「ショートショート」
SF
昨日へ向かって走れ
ウェルズの天才に倣って、ぼくもそいつのことをタイム・トラベラーと呼ぶことにしたい。とはいえ、性格はまるで違う。ウェルズのタイム・トラベラーが、どんな奇跡的な現象を起こしても、誰からもなにかペテンかインチキをしたに違いないと思われてしまう不幸な男だとすると、こっちのタイム・トラベラーはどこかチェスタトンの小説の主人公をほうふつとさせる男だった。彼にとって奇跡は詩人の想像力と今いる土地の牧歌性から逆説的に導かれ引き起こされるのが普通だった。
正真正銘の天才というよりは、正真正銘の奇人であった彼は、それにふさわしいだけの数の友人を持っていた。つまりぼくひとりしか、その奇想に付き合うだけの暇な人間はいなかったのである。
その日もぼくたちはふたりで、夕暮れの、秋の田んぼ道を散歩していた。オレンジ色の光を受け、稲穂は赤銅とも黄金ともつかない輝きでぼくたちを取り囲んでいた。
「なんで、ぼくたちは『黄金色』なんて言葉を発明なんかしちゃったんだろう! 『稲穂色』でいいじゃないか! 黄金色はあまりに即物的すぎる。山吹色、ではこの美しさを表現しきれない! これはあれだ、原子記号Auなんかを使ってこの夕焼けを閉じ込めることに成功したなんて信じた馬鹿な唯物論の輩に由来するんだろう。古代の人間は、やはりどこか抜けていたんだね」
まくし立てるタイム・トラベラーに、ぼくは静かにいった。
「昔の人だって、十分に賢かったと思うよ。そうでなければ、人類はとっくの昔に絶滅しているさ」
「じゃあ、確かめに行くか」
「どこへ!」
「きみは感じたことはないか。この一面の、いっぱいに実をつけて頭を垂れた稲穂の中には、脈々と米を作り続けていた古代の日本人の世界とつながっているものがあるんじゃないのかって」
「そうかもしれないけれど……」
「そうだろう。過去と現在は、地続きなんだ。ドラえもんは机の引き出しからタイムマシンに乗って現れたけれど 、ぼくたち、詩人の過去へと向かう方法は、この人を異界へ連れて行きそうな稲穂の中を、どこまでも果てしなく走って分け入っていくことなんだ。そうだ。ぼくは過去に行くぞ!」
タイム・トラベラーはそういうと、稲穂を分けて続く農道をどこまでも夕陽に向かって駆け出して行った。
ぼくは、なにか大切なことを忘れていたような気がして、しばらく考えた。三十秒考えて、答えが出た。
ぼくはその場に立ち止まって、タイム・トラベラーが帰って来るのを待った。
現実時間で十五分経って、タイム・トラベラーは、時間旅行から帰ってきた。その顔は仏頂面で、全身がずぶ濡れだった。
ぼくはすまなそうな顔で、横にあった標識を指差した。
タイム・トラベラーはなんともいえない顔で、標識に書かれた文字を読んでいた。
そこには、こう書いてあった。
「干拓地」
タイム・トラベラーとぼくは、無言で農地を後にした。
そう、タイム・トラベラーのやることなすことを見ているたびに、ぼくはいつも、詩人の空想力が現実にぶつかって粉みじんになるのを思い知らされるのだ。
それとも、いつかは詩人の天啓が、現実の無情さを破るのだろうか?
ぼくにわかることではなかった。
正真正銘の天才というよりは、正真正銘の奇人であった彼は、それにふさわしいだけの数の友人を持っていた。つまりぼくひとりしか、その奇想に付き合うだけの暇な人間はいなかったのである。
その日もぼくたちはふたりで、夕暮れの、秋の田んぼ道を散歩していた。オレンジ色の光を受け、稲穂は赤銅とも黄金ともつかない輝きでぼくたちを取り囲んでいた。
「なんで、ぼくたちは『黄金色』なんて言葉を発明なんかしちゃったんだろう! 『稲穂色』でいいじゃないか! 黄金色はあまりに即物的すぎる。山吹色、ではこの美しさを表現しきれない! これはあれだ、原子記号Auなんかを使ってこの夕焼けを閉じ込めることに成功したなんて信じた馬鹿な唯物論の輩に由来するんだろう。古代の人間は、やはりどこか抜けていたんだね」
まくし立てるタイム・トラベラーに、ぼくは静かにいった。
「昔の人だって、十分に賢かったと思うよ。そうでなければ、人類はとっくの昔に絶滅しているさ」
「じゃあ、確かめに行くか」
「どこへ!」
「きみは感じたことはないか。この一面の、いっぱいに実をつけて頭を垂れた稲穂の中には、脈々と米を作り続けていた古代の日本人の世界とつながっているものがあるんじゃないのかって」
「そうかもしれないけれど……」
「そうだろう。過去と現在は、地続きなんだ。ドラえもんは机の引き出しからタイムマシンに乗って現れたけれど 、ぼくたち、詩人の過去へと向かう方法は、この人を異界へ連れて行きそうな稲穂の中を、どこまでも果てしなく走って分け入っていくことなんだ。そうだ。ぼくは過去に行くぞ!」
タイム・トラベラーはそういうと、稲穂を分けて続く農道をどこまでも夕陽に向かって駆け出して行った。
ぼくは、なにか大切なことを忘れていたような気がして、しばらく考えた。三十秒考えて、答えが出た。
ぼくはその場に立ち止まって、タイム・トラベラーが帰って来るのを待った。
現実時間で十五分経って、タイム・トラベラーは、時間旅行から帰ってきた。その顔は仏頂面で、全身がずぶ濡れだった。
ぼくはすまなそうな顔で、横にあった標識を指差した。
タイム・トラベラーはなんともいえない顔で、標識に書かれた文字を読んでいた。
そこには、こう書いてあった。
「干拓地」
タイム・トラベラーとぼくは、無言で農地を後にした。
そう、タイム・トラベラーのやることなすことを見ているたびに、ぼくはいつも、詩人の空想力が現実にぶつかって粉みじんになるのを思い知らされるのだ。
それとも、いつかは詩人の天啓が、現実の無情さを破るのだろうか?
ぼくにわかることではなかった。
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