幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片001「皇子アヴェル・ヴァール」

     ←幻想帝国へようこそ →調子悪いです
     皇子アヴェル・ヴァールは酔っていた。肌を突き刺す針の痛みに、乳香と没薬が惜しげもなく使われた煙香から、結晶となって蒸着する自らの肌を彩る刺青に、その文様の作り出す蠱惑的なパターンの美しさに酔っていた……。

     彫られていたもの、それは見事な蒼い龍だった。針のひと刺しごとに、立ちこめるガス状の色素が揺らめくごとに、龍は身をよじり、咆吼を上げるかのごとく姿を変えるのだった。若き皇子は、味蕾を浸透し、直接に味覚神経を震えさせる神酒を、一滴、一滴、舌の上に垂らすようにして飲んでいた。

    「帝都にして皇宮、百万の顔を持ち、千兆の姿を取る叫ぶもの、スヴェル・ヴェルームに仕えられるものどものうちで、もっとも気高きかたよ、龍はいまや神経細胞にその姿を現しましてございます」

     顔を仮面で覆った刺青師は、皇子の前から一歩を下がり、深々とぬかづいた。

    「大儀……」

     皇子は気だるげに、卑しき職人に言葉をかけると、龍の口元に、杯に残った神酒を二、三滴滴らせた。

     肌に彫られた蒼龍は、酒を喜ぶかのように、身をくねらせた。

     目を細めてその様を見ていた皇子は、杯になみなみと神酒を注ぐと、刺青師に差し出した。

    「ゆるす。受け取るがよい」

    「おそれながら」

     皇子は刺青師にそれ以上の言葉を吐かせる気はなかった。

    「飲むのだ」

     刺青師はぎこちなく杯を受け取り、ひと息に飲み干した。刺青師の面は、唇の部分を含めたそのすべてが、その下にある人間の皮膚と一体化していたのである。

    「幻想帝国とスヴェル・ヴェルームに逆心あるものが飲めば、たちどころに死に至る猛毒と化すこの神酒……よくぞ飲み干した。仮面を外すこと、このアヴェル・ヴァールが許す。外すがよい」

     刺青師は、生まれ出でたるときに被せられた仮面を、初めて外した。外すことのできる日が来るとは、今このときまで信じたことすらなかった。皇子の言葉の持つアウラに反応し、、顔面の皮膚と同化して仮面を固着させていたナノマシンは、無力なる液体となって床上に流れた。

     刺青師は、その銀色の液体に、己が顔を映した。刺青を彫ることしか知らぬ、無垢としかいいようのない表情が、そこにはあった。

     皇子は満足げに、喜ぶよりもむしろ当惑している若者を見やった。

    「『ェ』の字を与えよう。名もなく番号で呼ばれ続けてきた刺青師よ、見事な龍を彫り上げたお前には、それだけの報酬を受ける資格がある。自らに名をつけるがよい」

    「……ルジェ」

     刺青師は呟くようにいった。アヴェル・ヴァールは、紅の、そう、赤色巨星の色をしたローブをまとい、一匹の蛇を胴に当てた。蛇はくるりと、皇子の身体に巻きつき、帯となった。

    「ルジェ。お前を、わが近習に加えよう。作法については、皇宮の破片を針のひと刺しぶんだけ与える。それを舐め、学ぶがよい」

     皇子アヴェル・ヴァールと従者ルジェ、これがその出会いで(以下欠落)
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【幻想帝国へようこそ】へ  【調子悪いです】へ

    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    いっときますけど、これ、かなり読む人を選ぶ作品でもあります。

    やたらとややこしいうえ、清く正しい冒険物語ではまったくないので。

    着地点は見えているつもりですが、そこに持っていくことを考えると気が重くなる作品。

    早く終わらせて軽いもの書きたい気分半々(^_^;)

    作者とはいええらいいいようですが、そんなアンビバレンツな気分であります。愛憎半ば。

    なんと表現すればいいんだろう。

    とにかく、これまで書いた中ではいちばんぐちゃぐちゃでわけのわからん話になると思います。範子文子を毎日書いていたときとは違う意味で、わたし危険なゾーンに行ってしまうかも知れん……。

    ゾクゾクっとする。
    皇子様の美しさを想像してしまう。。
    絶対的権力とは如何なるものか。
    凄まじいようなオーラがあるんだろうな。
    醜い豚のような仮面の奥にあった美しい刺青師
    にゃんて想像しまくりました。
    楽しみにボチボチと通いますわ。

    Re: しのぶもじずりさん

    うっ……いいにくい……現生人類はこの話の遥か以前にすでに絶滅しているなんて、いいにくい……。(じゃあなんで人間のそれと同様の思考をしているかについては、これからおいおい語ります)

    Re: 山西 左紀さん

    今はもっとも繁栄している時代ですが、黄昏の中終焉を迎え、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームが屍をさらすまで描けるかどうか、できるかぎりやってみます。何年かかるかわかりませんが……。

    「サイエンスファンタジー」 SFってファンタジーなんだぜ、って事を思い出してくれたようじゃの。
    若かりし日の発想がどのように花開くのか、楽しみじゃて。

    テクノロジーは進んでも、人間は古風。
    そういうところは、「スターウォーズ」を思い起こさせるわい。(何故か、爺口調)

    きましたね。

    遠未来SFですか。
    いきなりファンタジー風ですね。
    ナノマシンに微かにSFの匂いが……
    謎めいた、しかも断片と言う不定期連載、さらに謎は
    深まるばかりです。
    ポールさんのSF、期待しています。
    ではまた。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【幻想帝国へようこそ】へ
    • 【調子悪いです】へ