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    幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片032「彼はその言葉を舌で転がすように味わった」

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     彼はその言葉を舌で転がすように味わった。ディア。どういう意味だろうか。

     娘はそんな彼の思いを先読みするかのように答えた。

    「大事な人ってことよ、マイ・ディア」

    「わたしに名を授けてくれるのか」

     彼は一瞬呆然とし、そして、娘を強く、思い切り強く抱きしめた。

    「痛い、痛いわ」

     その言葉に備わった若干の苦痛に、彼は自分が力を込めすぎていたことを知らされた。

    「すまない」

     彼は腕から力を抜いた。

     娘は、はにかむような笑顔を見せた。美しい、そう彼は感じた。

    「……いいわ。それだけ、嬉しかったんでしょうから」

     嬉しかったか、だって? 嬉しくないわけがないじゃないか!

    「嬉しかった。なによりも。名前というものは、そのものの本質を決めるものだ。そんなわたしに、あえて、『大事な人』という名を与えてくれたのだから、これ以上嬉しいことがあるわけもない」

     彼は心から答えた。なによりも、彼は名前すら思い出せないのだ。なにがこれから起ころうとも、娘のつけてくれたこの名前さえあれば、どんな状態においても間違えることなく、まっすぐに進んでいけるような気がした。

     彼は笑った。自分でもこんな気持ちになるのかと思うくらいの、晴れ晴れとした気持ちだった。

     娘も笑った。娘の笑顔も、自分に負けず劣らずの、心からの笑顔だ、そう、彼は確信していた。

     ふたりで過ごした間に何度となく感じた欲望が再び戻ってきていた。それは娘も同じようだった。

     ふたりは、どちらからともなくベッドに戻った。



    「……愛してる?」

     ベッドで隣に横たわる娘の問いに、彼は答えた。

    「妻に、永遠の伴侶としたいほど愛している。嘘じゃない」

    「……してくれる?」

     彼は娘を見た。

    「いいのか? わたしは……」

     名前も思い出せない人間なんだ。そう答えようとした彼の口は、娘の口で塞がれた。

    「あなたが、どんな人だってかまわない。だって、あたしをこんなにまで愛してくれたんだもの、悪い人じゃないことくらい、誰だってわかるわ」

     娘は、もう一度彼の唇に軽く唇を触れた後、立ち上がって服を身にまとい始めた。

    「どこへ行くんだ?」

    「大学へ行かなくちゃ。そして、カバ研や、ゼミのみんなにも紹介する。あたしの、この世でいちばん愛してる人をね」

     娘はそういうと、顔に様々な薬品のようなものを塗り、身支度を整えると、部屋を出て行った。あのような薬品など塗らないほうが、あの娘の姿は美しいのだが……。

     しかし、わたしはいったい何者なんだろうか?

     彼はベッドで考え始めた。わたしは、わたしは……王子……皇子! その言葉に行き当たったとき、すべてが奔流のように思い出されてきた。

     思い出してはいけない! 思い出すと!

     ……すべてが終わりになった。
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    その感情が本物ならば、人間は三日の逢瀬のためにも命を捨てられる、と考えるのは、わたしが実際の恋愛というものを体験していない愚かなロマンチストであるからでしょうね。

    そういう出会いに憧れる愚かなロマンチストだったせいで、いまだに周囲には女性の影もなし。とほほ。(^_^;)

    NoTitle

    最初の皇太子のイメージとの違いに戸惑うものの
    やはり恋をする男子の一途さが
    健気ですわ

    由美子にあった人生の彩り
    それも鮮烈に激しいものであったことが
    救いになる。
    そうでもなきゃ
    余りに悲しすぎる。

    Re: 山西 左紀さん

    書いていると話が構想どおりにならない可能性が出てきたのです。

    そのため最終節は超駆け足になってしまいました。

    こうなるはずではなかったのですが(汗)。

    Re: 矢端想さん

    「すまんがこの話は今月で終わりだ」

    「そんなあっさり!」

    とてもいい場面なんですけど、

    > ラブロマンスはじっくり描きたかったところですが
    (が、ですか)

    じっくり書いてほしかったなんて言ったら贅沢なんでしょうか?
    わがまますみませんでした。

    > ラブロマンスはじっくり描きたかったところですが

    そうですね。なんだかほぼゆきずりの身体接触だけの描写で由美子さんがビッチっぽいイメージになってしまうとしたら残念です。(男はたぶんこんなもんですけど)

    まあ、まだ先は長い!(たぶん)

    Re: limeさん

    続由美子とアヴェル・ヴァールのラブロマンスはじっくり描きたかったところですが、もろもろの理由でこんなところに配置されることになってしまいました。バランス感覚に欠けるといったらそれまでですが、書かなければならないことを書いてしまわないといけなくなり……うむむ。

    やっぱり、ディアは白馬に乗ってはいないけど、王子様だったのですよね。
    由美子にとっても。
    この接触が、物語にどう影響するのか・・・。
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