幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)
断片013「怒りを隠さなかった」
(欠落)
(皇子アヴェル・ヴァールは?)怒りを隠さなかった。隠そうとするそぶりもなかった。
「これではなにもわからないではないか!」
ルジェは主人に平伏した。
「しかし、殿下。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームはそれだけしか……」
「わかっておる!」
皇子アヴェル・ヴァールと従者ルジェは、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームを見上げた。
平地から見上げたそれは、ひとつの山脈のようだった。
針先のひとしずくをなめただけで、常人の精神をその情報量で焼ききってしまうかのような情報媒体の、自己増殖する巨大な塊、それが、のたうち、咆哮しながら、新たな情報を、新たな情報媒体を合成しつつ、自分で思考し、実存する!
星々をまたにかけ、銀河の大部分に覇を唱える幻想帝国、その行政のほとんどは、この皇宮が行っていた。そこに仕える皇子たちは、優秀な情報処理能力を持っていたが、その最上位にある皇子アヴェル・ヴァールをもってしても、この生ける皇宮の前では、ただ単に解釈をするだけの、一個の通訳官にすぎないのであった。
皇子アヴェル・ヴァール本人の口からそう聞かされた後でも、ルジェは皇子たちを幻滅した目で見る気にはなれなかった。情報を解釈し、取捨選択し、手足となって行政をすること自体が、常人に勤まる仕事ではないことはわかりすぎるほどわかっていたからだ。
「ルジェ、トリスメギストス師からの連絡はないか」
「ございませぬ」
「情報の大海のただ中に住まっていてもやはり人か」
皇子アヴェル・ヴァールは吐き捨てるようにいったが、すぐに顔をしかめた。
「幻想帝国の皇子らしくもなかったな。ルジェ、お前をいらだたせてしまったら詫びよう。従者に当たって鬱憤を晴らすような趣味は、持たないほうが賢明だ」
「殿下」
「支度しろ。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの内部に潜り、いくらかでも情報を集めて来たい」
「はっ、殿下」
「お前もずいぶんと皇子の従者らしくなってきたな。どうだ、お前も皇宮の内部へと入ってみるか」
「殿下! ご冗談が過ぎます!」
「戯言だ……いや」
皇子アヴェル・ヴァールはいささか考え込む様子だった。
「どうなされました、殿下?」
「帝国法により、皇宮内部で直接に生の情報に触れられるのは、選ばれた皇子たちのみ。もし……もし、平民たちが皇宮に入ってきたら、どうなる?」
ルジェはひとことで答えた。
「たちどころに精神を焼かれて死にましょう。ちょうどわたくしめが、皇宮のかけらをなめて死生の境をさまよったように」
「そうであろうが……この法は、いつできたのだ?」
「と、おっしゃりますと?」
「ルジェ。結晶楼閣に飛べ。あそこは、討論の場であると同時に図書館でもある。そこで、幻想帝国成立時に関する情報を、得られるだけ得てくるのだ」
そのような大役、つとまりますでしょうか、などと質問できるような形相ではなかった。ルジェは、我知らず答えていた。
「はっ、ご下命いかにしても果たして帰ってまいります」
皇子アヴェル・ヴァールはうなずくと、さらにつけ加えた。
「物理帝国崩壊時以前の情報も知りたい。知っているとは思うが、そのころの情報はすべて文字によるものだ。お前にはきついかもしれないが、他に頼れるものもない。頼んだぞ」
「はっ」
「わたしからいうことはそれだけだ。行くが(よい?)
(欠落)
(皇子アヴェル・ヴァールは?)怒りを隠さなかった。隠そうとするそぶりもなかった。
「これではなにもわからないではないか!」
ルジェは主人に平伏した。
「しかし、殿下。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームはそれだけしか……」
「わかっておる!」
皇子アヴェル・ヴァールと従者ルジェは、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームを見上げた。
平地から見上げたそれは、ひとつの山脈のようだった。
針先のひとしずくをなめただけで、常人の精神をその情報量で焼ききってしまうかのような情報媒体の、自己増殖する巨大な塊、それが、のたうち、咆哮しながら、新たな情報を、新たな情報媒体を合成しつつ、自分で思考し、実存する!
星々をまたにかけ、銀河の大部分に覇を唱える幻想帝国、その行政のほとんどは、この皇宮が行っていた。そこに仕える皇子たちは、優秀な情報処理能力を持っていたが、その最上位にある皇子アヴェル・ヴァールをもってしても、この生ける皇宮の前では、ただ単に解釈をするだけの、一個の通訳官にすぎないのであった。
皇子アヴェル・ヴァール本人の口からそう聞かされた後でも、ルジェは皇子たちを幻滅した目で見る気にはなれなかった。情報を解釈し、取捨選択し、手足となって行政をすること自体が、常人に勤まる仕事ではないことはわかりすぎるほどわかっていたからだ。
「ルジェ、トリスメギストス師からの連絡はないか」
「ございませぬ」
「情報の大海のただ中に住まっていてもやはり人か」
皇子アヴェル・ヴァールは吐き捨てるようにいったが、すぐに顔をしかめた。
「幻想帝国の皇子らしくもなかったな。ルジェ、お前をいらだたせてしまったら詫びよう。従者に当たって鬱憤を晴らすような趣味は、持たないほうが賢明だ」
「殿下」
「支度しろ。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの内部に潜り、いくらかでも情報を集めて来たい」
「はっ、殿下」
「お前もずいぶんと皇子の従者らしくなってきたな。どうだ、お前も皇宮の内部へと入ってみるか」
「殿下! ご冗談が過ぎます!」
「戯言だ……いや」
皇子アヴェル・ヴァールはいささか考え込む様子だった。
「どうなされました、殿下?」
「帝国法により、皇宮内部で直接に生の情報に触れられるのは、選ばれた皇子たちのみ。もし……もし、平民たちが皇宮に入ってきたら、どうなる?」
ルジェはひとことで答えた。
「たちどころに精神を焼かれて死にましょう。ちょうどわたくしめが、皇宮のかけらをなめて死生の境をさまよったように」
「そうであろうが……この法は、いつできたのだ?」
「と、おっしゃりますと?」
「ルジェ。結晶楼閣に飛べ。あそこは、討論の場であると同時に図書館でもある。そこで、幻想帝国成立時に関する情報を、得られるだけ得てくるのだ」
そのような大役、つとまりますでしょうか、などと質問できるような形相ではなかった。ルジェは、我知らず答えていた。
「はっ、ご下命いかにしても果たして帰ってまいります」
皇子アヴェル・ヴァールはうなずくと、さらにつけ加えた。
「物理帝国崩壊時以前の情報も知りたい。知っているとは思うが、そのころの情報はすべて文字によるものだ。お前にはきついかもしれないが、他に頼れるものもない。頼んだぞ」
「はっ」
「わたしからいうことはそれだけだ。行くが(よい?)
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