幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片017「どこから来たのか」

     ←断片016「トリスメギストス師は」 →断片018「それでも」
    (欠落)


     (われわれが?)どこから来たのか、それは太古の昔に忘れられた知識のひとつになってしまった。だが、われわれがどこからか来たのは間違いないことじゃ」

     トリスメギストス師は語り始めた。

    「その『続由美子』とのみ伝えられる女が、旧人のひとりだったことは間違いない」

    「なぜ、そんな旧人が、影であれ、『国母』と呼ばれているのですか」

     ルジェの問いに、トリスメギストス師は笑った。

    「簡単なことだ。われわれ現生人類の遺伝学上の祖は、すべて、その続由美子という一人の旧人の女なのだよ」

    「なんですって!」

    「われわれはどこからか来たのではなくてはならん。それはわかるな、きみも? われわれは無から湧き出てくるわけにはいかんということくらいはな」

    「わかります……わかりますが」

     ルジェは頭が混乱してくるのを覚えた。

    「どうして、それが、秘密のうちになければならないのですか」

    「それは、われわれ現生人類が最初の産声を上げたとき、続由美子は一万年以上前に死んでいたからじゃ」

    「わかりません。おっしゃりたいことが。いや。まさか」

    「そのまさかじゃよ」

     トリスメギストス師はいった。

    「続由美子は死んだ。死んだ後も生きておった。死んだ後も、その身体から摘出された癌細胞と、刻まれた遺伝情報は生きておったのじゃ」

    「一万年も!」

    「むろん。一万年間にわたり、培養と株分けが行われていたから、細胞は奇跡的に時間の流れを超えて生き残っていた。続由美子の癌細胞は、癌細胞というよりも、無限増殖するようになっていた操作可能な未分化細胞といったほうが適切じゃな。物理帝国華やかなりしころは、それこそ無限の実用性を持つ工業製品として、生物化学産業で使用されていたらしい」

    「それが、どうやってわれわれの身体に?」

    「傷じゃよ」

    「傷?」

     ルジェはオウム返しに答えた。

    「あのころの物理帝国の科学者たちの……科学者といっても、お前には理解できんじゃろうな、ルジェ。われら錬金術師とはまったく違う考えと、技術と、信条を持った集団じゃった。その思考パターンは、恐るべきほどの還元主義じゃった。わしらは、その還元主義が無益なことを知っておる。それが原因じゃよ、錬金術師組合が、そうした還元主義に陥りがちな連中に対して、総体主義を再教育するべくこの結晶楼閣を作ったのは」

     トリスメギストス師は論理印象カクテルをひと口飲んだ。

    「長い話をすると、のどを湿したくなるらしい。わしもまだまだ娑婆っ気があるようじゃ」

    「師は、わたくしめの質問にお答えになっておられません。なぜ、それが、今のわれわれから隠しておかれねばならぬのですか」

     ルジェは詰め寄った。

    「脱線してしもうたな。われわれは、そうした続由美子の『安全な』細胞についた何らかの傷がもとで、未分化細胞が分裂を、指向性を持った分裂を始めたことが原因で生まれた。それには、退廃した精神の持ち主だった天才的な生化学者が、その指向性を保ったまま、雑音的情報を切断する作業に成功したことも大きく関与しているのじゃが」

    「つまり……」

    「わしら現生人類は、自分から進化の階梯を登ったわけでもなければ、望まれて生まれてきたわけでもないのじゃよ。わしらは工業製品から、学者の暇つぶしとして生まれてきたんじゃ。そういう十万年前の歴史の真実を、平穏のうちに生きている帝国臣民に、どう伝えろというのじゃ?」

     ルジェは答えられなかった。

    (欠落)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 左紀さん

    続由美子はわたしのこの小説のヒロインです。

    二十年がかりのうえに、話がぐちゃぐちゃなためにヒロインとは見えないかもしれませんが、断固としてヒロインなのです。

    ……のはずなんだけど(弱気)

    おぉ!
    話に流れが、おぼろげな形が、
    まだまだ彼方にかすんでいますが…
    続由美子、
    いったいあなたは…

    Re: limeさん

    遺伝子の話でもありますが、これからはもっとぐちゃぐちゃで出鱈目で大風呂敷広げまくりな話になってきます。

    あくまでも、この小説は……おっとっと、ネタバレをするところだった(^^;)

    最初、この物語を数話読んだところで、これはもしかしたら、遺伝子の話かな?・・と感じたのですが、現代の話に入ったところで、その考えは却下しました。
    でも、ここで遺伝子的な展開。
    なんかちょっと、前のめりで読みました。

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