「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
探偵エドさん(童話掌編シリーズ・完結)
エドさん探偵物語:12 車窓の少女
車窓の少女
アパートの一室では、部屋の主である、探偵のエドさんの言葉に従って、栗色の髪の女性がスケッチブックに鉛筆を走らせていました。描かれていたのは、幼い少女の顔でした。
「これでどう?」
「すばらしい。そっくりだ」
「で、この子が?」
女性はベッドに目をやりました。エドさんはうなずきました。
「そうだよ。このベッドに寝ている。ひまわりの刺繍のされた服を着てね。でもこの子は、わたしにしか見ることができないんだ」
エドさんが、最初にこの少女を見たのは、三日前の夜でした。仕事を終えて事務所に帰ってきたとき、扉の前に座っていたのです。
その日は夏の暑い盛りの日でした。迷子が日差しを避けてこのビルに入り込み、そのまま疲れて座り込んでしまったのでしょうか。
「どうしたのかな? お嬢さん」
少女はただ、にこにこと笑っています。
「困ったね。ここは探偵事務所だよ。もう、夜も遅い。悩み事がなければ、家へお帰り」
そういって少女の手を取ったエドさんは、ふと、目の前にある窓を見ました。
窓には、エドさんしか映っていませんでした。愕然として振り向くと、女の子はにこにこと、それでいて悲しげに笑っていました。
女の子は他の誰にも見えませんでした。
似顔絵を片手に、エドさんはあてもない捜索に向かいました。まずは警察と新聞社に立ち寄り、行方不明者などの写真に目を走らせました。次は聞き込みです。しかし、はかばかしい結果は得られませんでした。
エドさんは、一週間をかけて、まわれるつては全部をまわりました。
無駄足でした。焼け付くような日差しに、エドさんは疲労を覚え、どこか休むところはないかと思いました。
ふと見上げると、小さな教会がありました。たいした信者ではありませんが、休むくらいは許してもらえるでしょう。エドさんは、よろよろと中に入りました。
椅子に座り、疲れたふとももをマッサージしていると、ひと目で聖職者とわかる老人が、暗がりから現れました。
「どうかなさりましたか」
「すみません、疲れたのでどこか休むところをと、しばしご厄介になっておりました。まずいようでしたらすぐに帰ります」
「いや、教会はお困りになられた人のためにあるものですからな。そのくらいでしたら、いくらでもどうぞ。献金箱に小銭を入れてくれたらなおよろしいのですがな」
エドさんは苦笑いして、ポケットから財布を取り出そうとしました。
「それはなんですかな?」
間違えて引っ張り出しかけた白いものを見て、老人は訊ねました。
「尋ね人の、似顔絵ですよ。ついでだ、あなたも見ていただけませんか」
エドさんは、老人に似顔絵を渡しました。興味深そうに似顔絵を見た老人の顔色が、急に変わりました。
「この子は……!」
エドさんは、誰にも姿が見えない少女を車の助手席に乗せ、田舎道をドライブしていました。
「君の名前はジェーン。本名じゃない。孤児だったのでね。あの老人が話してくれた」
助手席の少女は、にこにこしながらエドさんの話を聞いていました。
「ひまわりが大好きな女の子だったそうだ。十年前の話だよ。なぜなら、君は十年前に、肺炎で亡くなっているからだ」
エドさんは、助手席にちらりと目をやりました。女の子は微笑みながら前を見ています。
「君は亡くなる寸前に、ひまわりの種を握っていたそうだ。その種は、とあるひまわり農家にもらわれていったそうだ。君には、見る権利がある。だから、わたしのところを尋ねてきたんだろう? なんとかいってくれよ。ひまわり畑はもうそろそろなはずだ」
車はトンネルにさしかかりました。トンネルを抜けたとき、エドさんは目の前に広がる光景を見て思わず、息をのみました。どこまでも続くひまわり畑の中に、助手席の少女とそっくりな、無数の少女がいたのです。
エドさんは、助手席に目をやりました。女の子は、もういませんでした。かわりに、ひまわりの種が一粒、落ちていました。
窓の外に目を戻すと、そこには、ただ、ひまわりが咲いているだけでした。エドさんは、種を掌に載せ、いいました。
「ごらん。君の……君の子供たちだ」
※ ※ ※ ※ ※
「ロックンロール・ヘイズ」の西幻響子さんが、素敵なイラストを描いてくれました!

(クリックすると大きくなります)
ありがとうございます!
アパートの一室では、部屋の主である、探偵のエドさんの言葉に従って、栗色の髪の女性がスケッチブックに鉛筆を走らせていました。描かれていたのは、幼い少女の顔でした。
「これでどう?」
「すばらしい。そっくりだ」
「で、この子が?」
女性はベッドに目をやりました。エドさんはうなずきました。
「そうだよ。このベッドに寝ている。ひまわりの刺繍のされた服を着てね。でもこの子は、わたしにしか見ることができないんだ」
エドさんが、最初にこの少女を見たのは、三日前の夜でした。仕事を終えて事務所に帰ってきたとき、扉の前に座っていたのです。
その日は夏の暑い盛りの日でした。迷子が日差しを避けてこのビルに入り込み、そのまま疲れて座り込んでしまったのでしょうか。
「どうしたのかな? お嬢さん」
少女はただ、にこにこと笑っています。
「困ったね。ここは探偵事務所だよ。もう、夜も遅い。悩み事がなければ、家へお帰り」
そういって少女の手を取ったエドさんは、ふと、目の前にある窓を見ました。
窓には、エドさんしか映っていませんでした。愕然として振り向くと、女の子はにこにこと、それでいて悲しげに笑っていました。
女の子は他の誰にも見えませんでした。
似顔絵を片手に、エドさんはあてもない捜索に向かいました。まずは警察と新聞社に立ち寄り、行方不明者などの写真に目を走らせました。次は聞き込みです。しかし、はかばかしい結果は得られませんでした。
エドさんは、一週間をかけて、まわれるつては全部をまわりました。
無駄足でした。焼け付くような日差しに、エドさんは疲労を覚え、どこか休むところはないかと思いました。
ふと見上げると、小さな教会がありました。たいした信者ではありませんが、休むくらいは許してもらえるでしょう。エドさんは、よろよろと中に入りました。
椅子に座り、疲れたふとももをマッサージしていると、ひと目で聖職者とわかる老人が、暗がりから現れました。
「どうかなさりましたか」
「すみません、疲れたのでどこか休むところをと、しばしご厄介になっておりました。まずいようでしたらすぐに帰ります」
「いや、教会はお困りになられた人のためにあるものですからな。そのくらいでしたら、いくらでもどうぞ。献金箱に小銭を入れてくれたらなおよろしいのですがな」
エドさんは苦笑いして、ポケットから財布を取り出そうとしました。
「それはなんですかな?」
間違えて引っ張り出しかけた白いものを見て、老人は訊ねました。
「尋ね人の、似顔絵ですよ。ついでだ、あなたも見ていただけませんか」
エドさんは、老人に似顔絵を渡しました。興味深そうに似顔絵を見た老人の顔色が、急に変わりました。
「この子は……!」
エドさんは、誰にも姿が見えない少女を車の助手席に乗せ、田舎道をドライブしていました。
「君の名前はジェーン。本名じゃない。孤児だったのでね。あの老人が話してくれた」
助手席の少女は、にこにこしながらエドさんの話を聞いていました。
「ひまわりが大好きな女の子だったそうだ。十年前の話だよ。なぜなら、君は十年前に、肺炎で亡くなっているからだ」
エドさんは、助手席にちらりと目をやりました。女の子は微笑みながら前を見ています。
「君は亡くなる寸前に、ひまわりの種を握っていたそうだ。その種は、とあるひまわり農家にもらわれていったそうだ。君には、見る権利がある。だから、わたしのところを尋ねてきたんだろう? なんとかいってくれよ。ひまわり畑はもうそろそろなはずだ」
車はトンネルにさしかかりました。トンネルを抜けたとき、エドさんは目の前に広がる光景を見て思わず、息をのみました。どこまでも続くひまわり畑の中に、助手席の少女とそっくりな、無数の少女がいたのです。
エドさんは、助手席に目をやりました。女の子は、もういませんでした。かわりに、ひまわりの種が一粒、落ちていました。
窓の外に目を戻すと、そこには、ただ、ひまわりが咲いているだけでした。エドさんは、種を掌に載せ、いいました。
「ごらん。君の……君の子供たちだ」
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Re: 鍵コメさん
気に入っていただきありがとうございます。
アップしてもいいですか?(^_^)
アップしてもいいですか?(^_^)
Re: 山西 左紀さん
喜んでもらえてよかったです。
実はこのひまわりの少女のビジュアルイメージが、某アイドルマスターのミキちゃんであることは内緒だったりします(ぶちこわしかもしれん……)
実はこのひまわりの少女のビジュアルイメージが、某アイドルマスターのミキちゃんであることは内緒だったりします(ぶちこわしかもしれん……)
これはちょっと、鼻の奥にツーンときました。
展開を追いかけてつい最後まで読んでしまうお話です。
でも切ないです。
展開を追いかけてつい最後まで読んでしまうお話です。
でも切ないです。
Re: fateさん
あまんきみこ先生の「車のいろは空のいろ」にもろに影響を受けて書いてますからねえ。
あの童話シリーズは永遠の傑作です。名作です。かなわぬまでもあんな話が書きたかったんだよう(^^)
あの童話シリーズは永遠の傑作です。名作です。かなわぬまでもあんな話が書きたかったんだよう(^^)
Re: YUKAさん
ちょっとここではエドさんに恰好をつけすぎた気が(^^;)
少女にはひとことしゃべらせるべきだったかなあ。
少女にはひとことしゃべらせるべきだったかなあ。
こんばんは^^
そうか。。。
なんだか、最後で救われて
切なくていい話だ~~と思えて良かった。
一面の向日葵……情景が浮かぶようです^^
なんだか、最後で救われて
切なくていい話だ~~と思えて良かった。
一面の向日葵……情景が浮かぶようです^^
Re: 有村司さん
いつもいつもありがとうございます(^^)
ちょっとエドさんにカッコつけさせすぎたかなあ、とか、書いてるときは思っていました(^^;)
こうして評価していただいて嬉しいです(^^)
ちょっとエドさんにカッコつけさせすぎたかなあ、とか、書いてるときは思っていました(^^;)
こうして評価していただいて嬉しいです(^^)
エドさーん;;
こんにちは!
いいお話でした…;;
エドさんの最後のセリフがびしっと効いていて、カッコよく、かつまた救われました…;;
いいお話でした…;;
エドさんの最後のセリフがびしっと効いていて、カッコよく、かつまた救われました…;;
- #5665 有村司
- URL
- 2011.11/09 11:28
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
あの「終末港」の悪党どもはエドさんの裏返しかもしれません(笑)
この話の、エドさんの最後のセリフは気に入ってます(^^)
この話の、エドさんの最後のセリフは気に入ってます(^^)
NoTitle
無数の少女達で一瞬ホラーかと思ったけど、エドさんの言葉で安心。
少女も安心したろうね。
損得抜きで働く。いい人だなぁ。
少女も安心したろうね。
損得抜きで働く。いい人だなぁ。

- #4393 ぴゆう
- URL
- 2011.06/19 22:10
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Re: 椿さん
感受性は五年の月日の末に擦り切れカイザリスイギョノスイギョウマツ。(^^;)