「紅探偵事務所事件ファイル」
雑記録ファイル
証拠
おれは最新型のサイクロン式掃除機と、大手掃除会社御用達の使い捨て雑巾、それに大量の洗剤とアルコールで、部屋の大掃除にかかった。
別に、おれの部屋が汚いというわけではない。どちらかといえば、おれの部屋はきれいなものであるほうに分類されるだろう。だがしかし、おれには、どうしても部屋をゴミはおろか塵ひとつないぴかぴかの状態に磨き上げておく必要があったのだ。
その理由は、ここから百キロメートルは離れた山中に埋まっていた。名義上のおれの父親である。むろんのこと、すでに息はしていない。死んで埋まってもらう必要があったのは、おれがその莫大な財産の一部をいただくためだった。海外から帰ってきた、品行方正以外なにもとりえのない妹に比べれば極端な放蕩者であるおれに対する分与など、遺言書からはすでに削られていることは前々からことあるごとにいわれていたが、ありがたいことに、法律では親族には最低限の取り分が保証されているのだ。パイがじゅうぶんに大きければ、かけらもそれに比して大きくなるというのは自明なことだ。
さて、おれもすぐに遺産がもらえると思うほどバカではない。七年間、ゆっくりと時を待つつもりだった。知っているとは思うが、死体さえ発見されなければ、人間が行方をくらましてから死亡が認定されるまで七年かかる。それはたしかにマイナスの面もあったが、プラスの面もあった。つまりだ。単なる失踪事件のそれと、殺人のそれとを比較すれば、警察の初動捜査には天と地の開きがあるということなのだ。
誰にも見られない隙をついて、おれはあの父親を略取すなわち暴力をもって自分のマンションへ連れ込んだ。人間、背中にナイフを押し当てれば、後はロボットみたいに動くものだ。あらかじめビニールシートを引いていたマンションで、おれはすぐに父親を殺した。使ったものは鈍器だ。正確には穴を開けたバレーボールに詰め込めるだけ詰め込んだ、大量の硬貨である。死体が発見されても、警察にはなにを使ったのかはわかるまい。バレーボールもなにもかも、すぐにゴミに出してしまうつもりだし、硬貨は山から帰ってくる途中でコンビニをはしごし、小分けして募金箱に入れてきた。わざとアリバイ工作などは行わなかった。そんなことをして、目をつけられてしまったらどうするんだ。
その代わりに心血を注いだのが、「物証」の抹消である。死体の輸送に使ったランクルは、キーを抜いたうえで二十四時間駐車場にわざと置いてきた。人気の車種のため、今頃は勤勉な外国人によりばらされてウラジオストックあたりへ行っていることだろう。父親を殺したときに着ていた洋服やその他、手がかりになりそうなものはことごとくユニクロで買ったどこにでもあるものだし、どのみちそれらもゴミ捨て場行きだ。警察が本格的な調査に乗り出す前のタイムラグに、おれはこのマンションから、殺人に関わった物的証拠は微粒子ひとつ残さず処分してしまうつもりだった。
「……そんな用心深いお前さんが、どうしてこんなところにいるんだい」
おれは刑務所の雑居房で、トイレの隣にござを敷いて座っていた。
「妹が、父親がいなくなってすぐに私立探偵を雇ったんだ。私立探偵は、まず真っ先におれのマンションへ来ると、おれが夜遅くに大掃除のようなことをしていることに気づいた。捜査令状を持った警官がおれのマンションへやってきて、にこにこしながらおれの掃除機とゴミ袋とその他いっさいがっさいを押収したのはその直後だった。後は鑑識の仕事だったそうだ。おれになにができたっていうんだ」
「でも、一介の私立探偵に、そこまで警察が動かせるものなのか?」
同房の空き巣狙いが聞いた。おれは首を振った。
「わからん。そもそも、妹は海外留学を終えて帰国したばかりで、私立探偵なんかにコネがあるとは思えないんだ。ヨーロッパのお嬢様学校だぞ。お友達だとかいっていたが、警察も一目置くような私立探偵の友達が、そんなお嬢様学校にいるだなんて反則だ」
「なんて探偵なんだ?」
「たしか……『紅探偵事務所』とかいっていたが……」
別に、おれの部屋が汚いというわけではない。どちらかといえば、おれの部屋はきれいなものであるほうに分類されるだろう。だがしかし、おれには、どうしても部屋をゴミはおろか塵ひとつないぴかぴかの状態に磨き上げておく必要があったのだ。
その理由は、ここから百キロメートルは離れた山中に埋まっていた。名義上のおれの父親である。むろんのこと、すでに息はしていない。死んで埋まってもらう必要があったのは、おれがその莫大な財産の一部をいただくためだった。海外から帰ってきた、品行方正以外なにもとりえのない妹に比べれば極端な放蕩者であるおれに対する分与など、遺言書からはすでに削られていることは前々からことあるごとにいわれていたが、ありがたいことに、法律では親族には最低限の取り分が保証されているのだ。パイがじゅうぶんに大きければ、かけらもそれに比して大きくなるというのは自明なことだ。
さて、おれもすぐに遺産がもらえると思うほどバカではない。七年間、ゆっくりと時を待つつもりだった。知っているとは思うが、死体さえ発見されなければ、人間が行方をくらましてから死亡が認定されるまで七年かかる。それはたしかにマイナスの面もあったが、プラスの面もあった。つまりだ。単なる失踪事件のそれと、殺人のそれとを比較すれば、警察の初動捜査には天と地の開きがあるということなのだ。
誰にも見られない隙をついて、おれはあの父親を略取すなわち暴力をもって自分のマンションへ連れ込んだ。人間、背中にナイフを押し当てれば、後はロボットみたいに動くものだ。あらかじめビニールシートを引いていたマンションで、おれはすぐに父親を殺した。使ったものは鈍器だ。正確には穴を開けたバレーボールに詰め込めるだけ詰め込んだ、大量の硬貨である。死体が発見されても、警察にはなにを使ったのかはわかるまい。バレーボールもなにもかも、すぐにゴミに出してしまうつもりだし、硬貨は山から帰ってくる途中でコンビニをはしごし、小分けして募金箱に入れてきた。わざとアリバイ工作などは行わなかった。そんなことをして、目をつけられてしまったらどうするんだ。
その代わりに心血を注いだのが、「物証」の抹消である。死体の輸送に使ったランクルは、キーを抜いたうえで二十四時間駐車場にわざと置いてきた。人気の車種のため、今頃は勤勉な外国人によりばらされてウラジオストックあたりへ行っていることだろう。父親を殺したときに着ていた洋服やその他、手がかりになりそうなものはことごとくユニクロで買ったどこにでもあるものだし、どのみちそれらもゴミ捨て場行きだ。警察が本格的な調査に乗り出す前のタイムラグに、おれはこのマンションから、殺人に関わった物的証拠は微粒子ひとつ残さず処分してしまうつもりだった。
「……そんな用心深いお前さんが、どうしてこんなところにいるんだい」
おれは刑務所の雑居房で、トイレの隣にござを敷いて座っていた。
「妹が、父親がいなくなってすぐに私立探偵を雇ったんだ。私立探偵は、まず真っ先におれのマンションへ来ると、おれが夜遅くに大掃除のようなことをしていることに気づいた。捜査令状を持った警官がおれのマンションへやってきて、にこにこしながらおれの掃除機とゴミ袋とその他いっさいがっさいを押収したのはその直後だった。後は鑑識の仕事だったそうだ。おれになにができたっていうんだ」
「でも、一介の私立探偵に、そこまで警察が動かせるものなのか?」
同房の空き巣狙いが聞いた。おれは首を振った。
「わからん。そもそも、妹は海外留学を終えて帰国したばかりで、私立探偵なんかにコネがあるとは思えないんだ。ヨーロッパのお嬢様学校だぞ。お友達だとかいっていたが、警察も一目置くような私立探偵の友達が、そんなお嬢様学校にいるだなんて反則だ」
「なんて探偵なんだ?」
「たしか……『紅探偵事務所』とかいっていたが……」
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

~ Comment ~
紅探偵と最後に書かれていて、「?」となったのですが、シリーズ物だと知り、過去作品を読んで納得しました。
バレーボールに硬貨を……の辺りで、くすりと笑い、ほほうと感嘆。
次回も匂わせる終わらせ方でしたね。
バレーボールに硬貨を……の辺りで、くすりと笑い、ほほうと感嘆。
次回も匂わせる終わらせ方でしたね。
- #9767 小説と軽小説の人
- URL
- 2013.01/14 20:22
- ▲EntryTop
Re: らすさん
実はこれ、シリーズ物の一作でして、主人公の探偵である紅恵美ちゃんの生い立ちその他はほかの作品内で語られています。
いちおうこちらにはこれを含めて五作ほどUPしてあります。目次のURLがこちら。
↓
http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-category-23.html
短い作品ばかりですのでお暇があればどうかご一読ください(^^)
いちおうこちらにはこれを含めて五作ほどUPしてあります。目次のURLがこちら。
↓
http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-category-23.html
短い作品ばかりですのでお暇があればどうかご一読ください(^^)
こんばんは(^_^)
面白いですね~
殺人事件の犯人視点で完全犯罪までの経緯が語られていくのかと思いきや、
実は捕まっちゃってたんですね~
犯人の妹の直感も鋭いですが、
彼女が雇った探偵もヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ!
面白いですね~
殺人事件の犯人視点で完全犯罪までの経緯が語られていくのかと思いきや、
実は捕まっちゃってたんですね~
犯人の妹の直感も鋭いですが、
彼女が雇った探偵もヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ!
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: 小説と軽小説の人さん
大学のころからのつきあいなのでもっと冒険譚を書きたいんですけど、なかなかうまく書けません。本格ミステリムズカシス。