「ショートショート」
SF
依存症
「あの、だからわたしはですね」
荻原というその患者は、わたしの言をさえぎった。医者として、わたしはできるかぎり穏やかに答えた。
「わかっています。重度の依存症ですね。でもご安心ください。治療法は確立されています」
「だからその!」
「荻原さん。煙草はまだお続けに?」
荻原は唇をへの字にした。
「たしなむ程度です」
「たしなむにしては、少々、量が多すぎますね。典型的な、ニコチン中毒です。アルコールも、おやりになるんでしょう?」
「つきあいですよ。店でちょろっと飲んで帰るくらいです」
「そこから、アルコール中毒の魔手は伸びてくるんですよ。煙草もそうですが、お酒も気をつけなくてはいけません。あと、指摘されているのは……ギャンブル依存。これは危険です」
荻原は頭をかきむしった。
「ギャンブル依存なんて……ストレス発散に、パチンコ屋へ行くくらいじゃないですか!」
「パチンコがいちばん危険な賭博なんですよ。気がつかないうちに、少しずつ少しずつ財産を削り取っていく。気がついたときには、家屋敷すべてが差し押さえられてしまう。しかし、ご安心ください。この依存症に対しても、治療法がしっかりとできています」
「いったでしょう! わたしのこれは依存なんかじゃなく……」
「おっと、大事なことを忘れていました。あなた、戦争でご家族を失っておられますね。奥さんと、ふたりのお子さんでしたっけ? そのことがもとで、反戦デモに参加されておられましたね」
「あんた、なにがいいたいんだ!」
荻原は立ち上がった。わたしは指をぱちりと鳴らし、部下の看護師を呼んだ。
「いけませんね。家族依存症のうえに、反戦運動依存症だ。かなり危険な段階まで来ています。いいですか、こういった依存症には、別な依存症をあてがわなくてはなりません。無害な代替物で、気を紛らわせるのです」
屈強な看護師ふたりがやってきて、わたしに躍りかかろうとした荻原をしっかりと引き戻した。
「いいですか、あなたは、仕事と国家への奉仕を精神的な支えにするための医療プログラムを受ける必要があります。断酒会みたいなものですから、なんの心配もありません」
荻原は暴れた。
「……くそっ、いいたいことをいいやがって! 少しの煙草、少しの晩酌、少しの賭け事、そして女房と子供たちは、みんな、おれの生きがいだったんだ! それを奪った戦争に反対してなにが悪い! ようやく反戦運動に意味を感じだしてきたのに……依存症だと! 悪魔だ! お前たちは白衣を着た悪魔だ!」
いくら暴れようとも、柔道四段の若いふたりの看護師に抑え込まれていては手も足も出るまい。わたしは、引きずられていく荻原が、いつの日か生まれ変わったような生活を送る日が来ることを楽しみに、次のカルテをめくった。
政治的に正しい生きがいを見出した時こそ、人は幸せになれるのだよ、この国では。
「次の人」
扉が開き、またひとりの患者が連れられてきた。わたしの『生きがい』が。
荻原というその患者は、わたしの言をさえぎった。医者として、わたしはできるかぎり穏やかに答えた。
「わかっています。重度の依存症ですね。でもご安心ください。治療法は確立されています」
「だからその!」
「荻原さん。煙草はまだお続けに?」
荻原は唇をへの字にした。
「たしなむ程度です」
「たしなむにしては、少々、量が多すぎますね。典型的な、ニコチン中毒です。アルコールも、おやりになるんでしょう?」
「つきあいですよ。店でちょろっと飲んで帰るくらいです」
「そこから、アルコール中毒の魔手は伸びてくるんですよ。煙草もそうですが、お酒も気をつけなくてはいけません。あと、指摘されているのは……ギャンブル依存。これは危険です」
荻原は頭をかきむしった。
「ギャンブル依存なんて……ストレス発散に、パチンコ屋へ行くくらいじゃないですか!」
「パチンコがいちばん危険な賭博なんですよ。気がつかないうちに、少しずつ少しずつ財産を削り取っていく。気がついたときには、家屋敷すべてが差し押さえられてしまう。しかし、ご安心ください。この依存症に対しても、治療法がしっかりとできています」
「いったでしょう! わたしのこれは依存なんかじゃなく……」
「おっと、大事なことを忘れていました。あなた、戦争でご家族を失っておられますね。奥さんと、ふたりのお子さんでしたっけ? そのことがもとで、反戦デモに参加されておられましたね」
「あんた、なにがいいたいんだ!」
荻原は立ち上がった。わたしは指をぱちりと鳴らし、部下の看護師を呼んだ。
「いけませんね。家族依存症のうえに、反戦運動依存症だ。かなり危険な段階まで来ています。いいですか、こういった依存症には、別な依存症をあてがわなくてはなりません。無害な代替物で、気を紛らわせるのです」
屈強な看護師ふたりがやってきて、わたしに躍りかかろうとした荻原をしっかりと引き戻した。
「いいですか、あなたは、仕事と国家への奉仕を精神的な支えにするための医療プログラムを受ける必要があります。断酒会みたいなものですから、なんの心配もありません」
荻原は暴れた。
「……くそっ、いいたいことをいいやがって! 少しの煙草、少しの晩酌、少しの賭け事、そして女房と子供たちは、みんな、おれの生きがいだったんだ! それを奪った戦争に反対してなにが悪い! ようやく反戦運動に意味を感じだしてきたのに……依存症だと! 悪魔だ! お前たちは白衣を着た悪魔だ!」
いくら暴れようとも、柔道四段の若いふたりの看護師に抑え込まれていては手も足も出るまい。わたしは、引きずられていく荻原が、いつの日か生まれ変わったような生活を送る日が来ることを楽しみに、次のカルテをめくった。
政治的に正しい生きがいを見出した時こそ、人は幸せになれるのだよ、この国では。
「次の人」
扉が開き、またひとりの患者が連れられてきた。わたしの『生きがい』が。
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

~ Comment ~
どこまでが愛好家で、どこまでが依存症なのか・・・。
ネット依存症とか・・・・。
執筆依存症とか・・・。( ̄ロ ̄lll)
いや、悪いことじゃなければ、依存症とは言わないんですよね。^^;
ネット依存症とか・・・・。
執筆依存症とか・・・。( ̄ロ ̄lll)
いや、悪いことじゃなければ、依存症とは言わないんですよね。^^;
Re: 山西 サキさん
これは、前に依存症関連の本を読んでいて、「アルコール依存症の唯一の治療法は、『断酒会中毒』にすることしかない」という記述に出会ったことがきっかけです。わたしもそう思います。
しかしこれをネタにこういうディストピアSFを書いてしまうから性格が悪いというか暗いというか……(^^;)
しかしこれをネタにこういうディストピアSFを書いてしまうから性格が悪いというか暗いというか……(^^;)
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: limeさん
「それによって本人や家族が苦しんでいるか」に尽きます。
煙草を日に何十本もふかしても、それで本人が精神的にも金銭的にも肉体的にもなんの不便も訴えておらず、家族や周囲の人間にも迷惑をかけていないのであれば、「愛好家」でありますし、
パチンコ屋へ行って五千円使うだけでも、それが「毎日」で、所得にふさわしくない額で、それで家族が食うや食わずの生活を強いられていたら、それをギャンブル依存症と呼んで全く問題はないでしょう。
いずれにしろ、本人に「病識(自分で自分を病気だと思う意識)」はないので、周囲の人間が無理やり引きずるようにその手の病院に連れてくることになります。その光景ですが、いろいろと本は読みましたが、すごい修羅場らしいですね。病気だと思っていない人間を治療に連れてくるわけだから当たり前ですが。
だから、執筆でも自分の身の回りのことができる範囲内でブログの更新だとか同人誌作成とかやっていたならば「愛好家」ですが、所得を顧みず自費出版して家に在庫の山を築いたり、夜な夜な友人知人に電話をかけて自作の長編を朗読したりすれば、これは立派な「依存症」です。依存症というよりもっとヤバいなんとやらの世界ですね(^^;)