幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片121「続由美子は笑った」

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     続由美子は笑った。自分でもわかる乾いた声だった。

    「神? 准教授が?」

    「バカかねきみは」

     中島准教授はぴしゃりといった。

    「そんなわけがないだろう。神になるかもしれないものは、あそこにいる」

    「……あのコンピュータが?」

    「神でなかったら、人類に対する助言者だ」

    「あんな機械が、どんな助言をするというんですか。昔のSFですか」

    「あの機械は、人類の滅亡の可能性について助言してくれたじゃないか。そこに関わるきみの存在も含めてね」

     中島准教授は、ポケットからリモコンのようなものを取り出し、ボタンを押した。

    「読んでみたまえ。SVELが吐き出した最新ほやほやの情報だ」

     壁に埋め込まれたモニターが、文字を打ち出し始めた。それは、おぞましい内容だった。退廃した人類たちが、廃墟の中でおのれ自身の肉を食らい無為にふける異様な未来。そしてそこには、続由美子の体細胞の関与が、はっきりと名指しされていたのだ。

    「これが真実だというんですか? 正気で?」

    「きみはプラトンを読んだことがあるか」

     なくもなかった。

    「イデア論がなにか関係あるんですか」

    「イデア論の話とも重なるが、ここで思い出すべきは、想起説だ。『アナムネーシス』というやつだよ」

    「たしか、人間が正しい知識を、正しい知識と知りながら知るということはどういうことかについての議論でしたね」

    「よくできた。対話編『メノン』でのあの議論だ。結論として、人間が正しい知識をそれが正しいと知るのは、魂レベルではもとからそれが正しいことを知っていながら忘れていて、新たに『知る』という行為で思い出すからだ、という考えが導き出される」

    「でもそれはおかしいですよ。後の『パイドン』では、それは数学やイデアといった、一部の知識に限定されていたはずです。それが……」

    「そういうことだ」

     続由美子にはようやく中島准教授のいいたいことがわかってきた。

    「つまり、准教授がいいたいのはこういうことですか。SVELが語った内容が正しいのは、SVELの、いや、SVELを走らせているコンピュータが、一種の『魂の記憶』として『これから起こる歴史』のイデアを持っているからだ、そしてコンピュータがそれを想起しているからだ、ということですか」

     中島准教授は拍手をした。

    「そのとおりだ。大変すばらしい」

    「バカじゃないんですか! 歴史というものは、イデアなんですか! そんなわけないでしょう!」

    「そのとおりだ。歴史はイデアではない。イデアかどうかと問うこと自体が無意味な代物だ。未来の歴史というものは、イデアでもあり、イデアでもないといえる。それがわれわれの結論だ」

    「イデアでもあり、イデアでもない? それってどういうことです?」

     続由美子は混乱した。混乱の中で、ある言葉に思い至り、青ざめた。中島准教授は、顔色が変わったのを察したのか、さらに手を激しく叩いた。

    「そうだ。きみはたしかに、優秀な学者だ。われわれはこう考えている。未来の歴史というものは、不完全性定理のいう『正しいとも正しくないともいえない文』なのだとね」
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    中島准教授が考えているのは、重要な戦略物資である続由美子の身体とガン細胞を手にしたまま、日本がはるかな将来にまで覇権を握るために、なんとかしてガン細胞のIPS細胞化の秘密を引き出そう、ということです。それを手中にしてから、まだ真偽が確定していない未来を変更すればよい、と考えているのです。

    その行為自体が、原因と結果の気の遠くなるような連鎖の一部なのですが……。

    結果が先にあり、その結果を生み出すために過去を導いている行動なのかな。

    中島准教授のしていることは何だろう。
    けっして素晴らしい未来にも見えないのに不思議だ。
    それとも何か違うものが彼には見えているのかな。
    由美子が提供する場合、しない場合
    違う選択も考えているのかな

    Re: 矢端想さん

    あれから十数年していい具合に煮詰まったかな、と思ったらまだどろどろぐちゃぐちゃしていて議論がちっとも整理されていなかったという罠(^^;)

    あのとき発表していなくてよかったと思うも、このブログにUPするのにふさわしいタイプの作品だったかどうか考え直している今日このごろ(^^;)

    隠れて別ブログ作って木幡修也名義で問うたほうがよかったかもしれない(^^;)

    ちなみに断っておきますが、ここで展開されている議論は哲学プロパーのかたから見れば噴飯もののいいかげん極まる代物ですので本気にしてテストなんかで答えないでくださいね(^^;)

    ますます衒学的になってきましたな(笑)
    時空を越えた何が何だかな論理の展開にまた「ドグラ・マグラ」を思いだしました。
    ここで脱落する読者が出なければいいのだが・・・(汗)
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