詳しいことは、中で話すわ。席につきましょう」
「ちょっと待ってくれ。ぼくは、学食のご飯の券を……」
「いいから来てちょうだい」
ぼくは手を掴まれて、奥のテーブルへと引きずってこられた。
「あの、なにを」
「これ」
カノジョはぼくに、百円ショップでくれるような、極小サイズの手提げビニール袋に入れられたなにかを押し出してよこした。
中をのぞくと、アルミホイルでくるまれた二個のちょっとしたかたまりは、どう見ても、おにぎりだった。
「いいの?」
「自分では作るけど、こういうふうに持ってくるのは、初めてなのよ」
「いつ作ったんだい」
「午後は休講だったの」
だから、家か、もしかしたらあの隠れ家みたいな飲み屋の厨房で作った、ということだろうか。
アルミホイルを開いたぼくは、もそもそ食べて、もそもそごみをまとめた。
「うまいね」
「ありがと」
「それで、話っていうのは?」
ぼくはそう聞いた後、なんとなく後ろを振り返った。
敵意に満ち満ちた視線が、ぼくに向けられていた。たしかに、舘冴子のいったとおりだ。ぼくは、「全世界の男の敵」になってしまったらしい。
「……ちょっとここじゃ、話しづらい。場所を変えよう。ぼくのマンションでどうだ?」
ぼくは、その場を取り繕うつもりでそういった。言葉にした後で、ぼくは自分がなにをいったのかを理解し、青くなった。
敵意に満ちた視線は、今や火花を散らすかのようだった。
ぼくはカノジョを連れて、逃げるように学食を、いや大学を後にした。
ぼくを指さして、葛西委員長が吠えた。
「予選抜きで最終決戦に臨めるだと。不公平だ。不公平だ。われわれ民衆の敵だ。打倒さるべき権力の化身だ。われわれはこのような反革命的行為には強く抗議する」
今日のうちに、何度こんなことをいわれたかわからない。ぼくは小指で耳に栓した。残念なことに、もう一方の手はノートをまとめるのに使われていたため、耳をふさぐわけにはいかなかった。
「不公平だっていっても、カノジョのほうで欲求してきたことだって聞いてるし、しかたないんじゃないのか。それに、文句をいう先は、ぼくじゃなくて、あの大会の実行委員会のほうだろう。存在するとしたらだけど」
葛西はぎりりと奥歯を鳴らした。
「その実行委員会の存在自体が闇に包まれているのだ。裏では、どうやら大規模なギャンブルが行われているらしい。勝ち残るのは誰か、ということで、あちらこちらでいろいろと券が出回っている」
「券?」
それは初耳だ。
「なんだいそれ?」
「勝馬投票券……要するに馬券みたいなものだな。システムについては、知っているだろ?」
「だいたいわかるよ」
ぼくは嘆息した。誰だかは知らないが、テラ銭を受け取るやつは大儲けすること間違いなしだ。本間様にはおよびもないが、せめてなりたや胴元に。
葛西は横目でぼくを見た。
「それでなんだが、もし決勝まで残ったら、いくらで負けてくれる?」
ぼくはずっこけた。
「確か、健交活動委員会は革命的精神に則るグループだったと聞いているが、いいのか革命的精神が買収なんかして」
葛西は胸を張った。
「権力に対しては使えるのならばどんな手段でも使う。これが革命的精神というものだ」
「いいかげんだなあ。そうかそれだから革命というものはほとんどすべてが堕落していくのか」
ぼくは耳から小指を抜くと、ノートをとんとんと揃えた。
「そんな話を持ちかけてこられても、ぼくは困るだけだ。まあそういうことだ。ほかを当たってくれ」
「そんな。五百円! 五百円出そう! なんなら六百円でも!」
革命的に貧しい話になりそうだった。ぼくはかばんを抱えると、後も見ずに教室を出た。そりゃあ、ぼくも貧しい男だけど。
「七百円! 牛丼屋の卵半額券もつけるから!」
後を追ってきたのはその悲鳴のような声だけだった。
とにかく、ぼくとしては腹になにか入れたい。学食でご飯を食べるのはいいとして、そのおかずを、味噌汁にするか、ぐっとこらえて漬物にするか考えつつ歩いていたら、食品サンプルの並んだショーケースの前で、カノジョが立っているのに気がついた。人をひるませるその眼光には、氷の女王のように近づきがたい威厳があったが、よくよく見ると、ちょっとばかり汗をかいている。
「どうしたんだい、こんなところで」
「詳しいことは、中で話すわ。席につきましょう」
「ちょっと待ってくれ。ぼくは、学食のご飯の券を……」
「いいから来てちょうだい」
ぼくは手を掴まれて、奥のテーブルへと引きずってこられた。
「あの、なにを」
「これ」
カノジョはぼくに、百円ショップでくれるような、極小サイズの手提げビニール袋に入れられたなにかを押し出してよこした。
中をのぞくと、アルミホイルでくるまれた二個のちょっとしたかたまりは、どう見ても、おにぎりだった。
「いいの?」
「自分では作るけど、こういうふうに持ってくるのは、初めてなのよ」
「いつ作ったんだい」
「午後は休講だったの」
だから、家か、もしかしたらあの隠れ家みたいな飲み屋の厨房で作った、ということだろうか。
アルミホイルを開いたぼくは、もそもそ食べて、もそもそごみをまとめた。
「うまいね」
「ありがと」
「それで、話っていうのは?」
ぼくはそう聞いた後、なんとなく後ろを振り返った。
敵意に満ち満ちた視線が、ぼくに向けられていた。たしかに、舘冴子のいったとおりだ。ぼくは、「全世界の男の敵」になってしまったらしい。
「……ちょっとここじゃ、話しづらい。場所を変えよう。ぼくのマンションでどうだ?」
ぼくは、その場を取り繕うつもりでそういった。言葉にした後で、ぼくは自分がなにをいったのかを理解し、青くなった。
敵意に満ちた視線は、今や火花を散らすかのようだった。
ぼくはカノジョを連れて、逃げるように学食を、いや大学を後にした。
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~ Comment ~
こんばんは^^
どんどん何かに嵌まっている感じが^^
いいですね~~
誤解から始まっているけど
結果的には公認カップル(笑)
それにしてもカノジョの人気は凄い。
いいですね~~
誤解から始まっているけど
結果的には公認カップル(笑)
それにしてもカノジョの人気は凄い。
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Re: YUKAさん
勝負はこれからなのです。(^_^)