幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片102「学食で続由美子は」

     ←断片101「「あたし?」」 →MRIその後
     学食で続由美子は、コロッケカレーを食べつつ、ぶつぶつ文句をこぼしていた。

     文学部と法学部、立場は違えどサークルで同期だった、親友の高梨しずかが、苦笑いを浮かべながら、コロッケをばらして口に運ぶ由美子の姿を眺めていた。

    「……まったく、准教授も、あれだから自分の研究室を『中落ちラボ』なんて呼ばれることになるのよ」

    「『カバ研』のときから、まったく変わってないな、続は」

     「カバディ研究会」。『カバディ』とは、スポーツの名称である。中近東方面では非常にポピュラーなスポーツだそうだが、見たこともやったこともない。ほんとうに実在するのか、という誰かのわけのわからない問いから始まった、物好きばかりのおしゃべりサークルで、運動部などではまったくない。四年間の精力的な活動の末に、インターネットの動画投稿サイトを見ることであっさりと存在理由にケリがついてしまった、零細にもほどがあるサークルである。

    「どうせあたしは、文句しかこぼしませんようだ」

    「……で、なんなの? その研究って。そもそも、続のラボって、なにを研究しているのよ」

    「あたしのラボじゃないって。中島ラボ。やっている内容は、去年の紀要を読んだら、詳しく書いてあるわ」

     しずかの苦笑は、さらに大きくなった。

    「法学部のわたしに、理工学部の紀要を読めって? 無茶なこといわないの」

    「要するに、人間はどう、外界の情報をカテゴライズしているかをシミュレートするのよ」

    「続、あなた、道路交通法の第三条って知ってる?」

    「え? ……ええと」

    「そういうことよ。そちらでは常識の範囲内でも、わからない人間には、まったくわからないの。要するんじゃなくて、噛み砕いて説明してくれない?」

    「うう……つまり、赤ちゃんはどうやって言葉を学ぶのかについての、初歩の初歩みたいなプログラムを、スパコンで走らせているわけ。これでいくらかわかるかな?」

     続由美子は、コップの水をわずかに飲んだ。

    「中島准教授は、人間の思考の本質を、外界の刺激のカテゴリー化にあると考えているわけ。つまり、『あれとこれとは違う』という判断……ほんとは、『判断』とすら呼べないんだけど……その集積体だとね。ここまではわかる?」

    「とりあえず続けて」

    「もし、そうだとして、人間というものが、『タブラ・ラサ』……ええっと、白紙状態。なんにも書かれていない、データが入っていないパソコンみたいなものだとしたら、人間はどうやってそのカテゴリーを作っていくのか」

     高梨しずかは、眉を少しひそめた。

    「聞くんじゃなかった、という思いがしないでもないけど、聞くわよ。続けて」

    「そのために、自動的にカテゴリーを構築するような、必要最低限度のプログラムを組んでスパコンで走らせ、仮想の『赤ちゃん』を作るわけ。外界刺激のかわりに、ランダムなデータの洪水を放り込んで、どのようにそれを『赤ちゃん』が分別していくかの育児日記みたいなのをつけていくわけね。自分で勝手にカテゴリーを増やしていくから、スーパー・エクストラクティング・ランゲージなんて呼ばれているけど、まさか、あたしの名前までエクストラクトしなくてもいいじゃない。まったく」

    「でも、それは?」

    「決まってるでしょ! どこかのバカかクラッカーが放り込んだ、ウイルスだかジョークだかのプログラムよ!」

     続由美子は、水をぐいっと飲み干し、コロッケカレーの残りにとりかかった。

    「でも、そういったクラッキング行為があったのなら、大問題よ」

    「それはそうだけどねえ。うちのラボの綽名を知っているでしょ、『中落ちラボ』。誰もなにも期待していないから、……もう!」

     高梨しずかは、憤懣やるかたなしという表情でカレーを食べる続由美子に、ひとこといった。

    「なんだかんだいって、続、あなた、研究に青春しているじゃないの」

     続由美子はカレーを吹き出しそうになった。
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    この作品も例に漏れずほぼ勢いだけで書き始めたものですが、自分の中で終幕が見えてきた今、もうちょっと設計図をきちんとしておくべきだったと後悔しています。

    基本的なプロットはそのままとしても、あまりにも駆け足になってしまい、各キャラクターのドラマが薄くなってしまいました。

    ちょっと弱音……(汗)

    いろいろと知らない言葉があって勉強になった。
    タブラ・ラサ
    深い意味があるのですねぇ〜

    由美子とルジェ達の世界
    どんな関わりがあるのか。
    もしくは単に一片の言葉で終わるか。
    楽しみです。

    Re: 矢端想さん

    わたしは小説のタイトルとキャラクターの命名が大の苦手であります。

    これより苦手なのは小説の本文を書くことくらいであります(^^;)


    最近では、「青春」のことを「厨二病」とかヌカす小賢しいやつらばかりで憂慮しておるところであります。そういうわたしはまだ人生修行が足りんのかもしれん(汗)

    高梨しずか<たかなししずえ?
    続由美子<釈・・・じゃなく「続き読む子」?
    ・・・失礼しました。

    青春って、まっただ中の時には実感できないものですね。
    後から「ああ、あのときが青春だったんだなあ」と、ほのぼの思うもの。

    Re: limeさん

    なんとか来年いっぱいには終わらせたいと思っています。

    たぶん遠からぬうちに行き詰まって「弱肉雑食系」に逃げると思うので、完成はもしかしたら再来年以降かもしれません。

    ホームズパロディも書きたいしなあ。

    それにミクシィのアプリのゲームが面白いしあわわ。(^^;)

    考えたら、赤ちゃんが世界を把握し、言語を把握していく過程って、ものすごい高度なわざですよね。
    到底コンピューターの真似のできないようなアルゴリズムの確立をやってのけるんですもんね、赤ちゃん。
    五感と感情をフルに使ってることもあるんでしょうね。

    全宇宙を把握して言語に集約するシステムが出来たら、すごいだろうなあ~~。
    宇宙は、どんな物語を紡いでるんだろう・・・。

    でも、ポールさんの物語がどう膨らんでいくのかは、やっぱりまだまだわかりません。
    大長編になりますか?

    Re: ダメ子さん

    ホラーにはなりません。

    あくまで、「SF」です。

    わたしが憧れた、「80年代のSF」です。

    ようやく少し分かってきました
    知らないプログラムの中に自分の名前があるなんて
    考えただけでゾッとします
    ホラーテイストになるのかしら?
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