「ショートショート」
    その他

    信じなくともよいのだぞ?

     ←魔法のブーツの昔話 →エドさんと緑の森の家・12月30日
     痩身の侍が、なにかに憑かれたかのようにひとりの浪人者を見ていた。

    「……できる」

     浪人者のあの足の運び、身のこなし、はた目からは普通に歩いているようにしか見えないが、侍にはおそるべきその腕がわかった。

     侍は、それとなく、浪人者の跡をつけた。

     気づかれていないはずはないのだが、浪人者は意にも介さず、といった調子で足を進めていく。

     まるで大人と子供だ。

    『名のある人なのでは……』

     侍がそう思っていると、急に肩をぽんと叩かれた。

    「ご同輩、どうしたね」

    「しっ。あの浪人者を見ろ」

    「見ろといっても……むっさい格好だなあ」

     侍の同輩で、道場でも下から数えたほうが早い男が、のびをした。

    「で、あれが?」

    「かなりの腕だ。おそらくは師範代でもかなわないだろう」

    「あのむさいやつが? ……にわかには信じられんが、うちの道場でいちばんのお前がいうんだからねえ」

     うむ、とうなずいた侍は、後ろを振り返ると、苦虫を噛み潰したような顔になった。

    「どこへ行く」

     すでに同輩は走り出した後だった。

    「面白そうだ。みんなを連れてくる」



     浪人者は河原にたどりつくと、ごろりと寝転がった。

    「お前、どうするつもりだ」

    「剣の要諦を聞いて来ようかと思う」

    「よせよ。あんな汚れたなりのやつに」

     侍たちは、物陰から浪人者に視線を向けては、聞こえないような小声で、なんだのかんだのいっていた。

    「とはいえだな、これは剣のうえでは」

     そういった侍の視線が、ふいに凍りついた。

    「どうした?」

     侍は震える指で、侍のいる岸辺の向かいに歩いてきた、こちらは身なりのいい浪人者を指し示した。

    「できる」

    「あれも?」

     浪人者は、対岸の男を認めると、大刀を手にし、起き上がった。

    「来たなあ」

     浪人者は大声で叫んだ。

    「おう」

     対岸の男も答えた。

    「やるかあ」

    「おう」

     ふたりの浪人者は、橋を目指して歩いて行った。

    「やる、って、なにを」

    「ふたりのできる男が出会ったんだ、やることはひとつだろう」

     道場の席次が低い男が、ひっ、とのどを鳴らした。

    「果し合いか」

    「ほかに考えられることがあるか」

    「おもしれえや」

     一同の中で、豪胆と無謀をはき違えている男が、木の陰から飛び出した。

    「どうするつもりだ、同輩!」

    「見物するんだよ。侍として生まれて、こんな名人同士の立ち合いを近くで見ずしてどうする!」

    「それもそうだな」

    「やめたほうがいい、ご同輩。見るだけだったら、この場でもじゅうぶんできるではないか」

     侍の制止も聞かず、田舎の藩で退屈しきっていた連中は、ぞろぞろと橋のたもとへ向かい始めた。

    「おれ、むさいほうに!」

    「じゃあおれは身なりのいいほうだ!」

     いいかげんなことをいいながら、金まで賭け始める始末。ちょうど良いところに、誰が捨てたものかざるが置かれていたので、そこに金を投げ入れていく。だらけきっているその様に、林の中の侍はほぞをかんだが、どうにもしようがない。

     浪人者ふたりは、背後のそのような動きなど、まったく素知らぬ様子だった。お互い、刀も抜かずに、橋の真ん中までずかずかと歩いていく。

     林の中で見ていた侍は、その歩みに、かつて師より噂として聞いたことを思い出した。

    『西江水……』

     自然な動きの中に、一足一刀の間合いを超えてしまう、柳生新陰流の奥義である。このふたりの浪人者が、柳生新陰流の使い手なのか、他流の使い手なのかはわからなかったが、よほどの手練れであることには間違いなかった。

     ふたりの浪人者は、あっという間に一足一刀の間合いを超えた。超えたところで目を疑うような素早さで刀が抜かれた。『体で抜く』その言葉の真の意味を、侍は生まれて初めてまざまざと目にした。

     真剣を取っての、「殺意をもっての」斬り合いを生まれて初めてまざまざと目にしたのは、橋のたもとの連中も同じだった。その剣の一颯の気迫の前に、若侍たちは腰を抜かしてしまった。

    「ふん」

    「そんなものか」

     ふたりの浪人者は刀を収めた。

    「まあいい。もらえるものだけもらって帰ろう」

    「そうだな」

     浪人者ふたりは、橋のたもとに降りてくると、ざるに積まれた小金を取り、そのまま歩き出した。

    「あ、あんたら!」

     腰の抜けた若侍が声を上げたが、浪人者の冷たい視線を浴びると、そのまま黙ってしまった。

     黙っていないものがひとりだけいた。林の中に隠れていた痩身の侍である。

    「しばらく! しばらくっ!」

     面白いものを見るようなふたりの浪人者のもとまで駆けてくると、侍は頭を下げた。

    「同じ武士としてお頼み申す。どうか、その金は、置いて行ってくだされ。この通り。この通りでござる!」

    「この金子は、拙者らの生き死にを賭けた立ち合いに賭けられたもの。ともに生き残った以上は、拙者らがもらってなにが悪いのだ?」

    「し……しかし、あれは生き死にを賭けたものでは……」

    「拙者らふたりはともに相手を殺す気だった」

     身なりのいい浪人者が当たり前のようにいった。その後をむさいほうが引き取る。

    「わしらは、まったく違う国で、互いに剣の道を極めようとしていた。ゆくゆくは一流を起こすつもりだった。そのための武者修行の最中、互いに出会ってしまったのだ」

    「拙者らは互いに悟った。真剣勝負でこの男を斬ることさえできれば、なにかがわかる。一流が起こせる極意をつかめると。それから、わしらはことあるごとに勝負をした。だが、勝負はつかなんだ」

    「勝負はつかなんだが、路銀は底をついた。そしてわしらは考えた。どうせ勝負をするのなら、その勝負を見世物にしてしまえばよいのではないかとな」

    「見世物とはいうても、真剣の勝負には変わりはない。一撃で相手を殺す、そのため互いに、得た金子が尽きるまで、修行に修行を重ねた。あるときは見物人から小銭を集め、またあるときは、狂言を装って小銭を集めた。今日のごとく、望んでもおらぬのにわざわざ金子を持ってきてもらったのは珍しいこと。これでまた、修行ができる」

    「そう遠からぬ先に、わしかこいつのどちらかが斃れるであろう。それはそれでいいと、わしは思っている。たぶん、こいつもな」

     侍は、喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。

    「さような……さようなことを信じろと仰せられますか!」

    「信じなくともよいのだぞ? 刀を抜いて、かかってくればそれで済むこと。違うかな?」

     相手の返事に、侍は刀の柄に手をかけ……そして手を放した。

     橋を渡って去っていくふたりの浪人者の背中を見ながら、侍は、ただ、哭くことしかできなかった。
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    ~ Comment ~

    Re: レバニラさん

    「赤い影法師」「柴錬立川文庫」なんかもトンでもワイルドですよ。「柴錬立川文庫」なんか連作短編形式ですが、その一篇一篇がまるで山田風太郎みたいで奇想天外でえっちで実にすばらしい(^^)

    また読みたくなってきたであります。

    や、それは確かに、ご指摘の通りでした(汗)
    ちょっと「まずはテーマ性ありき」とか「プロット優先」ってな考えをしてしまったせいか、根本的な部分に対する考えが至りませんで・・・
    お恥ずかしいコメントしてしまいました。

    そうですか・・・あのトンでもワイルドな「御家人斬九郎」書かれた柴田錬三郎先生がそんな事をおっしゃってたんですね~(あ、トンでもワイルドなのって斬九郎と眠狂四郎だけかな?^^;)
    「奇抜な物語を書ける作家はベースに徹底したリアリズムがある」ってな話を何処かで聞いた事を思い出します。

    Re: レバニラさん

    「歴史的事実を知っていたうえでわざとウソを書く」のと、

    「何も知らないで適当なことを書く」のとでは、ものすごく違いがあるような(^^;)

    こういうことに関してこれまで聞いた話の中でいちばん感銘を受けたのは、柴田錬三郎先生の、「おれは江戸市中、駕籠をどこからどこまで乗ればいくらかかるかをすべて知っている。だがそれは小説では使わない」という台詞です。生涯かけても勝てん、と思いましたであります。

    う~ん、そこの所は別に良いような気がしますけどねぇ・・・
    あの歴史小説の大家・司馬遼太郎先生も意外といいかげんな事書いてたりしますけど、でも実際司馬先生の小説って、本当に面白いですし、
    「平家物語」なんかも科学的に考えれば“ありえない”ような事、平気で書いてあるけど、それもまた面白いポイントの一つでしたから。

    今回のポールさんのお話は、手練れの浪人が登場する所で読者の気を引き、そのまま読者を冷たく突き放す所がキモですから
    それ程の浪人者が許可なく斬り合いなんてしないとはいえ、そういった浪人がああいう形で登場しなきゃ出来なかったでしょうし・・・

    自分も、こうして知った風な事を書いてますが、ポールさん程の手練れたSS書きなら、こんな書評何時でも冷たく突き放す事が出来ますよね(^^;

    Re: レバニラさん

    まあ実際には、侍が真剣勝負をやるときには、きちんとした手続きが必要だったらしいですけれどね。そうでなくてはいくら江戸時代でも、今でいう殺人罪ですからねえ。

    時間と資料がないためそこらへんをぜんぜん調べていないので、ツッコまれたらアウトです。やっぱり時代小説は難しいです。書ける人を尊敬してしまいます。

    いや、凄い面白かったです。

    凄味のある剣客同士に興味を示す青二才な若侍達(そして、それに共感する読者)を、最後に突き放すようにして終わるという流れには鋭い冷たさが感じられて、
    山本周五郎の時代短編みたいな趣があると思います。

    Re: 矢端想さん

    守備範囲を広げようとして玉砕した作品であります。

    やはりわたしに時代小説はまだ早いようで。とほほ。

    落語のような気分で読んでいたら、真面目な終わり方で恐れ入りました・・・。

    まあ落語だったら見物のくだりで橋のまわりにあっという間に露店が立ち並んだり酒盛りを始める奴らがでてくるんでしょうけど。
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