幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片033「跳ね起きた」

     ←断片032「彼はその言葉を舌で転がすように味わった」 →断片034「信じぬぞ……」
    (欠落。皇子アヴェル・ヴァールは?)跳ね起きた。身体にまとわりついた情報媒体が、ぬるりと滑ってぽたりと垂れた。

     誰かがそんな皇子アヴェル・ヴァールの身体を支えていた。

    「……ルジェ。離せ。わたしは妃に迎える。あの続由美子という娘を、妻として迎えるのだ! 迎えねばならんのだ! ひとたび約束した以上は、帝国の皇子は誇りにかけてそれを果たすのだ!」

     ルジェは静かな声でささやいた。

    「殿下。お気を確かに。殿下がご覧になったものは、夢でございます。反エントロピー波動が雑情報の渦から作り出した、一夜の夢に過ぎませぬ」

    「いいや」

     皇子アヴェル・ヴァールは首を振った。

    「あれは夢などではない。あれは現世でのことだ。続由美子と我は契りを交わし、愛を誓い、添い遂げることを誓ったのだ。離せ。ルジェ。離さんか!」

    「……殿下。わたくしめのいうことはまことのことにございます。殿下は生ける皇宮スヴェル・ヴェルームと、結晶楼閣のつむぎだす夢の中で、我を忘れられたのです。ご覧になってください。殿下、殿下の身体に這っているものはなんでございますか?」

     皇子アヴェル・ヴァールは身体を見た。そこには、かつてルジェの彫った蒼龍が、うねるように這い回り、皇子の身体をなめまわすかのように舌を伸ばしていた。

    「……殿下。鏡を、この水晶の写りをご覧ください。殿下の瞳は、何色にございますか?」

     そこには、皇子に特有の、貴腐葡萄酒のそれにも似た、黄金色の瞳が映っていた。

    「殿下。殿下は、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームにお仕えする、誇り高き皇子のひとりなのでございます。どうか、お気を確かに、帝国崩壊を食い止めようとされていた、毅然とした殿下にお戻りください!」

    「スヴェル・ヴェルーム……」

     その言葉に、皇子の瞳が輝いた。

    「そうだ。反エントロピー波動の知識さえあれば、再びこのスヴェル・ヴェルームの一部を使うことにより、何度なりともあの世界に、続由美子のいるあの世界に赴くことができるのだ。ルジェ!」

    「殿下……」

     ルジェは、憐憫を秘めた目で皇子を見た。

    「ルジェ! もたもたするでない、結晶楼閣へ、結晶楼閣へ飛べ! あのトリスメギストスのやつに、もう一度反エントロピー波動を発動してもらうのだ! 我はこのスヴェル・ヴェルームへもう一度潜る。なにをしている、ルジェ、いつまで我の身体をつかみ続けるつもりか。走れ! 走らぬか!」

    「殿下。よくお聞きください。もう一度反エントロピー波動を使うのは、無理なのでございます」

    「無理だと?」

     ようやく動くようになった身体で、皇子アヴェル・ヴァールはルジェの腕を振りほどいた。

    「どういうことだ、ルジェ? 答えようによっては、ただですむと思うな!」

    「答えようにも、事実をもって述べることしかわたくしめにはできませぬ」

     ルジェは諭すように皇子に向かい、しゃべった。

    「殿下。すでに、結晶楼閣は、存在いたしませぬ。崩壊し、情報のただ中へ、雲散し、霧消してしまいました。わたくしめがそこから生きて帰れたのも、なにかの僥倖だとしか思えませぬ。おそらくは、トリスメギストス師も、結晶楼閣と運命をともにし、雑情報のひとかたまりと化してしまわれたかと」
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    この話はまだちょっと続くんです(^^;)

    あとほんのわずかですから、どうかおつきあいください。

    続由美子とアヴェル・ヴァールのロマンスはもうちょっと書き込むつもりだったんですけど、ぐちゃぐちゃした構成をまとめているうちに収拾が(^^;)

    NoTitle

    なんとこれで終わりとは
    恋がこれから始まると言っていいくらいなのになぁ
    それでも二人の恋は二人だけのもの
    時空か宇宙か
    漂う二人の意識がどこかでまた会えることを祈ろう。
    何もないよりいいよ
    うん、絶対にそうだ。

    恋せよ!ポール

    Re: 矢端想さん

    いくらかでもコントロールがきくうちにソフトランディングさせないとそれこそ収拾がつかなくなってしまいかねず……。

    ハードランディングかもしれませんが。

    うむむ。

    夢が現実とちがうのは、どうしても身体感覚が薄い気がするところです。触覚、味覚、臭覚などの生々しさが薄いというか。
    でもこの幻想帝国ではもとからすべてが夢のよう。形而上と形而下の狭間で皆生きてる世界と言ったイメージです。
    物語はもう何が何だかなドグラマグラ。

    ・・・えっ?もう最終章なんですか!?
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