「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・12月16日
クロエさんは木炭を手に、絵を描いていました。それにしても長い一週間でした。なにしろ、ほとんどの時間を、じいっと妖精国の女王さまとグレンをにらむようにして過ごし、木炭を取り上げてはまた下ろす、という動作を繰り返していたのです。
村の人々も、女王さまとグレンの絵のほうが悪魔のことよりも心配なようでした。エドさんの家の「なんでもやります」と書かれた看板の前には、この寒いのに、村人たちがだれかれとなくやってくるのでした。
「こりゃ、大型スクリーンとテレビカメラを持ってこなくちゃ駄目かな」
家の外では、ジム署長が、腕を組んでつぶやいていました。
「そんなことは神が許さないでしょう」
司祭さまが署長さんの横で、どこかあきらめきった様子で首を振りました。
「あのアトリエで行われているのは、画家と女王の、いわば一騎打ちみたいなものです。その場に立ち会っているあの探……便利屋さんのほうが、いたたまれないんじゃないですかねえ。神のご配慮を願うばかりです」
いわれるまでもなく、エドさんはいたたまれませんでした。クロエさんのいうこともよくわかるのです。しかし、妖精の女王さまのいうこともよくわかるのです。
エドさんは、モデルになっている女王さまに、そっとささやきました。
「もし、あなたの言葉に従って、グレンを試練から解放するには、どうしたらいいんですか」
「娘に向かい、契約解除の意志を持って、ひとこと、『自由』といえばよい。それだけで、娘は試練を終え、自由になれる」
エドさんは、心の中で、『自由』か、と思いました。
「もしも、その言葉が、今の年が終わるまでに吐かれなければ、約定により、わが娘は悪魔のものとなろう」
「しかし、あなたが悪魔の化けた姿だったら……」
エドさんは口が渇くのを覚えました。
「まだそんなことを申しているのか、人間の男よ。これだから人間というものは」
女王さまの言葉に、顔をこわばらせながらも苦笑いを浮かべていたエドさんでしたが、その結果はいわずとしれたことでした。もし、この女王さまが悪魔だったとしたら、エドさんの言葉は、そのまま契約になり、悪魔はグレンを地獄へと連れて行くでしょう。
これは、『囚人のジレンマ』だ、そうエドさんは思いました。恐ろしい独裁国家の話です。国家転覆の無実の罪で捕えられ、一年の刑を宣告された、ふたりの囚人に、検察官がささやきます。『友達にすべての責任を押し付けて、「あいつを死刑にしてください」とさえいえば、お前はすぐに自由にしてやってもいいぞ……』ただし、双方ともに、友達に責任を押し付ける態度をとると、どちらも二十年の刑を受けてしまうのです。別々の牢屋に移されて、相手の姿さえ見えない中、どうすればいいのでしょう? という、論理学の問題です。
エドさんは、だんだんと心に迷いが生じてくるのを感じていました。
『グレンにとっての最善の選択は、なんなのだろう? わたしは……何を信じればいいんだろう?』
エドさんは、うろうろ歩き、ちらりと、愛する妻が描いている絵を覗き込みました。木炭画は、もう完成寸前です。それを見て、エドさんの肚が決まりました。
「できた……」
クロエさんは、ほっと吐息をつきました。
「グレン……」
エドさんは、ぐっと奥歯を噛みしめ、いいました。
「自由だ!」
言葉が吐かれた瞬間、女王の顔が、ほっと緩むと同時に、部屋が真っ暗になり、床から、巨大な黒い手が伸びて……。
エドさんの家の外では、村人たちが、空を見上げて大騒ぎしていました。
「司祭さま! あ、あれはいったい、なんなんだ?」
ジム署長が、ホルスターの拳銃に手をかけていいました。
「わかりません。今はただ、神のお導きとご加護を信じるまでです」
司祭さまは、手を組み、ひざまずき、祈っていました。
暗闇の中、エドさんの家が、びかびかっと稲妻のような光に包まれ……。
そして緑の森の村はおろか、世界中の人々を驚愕させる一瞬がやってきたのです。
村の人々も、女王さまとグレンの絵のほうが悪魔のことよりも心配なようでした。エドさんの家の「なんでもやります」と書かれた看板の前には、この寒いのに、村人たちがだれかれとなくやってくるのでした。
「こりゃ、大型スクリーンとテレビカメラを持ってこなくちゃ駄目かな」
家の外では、ジム署長が、腕を組んでつぶやいていました。
「そんなことは神が許さないでしょう」
司祭さまが署長さんの横で、どこかあきらめきった様子で首を振りました。
「あのアトリエで行われているのは、画家と女王の、いわば一騎打ちみたいなものです。その場に立ち会っているあの探……便利屋さんのほうが、いたたまれないんじゃないですかねえ。神のご配慮を願うばかりです」
いわれるまでもなく、エドさんはいたたまれませんでした。クロエさんのいうこともよくわかるのです。しかし、妖精の女王さまのいうこともよくわかるのです。
エドさんは、モデルになっている女王さまに、そっとささやきました。
「もし、あなたの言葉に従って、グレンを試練から解放するには、どうしたらいいんですか」
「娘に向かい、契約解除の意志を持って、ひとこと、『自由』といえばよい。それだけで、娘は試練を終え、自由になれる」
エドさんは、心の中で、『自由』か、と思いました。
「もしも、その言葉が、今の年が終わるまでに吐かれなければ、約定により、わが娘は悪魔のものとなろう」
「しかし、あなたが悪魔の化けた姿だったら……」
エドさんは口が渇くのを覚えました。
「まだそんなことを申しているのか、人間の男よ。これだから人間というものは」
女王さまの言葉に、顔をこわばらせながらも苦笑いを浮かべていたエドさんでしたが、その結果はいわずとしれたことでした。もし、この女王さまが悪魔だったとしたら、エドさんの言葉は、そのまま契約になり、悪魔はグレンを地獄へと連れて行くでしょう。
これは、『囚人のジレンマ』だ、そうエドさんは思いました。恐ろしい独裁国家の話です。国家転覆の無実の罪で捕えられ、一年の刑を宣告された、ふたりの囚人に、検察官がささやきます。『友達にすべての責任を押し付けて、「あいつを死刑にしてください」とさえいえば、お前はすぐに自由にしてやってもいいぞ……』ただし、双方ともに、友達に責任を押し付ける態度をとると、どちらも二十年の刑を受けてしまうのです。別々の牢屋に移されて、相手の姿さえ見えない中、どうすればいいのでしょう? という、論理学の問題です。
エドさんは、だんだんと心に迷いが生じてくるのを感じていました。
『グレンにとっての最善の選択は、なんなのだろう? わたしは……何を信じればいいんだろう?』
エドさんは、うろうろ歩き、ちらりと、愛する妻が描いている絵を覗き込みました。木炭画は、もう完成寸前です。それを見て、エドさんの肚が決まりました。
「できた……」
クロエさんは、ほっと吐息をつきました。
「グレン……」
エドさんは、ぐっと奥歯を噛みしめ、いいました。
「自由だ!」
言葉が吐かれた瞬間、女王の顔が、ほっと緩むと同時に、部屋が真っ暗になり、床から、巨大な黒い手が伸びて……。
エドさんの家の外では、村人たちが、空を見上げて大騒ぎしていました。
「司祭さま! あ、あれはいったい、なんなんだ?」
ジム署長が、ホルスターの拳銃に手をかけていいました。
「わかりません。今はただ、神のお導きとご加護を信じるまでです」
司祭さまは、手を組み、ひざまずき、祈っていました。
暗闇の中、エドさんの家が、びかびかっと稲妻のような光に包まれ……。
そして緑の森の村はおろか、世界中の人々を驚愕させる一瞬がやってきたのです。
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~ Comment ~
あと2週間・・・。
エドさんといっしょに、今年が終わっていくんですねえ。
そりゃあ、大団円にしなきゃあ。
稲光がビカビカっとして・・・巨大な黒い手。?
大団円ですよ、大団円!
エドさんといっしょに、今年が終わっていくんですねえ。
そりゃあ、大団円にしなきゃあ。
稲光がビカビカっとして・・・巨大な黒い手。?
大団円ですよ、大団円!
Re: 山西 左紀さん
だって年末までにはまだ2週間あるんだもん。
というより、あと2週間で大団円にしなくてはいけない。書いていて思ったのですが、ほんとにあと2回でみんなが納得するようなエンディングになるのかこれ?(←無責任)
というより、あと2週間で大団円にしなくてはいけない。書いていて思ったのですが、ほんとにあと2回でみんなが納得するようなエンディングになるのかこれ?(←無責任)
Re: YUKAさん
いったい何が起こるのか、これまでに伏線の「ようなもの」は張ったつもりでありますが、うまく炸裂するかどうか、さてお立ち会い(^_^)
意外とショボかったりして(^_^;)
意外とショボかったりして(^_^;)
おはようございます^^
とうとう、動くときが来たんですね!
緑の森の村はおろか、世界中の人々を驚愕させる一瞬ってなんだろう。
また次話も楽しみにしています^^
緑の森の村はおろか、世界中の人々を驚愕させる一瞬ってなんだろう。
また次話も楽しみにしています^^
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Re: limeさん
こっちもこっちで原稿が。うああああっ。