幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片222「追っ手は来ないようだった」

     ←断片221「幻想帝国は理想郷ではなかった」 →断片223「王女様は少年にとって」
     追っ手は来ないようだった。それどころか、先ほどの関のあった村の辺りから、炎があがっているのまで見えた。詩人は、自分のはったりがきくほどこのあたりの人間が迷信深かったことに安堵した。

    「それにしても」

     詩人はつぶやいた。

    「お前はどこまでぼくたちの話を理解していたんだ」

    「ほとんどわかりませんでした」

     砂河鹿はそう答えた。どこまで正しいことをいっているのか、詩人には見当すらつかなかった。だってそうだろう。詩の形式に乗せなければ普通の人間が日常使う世俗言語を半分も理解せず、『本読み』だけが知っている、すでに死んだといってもいい古語、『統制言語』でないと理解しない人間がいるなどと、そんなことがおいそれと信じられるものか。

    「ぼくが馬鹿だったのか、お前が利口にすぎたのか。まあいい、これで会話は普通にできるわけだ。問いに答えてくれ、隠者は『本読み』なのか。『本読み』なんだろう?」

     砂河鹿はあっけらかんとして答えた。

    「本ってなんですか?」

     詩人はらくだからこの醜い女を蹴り落としてやろうかと半ば本気で考えた。

    「本を知らないのか? 本なしに、隠者とやらはどうやってお前に統制言語と統制文字を教えたのだ? それと大量の詩と、伝承。どうやって?」

    「隠者は文字と発音を教えてくださいました。詩や物語は、全部口伝えです」

    「あれほどの量を?」

     詩人はかぶりを振った。できないことはないだろう。自分も千冊にのぼる分厚い統制文字の書物を読み通したではないか。ほとんどは無味乾燥な歴史書だったが、その中に書かれていた無数の古詩を暗誦できる。それもこれも、好きだったからだ。

    「砂河鹿……」

    「なんですか?」

    「お前は、隠者が好きか?」

     砂河鹿は醜い顔をゆがめた。微笑んだらしい。

    「はい。とても」

    「お前を放り出したんだろう? この砂漠と荒れ野の真っ只中に」

    「隠者さまは使命を課されたおかたです」

    「使命?」

     詩人は首をひねった。

    「誰に課されたのだ?」

    「わたしにいっても意味がないとおっしゃっておられました。いまだそのときではないと」

    「そのときっていつだ」

    「かつて神童と呼ばれ、今は追放され詩人となっている若者に出会うそのとき」

     詩人は頭をどやしつけられたかのように感じた。

    「神童? 詩人?」

    「ご主人様はそういうおかたではないのですか?」

    「思い当たることは山ほどあるさ。ぼくをからかっているんじゃないのか、砂河鹿? お前は、ぼくを、旅の前からぼくを、隠者とやらは待っていた、そういいたいのか?」

    「旅の前からではありません」

     砂河鹿は歌うように、澄んだ声でいった。

    「旅の前から、はるかはるか前から、ずっと隠者さまはご主人様を待っておられたのです」

    「誇張するのもいいかげんにしろ」

     詩人はいった。
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【断片221「幻想帝国は理想郷ではなかった」】へ  【断片223「王女様は少年にとって」】へ

    ~ Comment ~

    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【断片221「幻想帝国は理想郷ではなかった」】へ
    • 【断片223「王女様は少年にとって」】へ