幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片012「忍び寄ってくるものだ」

     ←断片011「概念チェスは」 →エドさんと緑の森の家・11月25日
    (欠落)



     (欠落。破滅は?)忍び寄ってくるものだ」

     皇子アヴェル・ヴァールは苦い笑みを漏らした。

    「静かに静かに、そして気がついたときには取り返しがつかなくなっているものだ。だからこちらもそれ相応の注意を払わねばならないのだが、見たかなルジェ。このわれわれの理性を守る番人たちの頽廃に満ちたさまを」

     ルジェはうなずいた。

     結晶楼閣には、たしかに知識があふれていた。だが、それを大局的にとらえ、現実にかかわっていくためのひとつの力としてどう運用していくかについては……。

    「おそれながら、殿下。彼らは自由なる討論という美名のもと、知識をもてあそぶことにのみうつつを抜かしているかのごとく思えます。錬金術師たちの色彩理論をもとにすれば、刺青師だったころのわたしは、おそれながら殿下のお身体に彫らせていただきました龍よりももっと美しく賢明なる龍を彫ることができましたでしょうに」

     ルジェは口惜しげにそういった。

    「ならばそれは夢の龍として、夢のままにしておこう。我が身体に彫られた、この世にひとつしかない蒼き龍が、その新たなる龍に食われてしまったら大事だからな」

     皇子アヴェル・ヴァールは微笑んだ。

    「旧人の時代から、知識と技術は、ともに足をそろえてきたわけではなかった。ある世界においては、技術はあったが、知識はなかった。人々は、石で塔を築き、大河の流れを変え、広大な沃野に実りをもたらしたが、それが『いったいなにゆえに』自分たちに行えるのかについては、まったくの無知だった。また、ある世界においては、知識はあったが、技術はなかった。人々は、討論し、知識を深め、賢人と呼べる人間を輩出したものの、賢人たちは自分たちの考えを高尚なる人間たちのあいだの遊戯とのみしか認めなかった。しもじものものはあばら家に暮らし粗食に耐え、病気におびえ迷信にすがるしか道がなかったが、賢者たちはその事実をも自らの知的遊戯に加えられたひとさじの香辛料、程度としてしか思わなかった。ルジェよ、今の幻想帝国は、このどちらだと思うね?」

     ルジェは信じられない思いで自分の主人の言葉を聞いていた。これほどまでの帝国に対する批判など、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームに仕える皇子の口から洩れていい言葉ではなかった。

    「おそれながら、殿下……」

    「戯言だ」

     皇子アヴェル・ヴァールはルジェに背を向けた。

    「おそれながら、殿下」

     ルジェは繰り返した。

    「殿下は、あまりにも逆説をお好みになりすぎます。それは殿下のお身体の安全にとって、益になることとは、わたくしには到底思えませぬ」

    「逆説を愛する皇子は、わたしに限ったことではない」

     皇子アヴェル・ヴァールは振り返らなかった。

    「わたしは、それをわからせるためにこの結晶楼閣を足しげく訪れているのだ。残念ながら、わたしの戯言をそのまま戯言として受け取ってくれるのは、あのトリスメギストス師ひとりのみだ」

     ルジェは背中に問いかけた。

    「それも戯言でございますか?」

     皇子アヴェル・ヴァールは立ち止まった。

    「ほう。お前も、戯言のなんたるかがわかるようになってきたか。感心だ」

    「わたくしにはわかりませぬ!」

     ルジェの叫びを聞いて、皇子アヴェル・ヴァールは呵呵大笑した。

    「そうだ、それでよいのだ。ルジェ、お前は、この結晶楼閣の賢者たちのほとんどよりも賢いではないか。これほどの従者は、ほかにおらぬぞ」

     ルジェは困惑するのみだった。

    「おからかいになるのも……」

     そういいかけたルジェだったが、はっとした表情に変わった。

     涙を流して笑う皇子アヴェル・ヴァールの貴腐葡萄酒色の瞳には、いつものあの底知れぬ憂愁はどこにも見られなかったからである。

    「わたくしには殿下がなにをお考えなのやら、さっぱりわかりませぬ」

     ルジェは(ぼやいた?)



    (欠落)
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    この小説の隠しテーマのひとつに、「文字を克服したユートピアは可能か」というものがあります。

    わたしは、幻想帝国を「文字を使わない」世界として設定しましたが、それをどうやって「文字を使って」書くのかという袋小路にぶち当たり、頭が……(^_^;)

    ここらへんの議論は前にカール・セーガンの本で読んだことを持ってきています。基礎科学と科学技術の乖離はけっこう深刻な問題なのであります。

    これは深いです。
    全く、文明、文化にしても発明だけではダメなのよね。
    伝えてこそなのだと思う。
    明治政府が識字率を高め、文盲をなくしたことは凄いことだと思う。
    そのお陰様で私たちは文字を読むことができる。

    難しい事は難しいなりに賢い人達がわかればいい、
    でも薄く広く知られるようになるには、凡人でも分かるようにしなくてはならない。
    小野篁歌字尽なんて、最たるもの。
    あれだけの賢者が考えてくれる。
    ありがたいこと。

    この世界はそうではないようだよね、気がついても何もしなければ同じ事だし、どうなるのだろう。

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