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    「ショートショート」
    恋愛

    鏡よ、鏡

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    「……鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは、だあれ?」

     風呂上がりに、そんな言葉を鏡に向かってかけてみる。その答えはわかっている。

    『……それは、鏡に映ったあなたの姿』

     そうなのだ。深層心理により、鏡に映った自分の姿は、自分の目にはいいところばかりがクローズアップされて見えるという寸法だ。だから写真などをまじまじと見ると、自分の思い描いていた勝手なイメージとはまったく違う姿に、がっかりするというハメに陥る。

     心理学など、うかつに勉強するものではない。ため息をついて、化粧とシャンプーの後始末に取りかかる。ひと山百円で売られているような文系あがりの野暮ったいOLの私生活など、こういうものだ。

     寝よう。明日も早い。ブラック企業ではない会社に勤められたことだけでも、よしとしなければ。



    「樋川くん。きみはパソコンを使っているのかね、パソコンに遊ばれているのかね、えっ、どっちなんだ?」

     こちらとしては、すみません、すみませんと頭を下げること以外にやりようがない。上司であるこの課長は、OLをいじめるのをこの世の楽しみのひとつにしているらしい。小言を黙って聞いていると、胸の奥にふつふつとなにかどろどろしたものが溜まっていくのがわかる。給湯室のうわさ話では、係長時代に火遊びをし、それが奥さんにばれて離婚寸前の騒ぎにまで発展した体験の怨みがこのような執拗きわまる口撃になっているのだそうだが、あんなやつと遊ぶOLなんて、ほんとうにいるのか、だ。

     ようやく解放されて、給湯室でお茶くみという名の気分転換をしていると、誰かが入ってきた。ちらりと見ると、経理の横田だった。どちらからともなく無言であいさつすると、やつは水道の蛇口から湯呑みに冷水を注ぎ、一息に飲みほした。

     まったく、陰気な男だ。生涯未婚率何パーセント、の欄に入るようなやつだろう。無趣味無教養、生涯をただただ数字の勘定だけに捧げているようなやつだ。

    「樋川さん?」

    「なんですか!」

     急に話しかけられて、ちょっときつい調子になってしまった。

    「……いえ。どうかしましたか、横田さん?」

    「どうということはありませんが、よかったら、悪口大会につきあっていただけませんか? 口の堅いバーを知っているんですが」

     そんな時間があったら帰って寝る、というところだが、なんとなく興味を引かれた。悪口大会よりも、口の堅いバーという言葉のほうに。

    「悪口ってなにをいうんですか」

    「上司のそれに決まっているでしょう。わたしはけさ、朝一番に来なかったという理由だけで、三十分もいびられたんですよ、経理課長に」

    「どうしてわたしが参加するんですか」

     とはいったものの、ちょっと行く気にはなっていた。

    「あなたのところの課長の怒鳴り声が、廊下まで響いてましたからね。あんなものを聞かされたら、ピックウィック氏でも鬱になる。悪口かなんかで発散したいんじゃないかと思ったんです」

     結局、承諾してしまった。



     悪口大会は、参加者二名の割には盛り上がった。意外というかなんというか、この横田という男、どうして経理なんかに配属されているんだろうと思うほど、文学や芸術作品について話題が豊富なやつだった。

     その点について聞いてみると、やつは答えた。

    「一般教養課程の教授が、ものすごく厳しかったんです」

    「というと?」

    「文学部の学生でも逃げ出すくらいの本を読まないと、単位をくれなかった。そんなことも知らずに、うっかり講義を取ってしまったんですよ」

    「ふううん。しかし、そこまで酒が飲めて、そこまでしゃべれるんだったら、いっそ営業の方が向いてない?」

    「営業は無理です」

     横田は何杯目になるかわからぬウイスキーをきゅっと飲んだ。痩せた身体はふらつきもしていない。

    「わたしは気に入った相手以外になると、なにひとつまともにしゃべれなくなるんです」

     それを聞いて、笑わずにはいられなかった。

    「なにそれ。ナンパかなにか? 女を誘う前に、鏡を見たら? ほら、そこにある」

     酔っ払った勢いというものはすさまじいもので、横田の首をねじり、無理やりバーの壁にある鏡に顔を映させた。

     はっとした。

     鏡の中には、いつも見ている横田とは違う、誠実で、知的で、それでいてたくましさを感じる男の顔があったからだ。

     混乱し、うろたえ、そして……。

     わたしは後ろも振り返らずにバーから逃げ出した。



     時が流れた。

     もし、あのときの相手が横田じゃなかったら、自分はどうしていただろうと考える。

     鏡よ、鏡。

     世界でいちばん美しいのは、だあれ?

     隣を見る。

     それはあの人の瞳に映った自分の姿。

     鏡よ、鏡。

     世界で一番醜いのは、だあれ?

     あの日バーから逃げ出した、曇った心の鏡に映った、自信もなにもない自分の姿。

     今日から横田へと姓を変えることになるわたしは、真っ白なドレス姿で、うちの会社の新しい経理課長となったあの人とともにゆっくりとバージン・ロードを歩いて行った。
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    基本的に恋愛ものはハッピーエンドで終わらせたいと思っています。

    愛するふたりが別れてしまうとストレスが溜まるのです。

    そのせいか、書いている本人さえ「安易かなあ?」と思われる展開と結末に。世の中うまくいかん。

    こんばんは^^

    うん、いいですね~^^
    ハッピーエンドだったと、読み終えてホッとしました。
    やっぱりハッピーエンドは安心できる^^
    特に深夜に読むとちゃんと寝れる(笑)

    脳が単純なのです、私。

    Re: レルバルさん

    それはわたしの神経がささくれ立っているからです。別のサイトの話ですが目の前で人間の精神の不合理をも許容する余裕を説いてしかるべき人に独裁者待望論を吐かれたら精神もささくれます。もうなにを信じればよいのだか。とほほほ。

    ハッピーエンドですねww
    珍しい(?)です。

    何かしらだいたいポールさんはバッドエンドの印象が。
    なぜだ。

    Re: ダメ子さん

    なにをしようと「モテないやつはモテない」のではないかと考えてしまいますが、敗北主義でしょうか(^_^;)

    普段は陰気なのに実は博学で肉食だなんて///
    普段隠してると映りがよくなるのかしら?

    Re: 矢端想さん

    「それってどんな『BOYS BE』?」っていわれて終わりな気がする(笑) まあ最近の少年少女は知らないかあんなマンガ(^_^;)

    しかしウン十年生きてきてまったく経験はおろか縁もゆかりもないようなファンタジーばかりを書くのも、これはこれでフクザツな心境だったりします。

    灰色の私生活(笑)……とほほほ(^_^;)

    ぱちぱち。ハッピーエンドおめでとう。

    恋愛ものばかり集めたら結構充実した短編集になりそうですね。ひとつひとつ短くて読みやすいし。売れそうだ。恋に恋する少年少女たちのバイブルになったりして。

    しかし、最近僕も描いてますが、ラブストーリーっていくつになっても気恥ずかしいなあ。特にポールさん得意の「恋が始まるきっかけ」の部分。やっぱりファンタジー(幻想?)ですね。「恋が始まるファンタジー」。・・・売れそうだ。即売会に出してみる?

    Re: 小説と軽小説の人さん

    ほんとはこれ、「鏡像異性体」をアイデアの核にした本格SFショートショートになるはずだったのですが、どういうわけか書いているうちにこうなって、ラブストーリーになってしまいました。

    世の中わからないものです。

    でもまあふたりを幸せにできたからいいや(前向きなのか何も考えていないのか……(^^;))

    人の脳が見せる世界なんてまがい物だらけなんですよ。

    でも、きっと、二人は本当の心が見えていたんでしょうね。

    • #10061 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.03/10 14:15 
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