幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)
断片015「おれはなにも知らない」
(欠落)
おれはなにも知らない。ただ知っているのは、十万年にもわたり、幻想帝国が平和のうちに統治してきたということだけだ。
「『続由美子』という存在については、あの食わせ物の皇子アヴェル・ヴァールが知らないわけがない。あいつは、古代の知識についても通暁している。なにせ生ける皇宮スヴェル・ヴェルームに間近で仕えながら、気を狂わせもせずに平然としているような男じゃからな。あいつが狂うところを見てみたいもんじゃわい」
「師は」
ルジェはごくりと唾を飲んで……いや、仮想のうえだけで唾を飲んで答えた。
「師は、このわたくしめも狂わせるおつもりですか」
トリスメギストス師は大笑いした。
「わしが? 単なる従者のお前を? 見損なうでない。わしは、そこまで根性が曲がってはおらん。それにだいたい、あの皇子が使者として遣わした男だ、そう簡単に精神が焼き切れてしまう人間でもないだろう」
ルジェは、ほっと息をついた。
「わしとしても、この安閑とした研究施設を手放すつもりはない。その点で、わしと皇子アヴェル・ヴァールは利害が一致しておる。幻想帝国を滅ぼすような大破局が来たら、この結晶楼閣もどうなるかはわからんからな」
トリスメギストス師は、ふっと笑顔を吹き消すと、静かにルジェにいった。
「だから、あの皇子に伝えろ。結晶楼閣には謀反の志はないと」
「確かにお伝えいたします」
ルジェは頭を下げた。
「しかし、わたくしめがこの結晶楼閣に参りましたのは……」
「わかっておる」
トリスメギストス師は再び、いつもの好々爺然とした表情に戻った。
「『続由美子』と『統制官』についての情報を集められるだけ集めろ、といわれたのじゃろう。こちらとしても、それに異を唱えるつもりはない。探せるだけ探すがよい。ただし、わし以外の錬金術師どもには、わしに対する以上に警戒心を持って当たるべきじゃぞ。やつらは、ほんの遊び心や出来心で、人の精神を焼いて、破壊して楽しむ悪癖がある。自由な討論と研究の場が、どうしてこんな趣味の悪いものどもの遊び場に変わってしまったのか、嘆かわしいわい」
「そういうものですか……」
うなずきかけたルジェは、ふと、疑問がわいたことを尋ねてみた。
「失礼ですが、師は、いったいおいくつになられるのですか?」
「わしの齢を知りたいのか」
トリスメギストス師は冷たい目でルジェを見据えた。
「わしの齢は、この結晶楼閣の歴史と同じだけある。わしは、物理帝国が最後のあがきをしているときに生まれたのじゃからな。結晶楼閣に錬金術師の卵として入って以来、前任者が次々と世を去り……今のわしに至るんじゃ。じゃから、わしの齢は、ざっと十万歳、というところじゃな」
ルジェは返答もできなかった。
トリスメギストス師はいきなり大爆笑した。
「はっはっはっは!」
「ど、どうしたのでありますか、師よ」
「いやなに、なにも知らない若造をからかうのほど、楽しいことはほかにないわい。気にいったぞ、ルジェとやら。少なくとも、お前は、根性が曲がってはおらん。あの皇子アヴェル・ヴァールのやつも、(欠落)
おれはなにも知らない。ただ知っているのは、十万年にもわたり、幻想帝国が平和のうちに統治してきたということだけだ。
「『続由美子』という存在については、あの食わせ物の皇子アヴェル・ヴァールが知らないわけがない。あいつは、古代の知識についても通暁している。なにせ生ける皇宮スヴェル・ヴェルームに間近で仕えながら、気を狂わせもせずに平然としているような男じゃからな。あいつが狂うところを見てみたいもんじゃわい」
「師は」
ルジェはごくりと唾を飲んで……いや、仮想のうえだけで唾を飲んで答えた。
「師は、このわたくしめも狂わせるおつもりですか」
トリスメギストス師は大笑いした。
「わしが? 単なる従者のお前を? 見損なうでない。わしは、そこまで根性が曲がってはおらん。それにだいたい、あの皇子が使者として遣わした男だ、そう簡単に精神が焼き切れてしまう人間でもないだろう」
ルジェは、ほっと息をついた。
「わしとしても、この安閑とした研究施設を手放すつもりはない。その点で、わしと皇子アヴェル・ヴァールは利害が一致しておる。幻想帝国を滅ぼすような大破局が来たら、この結晶楼閣もどうなるかはわからんからな」
トリスメギストス師は、ふっと笑顔を吹き消すと、静かにルジェにいった。
「だから、あの皇子に伝えろ。結晶楼閣には謀反の志はないと」
「確かにお伝えいたします」
ルジェは頭を下げた。
「しかし、わたくしめがこの結晶楼閣に参りましたのは……」
「わかっておる」
トリスメギストス師は再び、いつもの好々爺然とした表情に戻った。
「『続由美子』と『統制官』についての情報を集められるだけ集めろ、といわれたのじゃろう。こちらとしても、それに異を唱えるつもりはない。探せるだけ探すがよい。ただし、わし以外の錬金術師どもには、わしに対する以上に警戒心を持って当たるべきじゃぞ。やつらは、ほんの遊び心や出来心で、人の精神を焼いて、破壊して楽しむ悪癖がある。自由な討論と研究の場が、どうしてこんな趣味の悪いものどもの遊び場に変わってしまったのか、嘆かわしいわい」
「そういうものですか……」
うなずきかけたルジェは、ふと、疑問がわいたことを尋ねてみた。
「失礼ですが、師は、いったいおいくつになられるのですか?」
「わしの齢を知りたいのか」
トリスメギストス師は冷たい目でルジェを見据えた。
「わしの齢は、この結晶楼閣の歴史と同じだけある。わしは、物理帝国が最後のあがきをしているときに生まれたのじゃからな。結晶楼閣に錬金術師の卵として入って以来、前任者が次々と世を去り……今のわしに至るんじゃ。じゃから、わしの齢は、ざっと十万歳、というところじゃな」
ルジェは返答もできなかった。
トリスメギストス師はいきなり大爆笑した。
「はっはっはっは!」
「ど、どうしたのでありますか、師よ」
「いやなに、なにも知らない若造をからかうのほど、楽しいことはほかにないわい。気にいったぞ、ルジェとやら。少なくとも、お前は、根性が曲がってはおらん。あの皇子アヴェル・ヴァールのやつも、(欠落)
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~ Comment ~
確かに人の精神を破壊するって簡単なことだものね。
人ってこんなにも脆い心を持つのに
寄り添うものがあれば強くなれる。
不思議だわ。
人ってこんなにも脆い心を持つのに
寄り添うものがあれば強くなれる。
不思議だわ。
- #10496 ぴゆう
- URL
- 2013.05/20 17:26
- ▲EntryTop
Re: LandMさん
そこらへんを突かれるといろいろとあるのですが、書いてしまいましょう。
実はトリスメギストス師は……っとスマホの電池が切れる! というわけで明日の更新をどうぞ。
実はトリスメギストス師は……っとスマホの電池が切れる! というわけで明日の更新をどうぞ。
10万年前というと、ホモサピエンスのミトコンドリアEVEが登場した後ということですね。現生人類の最も近い共通女系祖先が15万年前ですから、人類の起源にも迫りそうな年月を生きているのはすごいですね。。。
- #9559 LandM
- URL
- 2012.12/20 21:07
- ▲EntryTop
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Re: ぴゆうさん