幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片231「隠者はわずかに笑みを浮かべた」

     ←リングサイドにて →断片232「ぼくは信じません」
     隠者はわずかに笑みを浮かべた。

    「きみに聞こう。きみはなぜ、左手でなく右手を挙げたのかね?」

    「馬鹿にしているんですか! あなたが、右手を挙げろといったからではないですか!」

     いきりたつ詩人を、隠者は軽く手で制した。

    「そうだ。わたしが右手を挙げろといったから、きみは右手を挙げた。すると、こういうことにはなりはしないかね。わたしが右手を挙げろといわなかったら、きみは右手を挙げなかった」

    「当たり前じゃありませんか。なにをいいたいんですか!」

    「簡単にいえば、こういうことだ。すべての物事には、『原因』がある。『結果』は、すべて『原因』があってこそなのだ」

    「当たり前ですよ!」

    「ならば、その『当たり前』のことを聞こう。きみのとった行動に『原因』があるのなら、きみの『意思』はどこに入ってくるのかね?」

    「え?」

     詩人は、なにをいわれたのだかわからなかった。

    「右手を挙げたのはぼくの意思ですよ!」

    「違うな。きみは、さっきのわたしとのやりとりを忘れたのかね。わたしが『右手を挙げろ』といったから、きみは右手を挙げたのだ。違うかな?」

    「それもそうですが、だったら、今度は左手でも挙げますか?」

    「自分の意思で?」

    「もちろんです」

    「それは現実とは違うな。右手を挙げるにせよ左手を挙げるにせよ、そこには『わたしに右手を挙げろといわれて腹が立っているきみ』、という原因、いや、前提条件がすでに存在するからだ。そこからさらに、右手を挙げたり左手を挙げたり、あるいは足を上げるかもしれないが、そういう行動を取るのには、われわれは無数の『原因』なり『理由』なりを探しあげることができる。そうすると、こうは考えられないかね。きみは無数の『原因』なり『理由』なりを処理するだけのからくりのようなものだと」

    「思いませんね。ぼくは人間だ、魂がある」

    「その魂そのものが『原因』や『理由』を処理するだけのからくりだったらどうなる?」

    「えっ……」

     詩人は言葉に詰まるのを覚えた。

    「学問が、その魂そのものの働きと特性、それに個人個人でそれがどう変化し、行動に反映するかを調べきってしまったら、そうしたら『意思』はどこに落ち着けばいいのかね?」

     詩人は反論した。

    「学問でそんなに詳しく『魂』の働きを調べることができるわけがありません!」

     隠者はほほえんだ。

    「学問は調べつくしてしまったのだよ。人間の行動がどのように機械的な反応と置き換えられるかということを。きみは『本』で読み、『詩歌』で聞いたのではないのかな? 人間よりもはるかに複雑な存在をこしらえ、それについて調べることで、人間の心や魂の働きを余すところなく解明してしまった、愚かなまでに賢い集団のことを」

    「それは……」

     隠者はうなずいた。

    「そう。それが、物理帝国と幻想帝国、そして統制官を名乗る馬鹿者どもがやってのけてしまったことなのだ。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームは、人間の似姿としてはこれ以上ないほどの存在だからな。その結果わかったことがこれだ。人間には意思はない。機械的反応があるのみだということ。機械的、の意味はわかるな? 本読みなんだから」
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    いったい人間に自由意志はあるのか、というのは非常に難しい問題です。人間が考えてわかる問題ではありません。

    でも、自分なりの立ち位置は押さえておかないと……うむむむ。

    NoTitle

    脳のここを弄れば幻覚を見るとか
    それも反応なのだろう。
    そうすると確かに機械とまるで変わらず
    ならいっその事、年老いて滅んでいく肉体を止めて
    機械だけにすればいいかと
    でも、それでは違う気がする。
    滅んでいくからこそ、産まれるものがある。
    歴史も栄枯盛衰を繰り返しながら、
    きっと何かを現代人に残している筈。
    幻想帝国も滅んでいるからこそ、何かを残せたのかもしれない。
    難しいなぁ〜
    ポールの迷宮に迷い込んでいる気がするわ

    Re: 矢端想さん

    「なんちゃってスピノチスト」です。(笑)

    ・・・要するにスピノチストなんでしょ?

    Re: 矢端想さん

    ここでの議論は、哲学の世界では昔から議論されているものです。

    「機械的決定論」といいます。

    決定論が正しいのかそれとも自由意志が存在するのかについてはなおも激論が戦わされており、いまだに結論は出ていません。

    わたしはどっちかといえば……って野暮ですね。(^_^;)

    おお、いよいよ「謎解き」がはじまったんでしょうか。
    さすがおもしろい、哲学科の面目役如ですな。

    これからどんな屁理屈・・・じゃなかった・・・真相が展開されるのか楽しみです。
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