幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)
断片016「トリスメギストス師は」
(欠落)
トリスメギストス師は、球体のような論理構造物を作り出した。
「座れ。わしが昔知っていた椅子はこんなものじゃった。今のはやりは知らんし、この結晶楼閣では立っているだけでも別に苦痛はないが、物理帝国風の椅子も少しは試してみたらどうかな」
「ありがとうございます」
ルジェが球体に腰を下ろすと、球体はルジェの足と腰とをやわらかく包み込み、そして一体となった。
「物理帝国時代によく見ていた映画では、……といってもお前さんにはわからんか。感覚演劇を映像と音声だけで再現したような代物じゃよ。それでは、悪漢の誘いにうっかり乗った主人公が、そういった生体椅子に座ってとりことされてしまうのじゃが、わしにはそんな趣味はない」
トリスメギストス師も、その球体に腰を下ろした。
「人間というものはけっこう面白くてな。昔話をするときには、昔話に出てくるようなかっこうをしたほうが、臨場感を伴ってしゃべれる。あの皇子アヴェル・ヴァールも、わしにそうした昔話をさせようと、自分ではひとこともしゃべらずに、お前をここによこしたんじゃろう。人の悪い趣味じゃな」
トリスメギストス師は、指をひと鳴らししてテーブルと、ふたつの飲み物の容器のようなものも実体化させた。
ひとつを取り上げ、口に運び、ルジェににやりと笑ってみせた。
「飲むがいい。結晶楼閣名物、論理印象カクテルじゃ」
ルジェも取り上げ、礼をし、口に運んだ。
論理印象カクテルはうまかった。きれいなテンソル状の論理式が、その正確さとパターンを伴ったまま喉に当たる部分を通り、ルジェ自身の思考を活性化させていく。すがすがしさが全身に走り、身体からなにか薄皮が一枚はげたような感覚がした。
「中毒性はないのですか?」
「ただの嗜好品のようなこれで中毒したら、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームに仕えることなどできはせんぞ。あそこに仕えることは、もっと強力な情報にさらされることじゃからな。皇子アヴェル・ヴァールの話だと、お前さん、あの皇宮のかけらをなめさせられたそうではないか。あの皇子も、むちゃくちゃなことをするものじゃ」
「三日三晩苦しみました」
「よく三日三晩ですんだものじゃよ。わしも、この結晶楼閣に入ってきた新入りの錬金術師たちの精神をこのカクテルで焼いたことがあるが、戯れ程度じゃ。二日酔いくらいにしかならん」
「はあ」
「もっとも、物理帝国時代の旧人は別じゃ。彼らは、この論理印象カクテルにおぼれ、中毒し、精神を破壊されてその力を大きく減らした。この中毒騒ぎがなかったら、わしら、幻想帝国の臣民があの強大きわまる物理帝国を打倒するにはさらに数万年の時間がかかったかもしれん」
トリスメギストス師は容器をテーブルの上に置き、ルジェもそれにならった。
「さて、予備知識として話さねばなるまいな、物理帝国および、わが幻想帝国の礎を築くための礎石、いや捨て石となった、『影の国母』、続由美子の哀れな話を……」
ルジェは息をつめた。
(欠落)
トリスメギストス師は、球体のような論理構造物を作り出した。
「座れ。わしが昔知っていた椅子はこんなものじゃった。今のはやりは知らんし、この結晶楼閣では立っているだけでも別に苦痛はないが、物理帝国風の椅子も少しは試してみたらどうかな」
「ありがとうございます」
ルジェが球体に腰を下ろすと、球体はルジェの足と腰とをやわらかく包み込み、そして一体となった。
「物理帝国時代によく見ていた映画では、……といってもお前さんにはわからんか。感覚演劇を映像と音声だけで再現したような代物じゃよ。それでは、悪漢の誘いにうっかり乗った主人公が、そういった生体椅子に座ってとりことされてしまうのじゃが、わしにはそんな趣味はない」
トリスメギストス師も、その球体に腰を下ろした。
「人間というものはけっこう面白くてな。昔話をするときには、昔話に出てくるようなかっこうをしたほうが、臨場感を伴ってしゃべれる。あの皇子アヴェル・ヴァールも、わしにそうした昔話をさせようと、自分ではひとこともしゃべらずに、お前をここによこしたんじゃろう。人の悪い趣味じゃな」
トリスメギストス師は、指をひと鳴らししてテーブルと、ふたつの飲み物の容器のようなものも実体化させた。
ひとつを取り上げ、口に運び、ルジェににやりと笑ってみせた。
「飲むがいい。結晶楼閣名物、論理印象カクテルじゃ」
ルジェも取り上げ、礼をし、口に運んだ。
論理印象カクテルはうまかった。きれいなテンソル状の論理式が、その正確さとパターンを伴ったまま喉に当たる部分を通り、ルジェ自身の思考を活性化させていく。すがすがしさが全身に走り、身体からなにか薄皮が一枚はげたような感覚がした。
「中毒性はないのですか?」
「ただの嗜好品のようなこれで中毒したら、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームに仕えることなどできはせんぞ。あそこに仕えることは、もっと強力な情報にさらされることじゃからな。皇子アヴェル・ヴァールの話だと、お前さん、あの皇宮のかけらをなめさせられたそうではないか。あの皇子も、むちゃくちゃなことをするものじゃ」
「三日三晩苦しみました」
「よく三日三晩ですんだものじゃよ。わしも、この結晶楼閣に入ってきた新入りの錬金術師たちの精神をこのカクテルで焼いたことがあるが、戯れ程度じゃ。二日酔いくらいにしかならん」
「はあ」
「もっとも、物理帝国時代の旧人は別じゃ。彼らは、この論理印象カクテルにおぼれ、中毒し、精神を破壊されてその力を大きく減らした。この中毒騒ぎがなかったら、わしら、幻想帝国の臣民があの強大きわまる物理帝国を打倒するにはさらに数万年の時間がかかったかもしれん」
トリスメギストス師は容器をテーブルの上に置き、ルジェもそれにならった。
「さて、予備知識として話さねばなるまいな、物理帝国および、わが幻想帝国の礎を築くための礎石、いや捨て石となった、『影の国母』、続由美子の哀れな話を……」
ルジェは息をつめた。
(欠落)
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論理印象カクテル
物理帝国と幻想帝国
影の国母、続由美子の哀れな話…
興味津々です。
かたちがだんだん出来て面白くなってくるのかな?
物理帝国と幻想帝国
影の国母、続由美子の哀れな話…
興味津々です。
かたちがだんだん出来て面白くなってくるのかな?
Re: limeさん
見えてきたらいいのですが。
手札をさらさなければ、この小説、ほんとにわけのわからないまま終わってしまいかねませんからねえ……それだけは避けたいであります。
手札をさらさなければ、この小説、ほんとにわけのわからないまま終わってしまいかねませんからねえ……それだけは避けたいであります。
トリスメギストス師の椅子が欲しいです。
最近、肩が凝って。
安眠ベッドもほしいです。
ついに続由美子との関係が語られるのですね。
やっと、2割くらい行きましたか?
何か見えてくるのかな?
最近、肩が凝って。
安眠ベッドもほしいです。
ついに続由美子との関係が語られるのですね。
やっと、2割くらい行きましたか?
何か見えてくるのかな?
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Re: 山西 左紀さん
まだ話は始まったばかりなので、無事、作者の意図したポイントに着地できるよう祈るばかりです。
もしかしたら夏くらいには終わってしまうかもしれないなあ(弱気)