「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・10月7日
「……おやまあ、あなたたち二人が首を揃えてうちに来るなんて、いったい何事かと思ったら」
エドさんとクロエさんを前にして、アリントン夫人はお茶を入れました。
「どうぞ」
「いただきます」
三人は、しばしの間、無言でお茶を飲みました。時計の音がこちこちとします。
アリントン夫人が口を開きました。
「……いっておきますけどね。伯爵閣下は、あなたが考える以上に聡明で思慮深いおかたです。どうして、あなたがいう悪魔なんかにつけこまれるような隙を見せるだなどと考えたのですか」
「ええ。……それなんですが、あの島に行ったことくらいしか、思い当たることがないんです。確かに、わたしがあの『地獄の国税局』じゃなかった、悪魔に出くわしたのは、島から帰ってきて三週間ばかり後です。とはいえ……」
「この村の人が疑えないから、伯爵閣下がなにかやってはいけないことをしたのでは、と? さっきもいったはずです。伯爵閣下は聡明で思慮深いかたです、と」
「やっぱりそうですか……」
「そうに決まってます」
アリントン夫人は断言し……ほんのわずか、眉根を寄せました。
「どうされましたか?」
アリントン夫人は首を振りました。
「……そんな、そんなことがあるわけがない。まさか、あの人、とんでもないことをしてしまったんじゃ……」
アリントン夫人は携帯電話にちらりと視線を向けると、頭を振って、エドさんたちに向き直りました。
「もしかしたら、なぜ、悪魔がグレンを狙うのかについてだったら理由がわかるかもしれません」
「ほんとうですか!」
クロエさんが、顔を輝かせました。対して、アリントン夫人のほうは困惑しているようでした。
「お話しくださいませんか」
エドさんは、静かに尋ねました。アリントン夫人は首を横に振りました。
「伯爵閣下の名誉にかかわることです。これについては、閣下に直接お尋ねしてからでなくてはなりません」
「電話をかけるだけじゃないですか!」
クロエさんは叫びました。アリントン夫人は、なだめるように答えました。
「あの島は、あなたが思うより、ずっと迷信深い島なのですよ。伯爵閣下のお家が続いてきたのも、そうした、一種の、わたしたちには想像するしかない『空気』というものを操るすべに長けていたからです」
クロエさんは目を丸くしました。
「あの伯爵は魔法使いなんですか?」
アリントン夫人は苦笑いしました。
「魔法使いだなんていっていません。伯爵閣下は、あの島では、開明的な貴族、いや、君主であると同様に、島民にとっての宗教的な象徴になっている、といっているのです。そんなあの人が、怪しげなグレムリンを島に入れたこと自体、あの島にとってはひっくり返るような大騒ぎになってもおかしくなかったのですよ」
「はあ……」
エドさんは、からからに乾いた喉に、紅茶を流し込みました。
アリントン夫人は話を続けました。
「それでも、あの島の島民たちがグレムリンを島に入れることを認めたのは、伯爵閣下という人物その人を、絶対的に信頼しているからです。あの人の二代前の伯爵閣下が、毅然としてナチスの侵攻から、勇気ある人たちをかばい通したときと同じように」
アリントン夫人は、紅茶のカップを置きました。
「ひと晩だけ、時間をいただきます」
「ひと晩?」
「グレムリンの話題を出すと、島民のかたがたは混乱するだけでしょう。わたくしが直接、伯爵閣下か、グィド老人に尋ねてみます。国際電話でつかまり次第、明日の朝……いえ、今夜にでもお伝えします。便利屋さん」
「はい?」
「あなたは、あのとき、なにを食べたか覚えていますか?」
「え……」
「覚えていませんね。それじゃ、伯爵閣下との秘密の話をさせてくださいな」
エドさんとクロエさんは、不安そうにアリントン夫人の家を後にしました。
後にするべきではありませんでした。
アリントン夫人が倒れたのです。
エドさんとクロエさんを前にして、アリントン夫人はお茶を入れました。
「どうぞ」
「いただきます」
三人は、しばしの間、無言でお茶を飲みました。時計の音がこちこちとします。
アリントン夫人が口を開きました。
「……いっておきますけどね。伯爵閣下は、あなたが考える以上に聡明で思慮深いおかたです。どうして、あなたがいう悪魔なんかにつけこまれるような隙を見せるだなどと考えたのですか」
「ええ。……それなんですが、あの島に行ったことくらいしか、思い当たることがないんです。確かに、わたしがあの『地獄の国税局』じゃなかった、悪魔に出くわしたのは、島から帰ってきて三週間ばかり後です。とはいえ……」
「この村の人が疑えないから、伯爵閣下がなにかやってはいけないことをしたのでは、と? さっきもいったはずです。伯爵閣下は聡明で思慮深いかたです、と」
「やっぱりそうですか……」
「そうに決まってます」
アリントン夫人は断言し……ほんのわずか、眉根を寄せました。
「どうされましたか?」
アリントン夫人は首を振りました。
「……そんな、そんなことがあるわけがない。まさか、あの人、とんでもないことをしてしまったんじゃ……」
アリントン夫人は携帯電話にちらりと視線を向けると、頭を振って、エドさんたちに向き直りました。
「もしかしたら、なぜ、悪魔がグレンを狙うのかについてだったら理由がわかるかもしれません」
「ほんとうですか!」
クロエさんが、顔を輝かせました。対して、アリントン夫人のほうは困惑しているようでした。
「お話しくださいませんか」
エドさんは、静かに尋ねました。アリントン夫人は首を横に振りました。
「伯爵閣下の名誉にかかわることです。これについては、閣下に直接お尋ねしてからでなくてはなりません」
「電話をかけるだけじゃないですか!」
クロエさんは叫びました。アリントン夫人は、なだめるように答えました。
「あの島は、あなたが思うより、ずっと迷信深い島なのですよ。伯爵閣下のお家が続いてきたのも、そうした、一種の、わたしたちには想像するしかない『空気』というものを操るすべに長けていたからです」
クロエさんは目を丸くしました。
「あの伯爵は魔法使いなんですか?」
アリントン夫人は苦笑いしました。
「魔法使いだなんていっていません。伯爵閣下は、あの島では、開明的な貴族、いや、君主であると同様に、島民にとっての宗教的な象徴になっている、といっているのです。そんなあの人が、怪しげなグレムリンを島に入れたこと自体、あの島にとってはひっくり返るような大騒ぎになってもおかしくなかったのですよ」
「はあ……」
エドさんは、からからに乾いた喉に、紅茶を流し込みました。
アリントン夫人は話を続けました。
「それでも、あの島の島民たちがグレムリンを島に入れることを認めたのは、伯爵閣下という人物その人を、絶対的に信頼しているからです。あの人の二代前の伯爵閣下が、毅然としてナチスの侵攻から、勇気ある人たちをかばい通したときと同じように」
アリントン夫人は、紅茶のカップを置きました。
「ひと晩だけ、時間をいただきます」
「ひと晩?」
「グレムリンの話題を出すと、島民のかたがたは混乱するだけでしょう。わたくしが直接、伯爵閣下か、グィド老人に尋ねてみます。国際電話でつかまり次第、明日の朝……いえ、今夜にでもお伝えします。便利屋さん」
「はい?」
「あなたは、あのとき、なにを食べたか覚えていますか?」
「え……」
「覚えていませんね。それじゃ、伯爵閣下との秘密の話をさせてくださいな」
エドさんとクロエさんは、不安そうにアリントン夫人の家を後にしました。
後にするべきではありませんでした。
アリントン夫人が倒れたのです。
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NoTitle
そういえば、ここ一年くらい忙しかったり体調が悪かったりして、エドさんの続きを読みに来られないままだったじゃないか! と先日のイベントのお話を見て思い出しました。
どこまで読んだのか、内容は覚えていても記事がどのあたりにあったのか探すのに苦労しましたがやっぱりエドさんの世界は癒される……と思っていた矢先の急展開!
しばらく入りびたりになるかもしれませんが図書館の隅っこで懸命に本を読んでいるヤツと思って放置しておいていただけましたら<m(__)m>
どこまで読んだのか、内容は覚えていても記事がどのあたりにあったのか探すのに苦労しましたがやっぱりエドさんの世界は癒される……と思っていた矢先の急展開!
しばらく入りびたりになるかもしれませんが図書館の隅っこで懸命に本を読んでいるヤツと思って放置しておいていただけましたら<m(__)m>
Re: YUKAさん
さて、これから二か月半、どうやってテンションを維持したまま書けるのか、細工は流々仕上げをごろうじろ、といいたいのですがごにょごにょ……(^^;)
こんばんは^^
おお!
やっと狙われる理由が――と思ったら
アリントン夫人が倒れてしまった!!
ドキドキの急展開です^^
日曜日が楽しみ^^
やっと狙われる理由が――と思ったら
アリントン夫人が倒れてしまった!!
ドキドキの急展開です^^
日曜日が楽しみ^^
Re: 山西 左紀さん
後11回、どう伏線を畳むか、もはや一種のパズラーになってますわたし(^_^;)
読み返してみると、けっこう機能していないエピソードがあるなあ。なんとか、けりをつけてみせますが、12月末まで気が抜けないであります。
読み返してみると、けっこう機能していないエピソードがあるなあ。なんとか、けりをつけてみせますが、12月末まで気が抜けないであります。
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Re: 椿さん
当時はこれを毎週更新していたのですから、体力があったんだなあ……。
アリントン夫人を倒してしまったのは、「その場のノリと勢い」というやつですщ(゜▽゜щ☆ぽかっ\(^^;