「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・12月2日
年の終わりの月がやってきました。この月を乗り切れば、悪魔は立ち去るでしょう。それまでの勝負ですが……。
「ねえ、クロエ」
その日の早朝も、クロエさんはキャンバスに向かって一心に絵を描き続けていました。徹夜でした。昨日で二日目でしたから、今日も描けば三日三晩ということになります。
「おい、クロエ」
クロエさんは振り返ることもしませんでした。ぼさぼさの髪に、化粧もしない肌。それほどまでに、絵に集中していたのです。エドさんは、クロエさんと相談したいことが山ほどありましたが、対象に没頭している芸術家を変に刺激することはやめたほうがいいこともよく知っていました。
とりあえず、自分の考えをまとめようと思って、冷静になるため、台所でウイスキーでも飲もうと思った時です。
いきなり、クロエさんが振り向きました。
「あなた」
その射すくめるかのようならんらんとした視線に、エドさんは一瞬、たじろぎました。
「ど、どうしたんだい、クロエ」
「できたわ」
そうとだけいうと、クロエさんは、よろっと立ち上がり、エドさんのほうへ二、三歩歩きました。
それが限界でした。クロエさんは、そのままエドさんの腕の中に倒れこみ……すうすうと寝息を立てて、眠り始めました。
エドさんは、ほっとするのと同時に、いったい妻はなにを描き上げたのだろう、と、キャンバスを覗き込みました。
そこには、なにか合理的な法則にのっとって、線や面や色が、精妙に組み合わされて描かれているようでしたが……残念ながら、エドさんには、現代芸術はまったくわからないのでした。
夜も遅くに起きてきたクロエさんに、エドさんは、火傷しないよう、ぬるめにしたトマトのスープを出しました。クロエさんは、寝ぼけ眼でひとさじすくって口に入れ、次の瞬間、目をぱっちりと開けました。
「目が覚めたかい。おはよう。夜だけど」
「あ、あなた、ちょっとこれ、なんなの?」
目をぱちぱちさせるクロエさんに、エドさんはにやりと笑いかけました。
「うまいだろ。そこらで売っている缶詰のスープに、ヒューイットさんの料理店でもらってきた、東洋渡来の秘伝のスパイスをたっぷりと加えてみたんだ。なんでも東洋では、暑い盛りに激辛料理なるものを食べるらしい」
「今はどう見ても冬よ」
軽くエドさんを睨んでから、クロエさんはまたもスープに取りかかりました。
「辛いけれど、これはこれでおいしいわね、このスープ。でも、あとで見てらっしゃい」
「そんなことより、きみと、思い切り話し合いたいと思っていたんだ。まず、きみが描いたあの絵は、なんなんだい」
「素敵でしょ。『家庭の団欒』というのよ」
エドさんはかぶりを振りました。
「どこが『家庭の団欒』なんだかよくわからないが、きみがそういうんだからそうなんだろうな。あとそれから、どうしても頭にひっかかっていることがあるんだが、そのひっかかっているものがなんだか、よくわからないんだ。聞き役になってくれないか」
「いいけど……わたしで勤まるの?」
「きみでないと、いい考えが浮かばないような気がするんだ。まず、ううんと、なぜ、伯爵は、グレンに対して、貴族としての礼なんかとったんだろう? そんなことで戯れるような人じゃ、なかったと思うんだが」
「ああ、あなたの話していた推理。さあ、推理が正しければだけど、グレンにも、貴族の親戚かなにかがいるんじゃない」
「グィド老人の話では、そうとうな大貴族、王侯レベルのそれだったようだぜ。わたしの知り合いに、そういうやつが、そういうやつが……ちくしょう、そういうことだったのか! ほかに考えようがないじゃないか! 伯爵閣下がグレンに対して王侯としての礼を取ったのは、グレンが王侯貴族だったから、無意識にそうしたんだ! それ以外ない!」
「あなた。なにをいってるのか、さっぱりわからないわよ。もっと冷静に……」
「待ってくれ。なぜ悪魔はグレンをあれほど執拗に狙うのか? それはもちろん……」
ドアをノックする音がしました。エドさんはクロエさんと顔を見合わせてから、戸口へ行ってドアを開けました。
「……わらわの子に会わせよ、人間の男よ」
「やはりあなたのお子さんだったんですね」
戸口に立っていたのは、妖精の国の女王様、その人に間違いありませんでした。
「ねえ、クロエ」
その日の早朝も、クロエさんはキャンバスに向かって一心に絵を描き続けていました。徹夜でした。昨日で二日目でしたから、今日も描けば三日三晩ということになります。
「おい、クロエ」
クロエさんは振り返ることもしませんでした。ぼさぼさの髪に、化粧もしない肌。それほどまでに、絵に集中していたのです。エドさんは、クロエさんと相談したいことが山ほどありましたが、対象に没頭している芸術家を変に刺激することはやめたほうがいいこともよく知っていました。
とりあえず、自分の考えをまとめようと思って、冷静になるため、台所でウイスキーでも飲もうと思った時です。
いきなり、クロエさんが振り向きました。
「あなた」
その射すくめるかのようならんらんとした視線に、エドさんは一瞬、たじろぎました。
「ど、どうしたんだい、クロエ」
「できたわ」
そうとだけいうと、クロエさんは、よろっと立ち上がり、エドさんのほうへ二、三歩歩きました。
それが限界でした。クロエさんは、そのままエドさんの腕の中に倒れこみ……すうすうと寝息を立てて、眠り始めました。
エドさんは、ほっとするのと同時に、いったい妻はなにを描き上げたのだろう、と、キャンバスを覗き込みました。
そこには、なにか合理的な法則にのっとって、線や面や色が、精妙に組み合わされて描かれているようでしたが……残念ながら、エドさんには、現代芸術はまったくわからないのでした。
夜も遅くに起きてきたクロエさんに、エドさんは、火傷しないよう、ぬるめにしたトマトのスープを出しました。クロエさんは、寝ぼけ眼でひとさじすくって口に入れ、次の瞬間、目をぱっちりと開けました。
「目が覚めたかい。おはよう。夜だけど」
「あ、あなた、ちょっとこれ、なんなの?」
目をぱちぱちさせるクロエさんに、エドさんはにやりと笑いかけました。
「うまいだろ。そこらで売っている缶詰のスープに、ヒューイットさんの料理店でもらってきた、東洋渡来の秘伝のスパイスをたっぷりと加えてみたんだ。なんでも東洋では、暑い盛りに激辛料理なるものを食べるらしい」
「今はどう見ても冬よ」
軽くエドさんを睨んでから、クロエさんはまたもスープに取りかかりました。
「辛いけれど、これはこれでおいしいわね、このスープ。でも、あとで見てらっしゃい」
「そんなことより、きみと、思い切り話し合いたいと思っていたんだ。まず、きみが描いたあの絵は、なんなんだい」
「素敵でしょ。『家庭の団欒』というのよ」
エドさんはかぶりを振りました。
「どこが『家庭の団欒』なんだかよくわからないが、きみがそういうんだからそうなんだろうな。あとそれから、どうしても頭にひっかかっていることがあるんだが、そのひっかかっているものがなんだか、よくわからないんだ。聞き役になってくれないか」
「いいけど……わたしで勤まるの?」
「きみでないと、いい考えが浮かばないような気がするんだ。まず、ううんと、なぜ、伯爵は、グレンに対して、貴族としての礼なんかとったんだろう? そんなことで戯れるような人じゃ、なかったと思うんだが」
「ああ、あなたの話していた推理。さあ、推理が正しければだけど、グレンにも、貴族の親戚かなにかがいるんじゃない」
「グィド老人の話では、そうとうな大貴族、王侯レベルのそれだったようだぜ。わたしの知り合いに、そういうやつが、そういうやつが……ちくしょう、そういうことだったのか! ほかに考えようがないじゃないか! 伯爵閣下がグレンに対して王侯としての礼を取ったのは、グレンが王侯貴族だったから、無意識にそうしたんだ! それ以外ない!」
「あなた。なにをいってるのか、さっぱりわからないわよ。もっと冷静に……」
「待ってくれ。なぜ悪魔はグレンをあれほど執拗に狙うのか? それはもちろん……」
ドアをノックする音がしました。エドさんはクロエさんと顔を見合わせてから、戸口へ行ってドアを開けました。
「……わらわの子に会わせよ、人間の男よ」
「やはりあなたのお子さんだったんですね」
戸口に立っていたのは、妖精の国の女王様、その人に間違いありませんでした。
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~ Comment ~
こんばんは^^
王侯貴族~~
というか、王族?
グレンは王子様だったのですね^^
だんだん年末に近づいてきました^^
先が楽しみです^^
それにしても・・・クロエさんの絵が鑑賞したいです^^
というか、王族?
グレンは王子様だったのですね^^
だんだん年末に近づいてきました^^
先が楽しみです^^
それにしても・・・クロエさんの絵が鑑賞したいです^^
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Re: YUKAさん