「ショートショート」
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待ち人いまだきたらず
ぼくはいらいらしながら、まだ来ぬ相手を待っていた。どうして正月というのは冬にあるのだ。ただでさえ曇り空のうえ、この吹きっさらしの神社の境内では、寒くって仕方がない。
ぼくの隣りでは、これまた、相手待ちと思われる振り袖姿の女の子が、いらいらと時計を見ていた。日本人にしてはちょっと赤みがかった髪に、ちょっと飾りなんかつけたりしている。たぶん、彼氏待ち、というところだろう。
なんでまったくこんなリア充の隣りで震えていなくてはならないんだ。ぼくは携帯で未だに来ない秀雄の野郎に文句をいってやろう、と、コートの内ポケットに手をやった。
携帯のほかに、なにやらビニール袋とおぼしきものの手触りがあった。なんだっけ。ぼくは不審に思って引っ張り出した。
ラッキーだ。使い捨てカイロ。そういえば、去年のうちにポケットに入れていたような気がする。この状態では救いの神だ。ぼくは嬉々として外袋の切れ目に指をかけ、破って中身を取り出そうとした。
ふと、横に目を向けた。振り袖姿の女の子は、足を小刻みに震わせている。きのうの天気予報では、きょうは雪になってもおかしくないほど冷えるとかいってたな。
使い捨てカイロ。ぼくの使い捨てカイロだ。ぼくが使ってなんの悪いことがある。
着物はけっこう寒いそうだな。
相手はリア充だぞ。
空が曇っているな。
そのくらい誰でもわかっているだろう。
でも女の子だぞ。
おまえ何様のつもりだ。
自分を相手の討論のいいところは、結論が出るときはわずか数秒で誰にも気づかずに結論が出るということである。
「使いますか?」
ぼくは、その赤い髪の女の子に使い捨てカイロを差し出していた。
女の子は、ぼくを見て、驚いたような表情をしていた。それはそうだ。ぼくが彼女だったら、驚く前に警察を呼ぶ。
「いいんですか?」
意外な答えだった。ぼくも、たぶん妙な表情を作っていたんだろう。
「ええ。もうひとつ持ってますから」
誰がどう聞いてもウソとわかる答えだ。もうひとつカイロを持っている人間が、どうして嬉々としてカイロの封を切るというのだ。
女の子は、ぼくに向かって手を差し出すと、カイロを受け取り、封を切り、中身を取り出すとさっとひと振りした。
「あったかい……」
女の子はそうつぶやくとカイロをふところに入れ、ちょっと頭を下げると、そそくさとぼくのそばを去っていった。
そういうもんだよな。ぼくは、自分の馬鹿さ加減に愛想を尽かして、来ない相手を待ち続けた。携帯をかけてみたが、圏外だった。秀雄の野郎、電源を入れるのを忘れているらしい。
携帯をにらんで奥歯を鳴らしていると、横から、「あの……」という声が聞こえた。
そちらを見ると、さっきの女の子だった。手に、紙コップを二つ握っている。
「甘酒ですけど、どうですか?」
断るには、湯気の立った熱々の甘酒は魅力的すぎた。
「どうも」
ぼくも頭を軽く下げて、甘酒を受け取った。
「おひとりですか?」
女の子が聞いてきた。
「いえ、友達を待ってます」
性格ゆえか正直に答えるしかない自分が恨めしい。
「……あなたは?」
「わたしも、友達を」
「そうですか」
ぼくはどこか諦観を込めて甘酒をすすった。熱い。熱くてうまい。
灰色の空の下、ぼくとその娘は、あたりさわりのない世間話をした。「友達」について話すことは、どちらからもなかった。ひとりで来るべきだったと心の底から思った。たぶんどうせすぐに、彼氏というやつが来て、この時間を終わらせてしまうだろうからだ。そうなったら、ぼくはよけい惨めになってしまう。
それにしても、秀雄の野郎、こっちがどんな思いで待っていると……。
「おーい」
間延びした声がした。
「遅いぞ!」
ぼくは叫び、声のした方向へ視線を向けた。
目を疑った。あの野郎、女連れじゃないか! コートを着ていたが、かなりかわいい娘だ。
「リリ! どうしたの、その人と!」
ぼくの隣りでも、あの娘が叫んでいた。
「え……?」
「あ……?」
ぼくと赤い髪の子は、手に甘酒の紙コップを持ったまま、互いに顔を見合わせた。
「あなたの友達って?」
「あなたの友達って?」
異口同音。ここまでくれば、何が起きたかは明白だった。きょとんとした遅刻者たちの前で、ぼくとその子は、横隔膜が破れるんじゃないかと思うくらいに大笑いをした。
秀雄の話では、道に迷った、その里利とかいう女の子の道案内をしていて遅くなったのだという。携帯でぼくとの連絡を取ろうにも、家に忘れてきたらしい。赤い髪の女の子を待たせていた、コート姿の里利ちゃんのほうは……理由は説明すると長くなるのだが、携帯は持っていても使いたくなかったそうだ。蓼食う虫もなんとやら、珍しい娘もいるものである。
普通だったら、これだけ人を待たせたら、ぼくは秀雄のやつにグーパンチの一発でも食らわせるところだが、ぼくはそうはしなかった。
気持ちは理解してくれるよね?
ぼくの隣りでは、これまた、相手待ちと思われる振り袖姿の女の子が、いらいらと時計を見ていた。日本人にしてはちょっと赤みがかった髪に、ちょっと飾りなんかつけたりしている。たぶん、彼氏待ち、というところだろう。
なんでまったくこんなリア充の隣りで震えていなくてはならないんだ。ぼくは携帯で未だに来ない秀雄の野郎に文句をいってやろう、と、コートの内ポケットに手をやった。
携帯のほかに、なにやらビニール袋とおぼしきものの手触りがあった。なんだっけ。ぼくは不審に思って引っ張り出した。
ラッキーだ。使い捨てカイロ。そういえば、去年のうちにポケットに入れていたような気がする。この状態では救いの神だ。ぼくは嬉々として外袋の切れ目に指をかけ、破って中身を取り出そうとした。
ふと、横に目を向けた。振り袖姿の女の子は、足を小刻みに震わせている。きのうの天気予報では、きょうは雪になってもおかしくないほど冷えるとかいってたな。
使い捨てカイロ。ぼくの使い捨てカイロだ。ぼくが使ってなんの悪いことがある。
着物はけっこう寒いそうだな。
相手はリア充だぞ。
空が曇っているな。
そのくらい誰でもわかっているだろう。
でも女の子だぞ。
おまえ何様のつもりだ。
自分を相手の討論のいいところは、結論が出るときはわずか数秒で誰にも気づかずに結論が出るということである。
「使いますか?」
ぼくは、その赤い髪の女の子に使い捨てカイロを差し出していた。
女の子は、ぼくを見て、驚いたような表情をしていた。それはそうだ。ぼくが彼女だったら、驚く前に警察を呼ぶ。
「いいんですか?」
意外な答えだった。ぼくも、たぶん妙な表情を作っていたんだろう。
「ええ。もうひとつ持ってますから」
誰がどう聞いてもウソとわかる答えだ。もうひとつカイロを持っている人間が、どうして嬉々としてカイロの封を切るというのだ。
女の子は、ぼくに向かって手を差し出すと、カイロを受け取り、封を切り、中身を取り出すとさっとひと振りした。
「あったかい……」
女の子はそうつぶやくとカイロをふところに入れ、ちょっと頭を下げると、そそくさとぼくのそばを去っていった。
そういうもんだよな。ぼくは、自分の馬鹿さ加減に愛想を尽かして、来ない相手を待ち続けた。携帯をかけてみたが、圏外だった。秀雄の野郎、電源を入れるのを忘れているらしい。
携帯をにらんで奥歯を鳴らしていると、横から、「あの……」という声が聞こえた。
そちらを見ると、さっきの女の子だった。手に、紙コップを二つ握っている。
「甘酒ですけど、どうですか?」
断るには、湯気の立った熱々の甘酒は魅力的すぎた。
「どうも」
ぼくも頭を軽く下げて、甘酒を受け取った。
「おひとりですか?」
女の子が聞いてきた。
「いえ、友達を待ってます」
性格ゆえか正直に答えるしかない自分が恨めしい。
「……あなたは?」
「わたしも、友達を」
「そうですか」
ぼくはどこか諦観を込めて甘酒をすすった。熱い。熱くてうまい。
灰色の空の下、ぼくとその娘は、あたりさわりのない世間話をした。「友達」について話すことは、どちらからもなかった。ひとりで来るべきだったと心の底から思った。たぶんどうせすぐに、彼氏というやつが来て、この時間を終わらせてしまうだろうからだ。そうなったら、ぼくはよけい惨めになってしまう。
それにしても、秀雄の野郎、こっちがどんな思いで待っていると……。
「おーい」
間延びした声がした。
「遅いぞ!」
ぼくは叫び、声のした方向へ視線を向けた。
目を疑った。あの野郎、女連れじゃないか! コートを着ていたが、かなりかわいい娘だ。
「リリ! どうしたの、その人と!」
ぼくの隣りでも、あの娘が叫んでいた。
「え……?」
「あ……?」
ぼくと赤い髪の子は、手に甘酒の紙コップを持ったまま、互いに顔を見合わせた。
「あなたの友達って?」
「あなたの友達って?」
異口同音。ここまでくれば、何が起きたかは明白だった。きょとんとした遅刻者たちの前で、ぼくとその子は、横隔膜が破れるんじゃないかと思うくらいに大笑いをした。
秀雄の話では、道に迷った、その里利とかいう女の子の道案内をしていて遅くなったのだという。携帯でぼくとの連絡を取ろうにも、家に忘れてきたらしい。赤い髪の女の子を待たせていた、コート姿の里利ちゃんのほうは……理由は説明すると長くなるのだが、携帯は持っていても使いたくなかったそうだ。蓼食う虫もなんとやら、珍しい娘もいるものである。
普通だったら、これだけ人を待たせたら、ぼくは秀雄のやつにグーパンチの一発でも食らわせるところだが、ぼくはそうはしなかった。
気持ちは理解してくれるよね?
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~ Comment ~
おぉ!!!こういうお話は大好きです!
そして、くいつきもとてもいいなぁ。
ほんとに例のSFと違いますね。
参考になります。
でも例のSF、待っていたりして。
そして、くいつきもとてもいいなぁ。
ほんとに例のSFと違いますね。
参考になります。
でも例のSF、待っていたりして。
Re: ヒロハルさん
おすそわけとは望みすぎです。あなたには素敵な奥さんとかわいいお子さんがいるでしょっ(^^)
Re: 小説と軽小説の人さん
明るい話を書くのもけっこうたいへんだったりします。
だからその鬱憤を晴らすために明日からは暗い話を(っておい(^^;))
ご期待ください(だからおい(^^;))
だからその鬱憤を晴らすために明日からは暗い話を(っておい(^^;))
ご期待ください(だからおい(^^;))
いやはや……。どこかのだれかさんは正月早々酷い話を……。
新年は明るくて気持ちの良い話に限りますね!
ポール・ブリッツ様のお話のお陰で今年もやる気に満ちてきました。
新年は明るくて気持ちの良い話に限りますね!
ポール・ブリッツ様のお話のお陰で今年もやる気に満ちてきました。
- #9705 小説と軽小説の人
- URL
- 2013.01/03 22:04
- ▲EntryTop
明けましておめでとうございます!
正月早々、ほんわかラブストーリーでほっとしました。
どんな変化球がくるのかと、ちょっとだけヒヤヒヤしていたもので(^_^;)
今年もよろしくお願い致します<(_ _)>
正月早々、ほんわかラブストーリーでほっとしました。
どんな変化球がくるのかと、ちょっとだけヒヤヒヤしていたもので(^_^;)
今年もよろしくお願い致します<(_ _)>
- #9704 ミズマ。
- URL
- 2013.01/03 21:01
- ▲EntryTop
Re: LandMさん
これを書くのにはかなり苦労しました。
正月の神社を舞台にしたラブストーリーなんて、いくらでもありそうですから……。
四苦八苦ですよホント(^^;)
正月の神社を舞台にしたラブストーリーなんて、いくらでもありそうですから……。
四苦八苦ですよホント(^^;)
改めて、明けましておめでとうございます。
今年もLandMをよろしくお願いします。
正月らしいラブストーリーですね。
爽快なボーイミーツガールです。
今年もLandMをよろしくお願いします。
正月らしいラブストーリーですね。
爽快なボーイミーツガールです。
- #9701 LandM
- URL
- 2013.01/03 18:59
- ▲EntryTop
いいなぁ~
心温まる恋愛の始まり・・・みたいな
初詣から始まるラブストーリー
四季が進んで行くと共に二人の距離が縮まって、今年の大晦日に・・・
なんて(^^
心温まる恋愛の始まり・・・みたいな
初詣から始まるラブストーリー
四季が進んで行くと共に二人の距離が縮まって、今年の大晦日に・・・
なんて(^^
- #9700 レオ・ライオネル
- URL
- 2013.01/03 18:27
- ▲EntryTop
Re: 真城 青瑛さん
わたしは元朝参り派です。人は多くて元気をもらえそうだし、夜店で買う甘酒はうまいし、何よりいちばんご利益がありそうな時間帯だし(^^)
けっして一緒に行く相手がいないからじゃないぞ(T_T)
けっして一緒に行く相手がいないからじゃないぞ(T_T)
Re: ダメ子さん
モデルなどおらんっ(T_T)
これはすべて作者のわたしのかなちいかなちい妄想から生まれたひとつのファンタジーにすぎんっ(T_T)
たぶん行っても何も起こらぬっ(T_T)
……もう一度神社行こうかな(爆)
これはすべて作者のわたしのかなちいかなちい妄想から生まれたひとつのファンタジーにすぎんっ(T_T)
たぶん行っても何も起こらぬっ(T_T)
……もう一度神社行こうかな(爆)
どこかにモデルが?
私も初詣に行けばよかったです
…行っても何も起こらなくて余計むなしく
なりそうだから行かなくてよかったです
私も初詣に行けばよかったです
…行っても何も起こらなくて余計むなしく
なりそうだから行かなくてよかったです
- #9695 ダメ子
- URL
- 2013.01/03 16:15
- ▲EntryTop
Re: YUKAさん
新年ですから明るく楽しくと思ったんですが、暗くてシニカルで残酷なほうがよかったですか?(笑)
帰省、いろいろとあったでしょうけど、あまり無理はなさらないでくださいね。ゆっくりしろといわれたら、ゆっくりなさればいいのであります。
帰省、いろいろとあったでしょうけど、あまり無理はなさらないでくださいね。ゆっくりしろといわれたら、ゆっくりなさればいいのであります。
Re: 矢端想さん
正月でも暗いほうがウケるんですか? それならばわたしにも考えが(笑)
それにしても筆が進まん。
それにしても筆が進まん。
気持ちはわかりますよ~~(笑)
新年早々、ほっこりする話でした^^
ありがとうございます♪
帰省しました~~^^
ゆっくりできたような、できなかったような。。。
ま、いっか。
今年もよろしくお願いします^^
ありがとうございます♪
帰省しました~~^^
ゆっくりできたような、できなかったような。。。
ま、いっか。
今年もよろしくお願いします^^
いい話だなあ。
やっぱりお正月はこういう話でなくてはいけませんね。
ポール先生の「お手軽ご都合恋愛小説」もだんだん快感になってきました(笑)
やっぱりお正月はこういう話でなくてはいけませんね。
ポール先生の「お手軽ご都合恋愛小説」もだんだん快感になってきました(笑)
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Re: 山西 左紀さん
いや鋭意執筆中なんですよほんと。ウソじゃないって。ウソじゃないって。うあああああっ(^^;)