幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)

    断片232「ぼくは信じません」

     ←断片231「隠者はわずかに笑みを浮かべた」 →断片233「それじゃ神の言語とはなんですか!」
    「ぼくは信じません。ぼくは意思して、意思の通りに動いています」

    「きみが、自分をそう考えるのは自然だし、そう考えて行動するのは別に間違ったことではない。単に真実とは違うというだけのことだ。さて、どうして人間は、すべての物事に『原因』を探して、しかも見つけ出してしまうのか。『原因が存在しない』ということを考えることもできないのはなぜなのか」

    「考えたくもありませんね。もしかして、それが『生成文法』とやらにかかわってくるんですか?」

     隠者はうなずいた。

    「わかってきたようだな。そう。人間は……いや、この世に存在するもののすべては、その基底に『因果律』を刻み込まれている。時間は過去から未来へ流れ、原因の後に結果が来る。そうしないと外界を認識することすらできないだろう。生活言語はもちろんのこと、きみの学んだ『統制言語』ですら、それから自由にはなっていない。『因果律』は、『生成文法』の根底に埋め込まれているのだ。生ける皇宮スヴェル・ヴェルームが神でない理由もそこにある。スヴェル・ヴェルームもまた、言葉で考える。言葉で考える以上、それは階梯ごとに分割し、ひとつひとつ、それがいくら異様でも、原因と結果の連関としての理屈を追えば、考えを再現することができる。その点で、スヴェル・ヴェルームは理解不能な存在に見えて理解不能では決してない。スヴェル・ヴェルームは、形や能力こそ違うが、『人間』なのだ」

    「それじゃあなたは、いったいなにが『神』だというんですか。『神』にも必要不可欠な条件があるとでもいうんですか」

     隠者は詩人の問いにひとことで答えた。

    「自由意志」

    「えっ?」

    「自由意志だ。『神』と『人間』を隔てる境界は、自由意志なのだよ。自由意志は、『因果律』に縛られてもいなければ、単なる『混沌』でもない。そういうものだ」

    「自由に意思して考えるぼくは神ですか」

    「先ほどまでの議論を忘れちゃ困る。きみやわたし、その他すべての存在の行動には、すべて『原因』がある。誰もそれから逃れることはできない。きみは神ではないし、わたしも神ではない。同様に、スヴェル・ヴェルームも神ではない。きみは、さっきわたしがいった『自由意志』について、それがどんなものであるかを論理的に説明することができるかね? じっくり考えれば考えるほど、それがどんなものなのかさえ、わからなくなってくるのではないかね」

     詩人は頭を振った。

    「そんな哲学みたいなことを振りまわすのはやめてくれ! ぼくは自由な人間だ!」

    「きみは自由ではないよ。きみは病床の王妃と、その娘の王女のために働いていて、大臣より王命を受けたから働いていて、詩歌を集めるこの仕事が好きだから働いていて、生きているから働いている。軽く挙げただけでもこれだけの理由や原因を数えることができる以上、きみは自由な意思で働いているわけではないのだ」

    「ぼくには自分が自由であることがわかっているんだ!」

    「世界がきみに対して開かれた存在であり、生き生きとしたものとして世界を感じ取ることができる、ということは、きみが自由であることとは何の関連もない。魂があろうがなかろうがきみが自由ではないように。もし、『自由意志』を持つ神がいて、その目からわれわれ、因果の鎖にからめとられることでしか行動できない人間たちを見れば、それは神にとって、神的に死体と変わらない存在、『神学的ゾンビ』だといえるだろう。逆をいえば、『自由意志』さえ持っていれば、それは人間だろうがらくだだろうが、そこらへんにうずくまっている砂漠蛙だろうが、神と呼んでさしつかえはない、ということでもある。そんな人間もらくだも砂漠蛙も、有史このかた存在したためしはないがね。あったとしても、神学的ゾンビのわれわれには、それと理解することは不可能だろう」
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    人間、「できることしかできない」ものだということを念頭においた上で、「そうであれば後悔だけはしないようにしよう」と考えるべきだとわたしは考えます。

    人間にも宇宙にも、「目的」というものはないのですから。

    NoTitle

    自分の意思で動かせるものなんて
    考えると僅かだよね。
    自分自身だって意思のままに動くのは
    体の一部にすぎない。
    飛べることも出来ない。
    心臓を止めることすら、自分の意思のままに止めることは出来ない。
    外部要因は別としてね。
    なりたいものに成れるわけでもない。
    なにゆえ、この不自由な身体をもって
    何をさせたいのやら
    何をさせたくないのやら
    よくわからん。

    Re: limeさん

    このアイデアは、アニミズムや多神教について考えていたときに思いついたものです。そういったものと一神教に通ずる「神聖さ」の根幹、「人はなぜなにかを崇めるのか」に対してのわたしなりの解答のつもりです。

    そこから、「そんなものはない」に行ってしまうのかどうかはまた話が別ですが。

    自由意思。・・・・じっと考えたけれど、自分にあるのかどうか、答えがでない。
    あったら、神に昇進なのに^^;

    ギリシャ神話のゼウスは、そりゃもう自由奔放に女性を追っかけていたから、自由な人だなとは思ってたけど(笑)
    そうか・・・。そうだったのか。

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