幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)
断片233「それじゃ神の言語とはなんですか!」
「それじゃ神の言語とはなんですか!」
詩人は叫んだ。隠者は答えた。
「きみがたどり着いた答えで間違いはない。神の言語は、われわれが使う日常会話の言語であり、きみも使える統制言語でもある。統制言語とは、傷ついたスヴェル・ヴェルームを再生し、再構築するために、すべての論理記号と、人間に判別可能なすべての発音を網羅して作り上げた人工言語だが、その基本は日常の言語と同じだ。そこには因果律がある。そして、もちろん、神も発話はできるだろう。だが神は、人間と違い、『自由意志』のもとで発話しているのだ。そしてわれわれにとって、自由意志に基づいての発話か因果律に基づいての発話かというその区別をつけるための手段は存在しない。それだけの話だ」
「あなたは神を見たんですか!」
隠者は首を振った。
「いや。スヴェル・ヴェルームの再構築という仕事をしているうちにわかってきたことを述べているまでだ。なにしろ、長い仕事だったからな。失敗以外の道がないことがわかるまでが特に長かった」
「幻想帝国のころから生きているような口ぶりですね。あなたは、いったい誰なんですか!」
隠者は、かすかに笑った。
「気高き人がつけてくれた名は、ルジェという。恋に狂って道を踏み外した哀れな皇子に最後まで仕えた男だ」
「ルジェ……! あなたは、本に出てきたルジェだというんですか?」
「何万年生きたかなど、すでに忘れてしまったよ。そうとも、わたしはルジェだ。皇子の過酷なまでの使命を拒みきれなかった男だ。皇子は、わたしに『死ぬ』ことを許してはくれなかったのだ。皇子アヴェル・ヴァールがおん自ら許さない限り、わたしはいつまでもいつまでも生き続けるのだ」
詩人は、はっとなった。
「ぼくがほしいのはその力だ! その力さえあれば、王妃様のご病気は!」
隠者……ルジェは首を振った。
「わたしにはその力はない。それに、王妃の後押しがなくとも、きみが奇跡を起こさなくても、あの王女は新しい王の妃としてじゅうぶんにやっていける。それが歴史なのだ」
「王妃様のお命をよくも軽々しく! どうしてそのようなことが!」
「わたしも未来の記憶のかけらを手に入れたからな」
「未来の記憶?」
「もともと、何万年も前のこと、わたしたちがきみの存在と未来のいくつかの情報を知ったのも、その未来の記憶が原因だったのだ。その原因の原因は、皇子アヴェル・ヴァールが反エントロピー波動により過去の情報を知ろうとしたことにある。その物語は、きみも伝承や詩歌で聞いただろう」
ルジェは遠くのほうに視線を向けた。
「反エントロピー波動は、情報の過剰なまでの計算を行うことにより、情報の海に一種の特異点を形成し、それにより雑情報から情報を引き出す技術だったのだ。だが、そのとき作られた特異点により、いくつかの時代の情報が散乱するはめになった。散乱はそれもまたそれで情報の因果律に従い、あるべき位置に納まった。一部は遥か過去へ飛び、続由美子のもとへ。一部は詩歌の断片として、幻想帝国崩壊後の未来へ。そしてこの時代でのきみの冒険は、帝国最盛期のあの時代へ、『未来の記憶』として……理解不能だという顔をしているな。それもそうだ、この時代で普通に生活していれば、この世界のすべては情報が因果律的に配置されただけのものだなどとは思いつきもしないだろう。しかし、それがほんとうのありかたなのだ。その端的な形が、結晶楼閣、この世界を別の論理空間に置き換えたつもりでいるだけの貧弱で脆い似姿だ。そうでもなければ、皇子アヴェル・ヴァールは、続由美子と接触などできるわけがない。きみもわたしも、この世界に存在するすべてのものは単なる『情報』でしかないのだよ。正確にいえば、われわれの宇宙は、物理的な存在の位置と状態の四次元的な記述だ。その総体くらいだな、『神』という名に値するものがあるとするならば。この世界の全ての記述としてある以上、そこにはただ必然があるのみで、それを自由かどうかと問うのは問題の立て方が間違っている」
詩人は叫んだ。隠者は答えた。
「きみがたどり着いた答えで間違いはない。神の言語は、われわれが使う日常会話の言語であり、きみも使える統制言語でもある。統制言語とは、傷ついたスヴェル・ヴェルームを再生し、再構築するために、すべての論理記号と、人間に判別可能なすべての発音を網羅して作り上げた人工言語だが、その基本は日常の言語と同じだ。そこには因果律がある。そして、もちろん、神も発話はできるだろう。だが神は、人間と違い、『自由意志』のもとで発話しているのだ。そしてわれわれにとって、自由意志に基づいての発話か因果律に基づいての発話かというその区別をつけるための手段は存在しない。それだけの話だ」
「あなたは神を見たんですか!」
隠者は首を振った。
「いや。スヴェル・ヴェルームの再構築という仕事をしているうちにわかってきたことを述べているまでだ。なにしろ、長い仕事だったからな。失敗以外の道がないことがわかるまでが特に長かった」
「幻想帝国のころから生きているような口ぶりですね。あなたは、いったい誰なんですか!」
隠者は、かすかに笑った。
「気高き人がつけてくれた名は、ルジェという。恋に狂って道を踏み外した哀れな皇子に最後まで仕えた男だ」
「ルジェ……! あなたは、本に出てきたルジェだというんですか?」
「何万年生きたかなど、すでに忘れてしまったよ。そうとも、わたしはルジェだ。皇子の過酷なまでの使命を拒みきれなかった男だ。皇子は、わたしに『死ぬ』ことを許してはくれなかったのだ。皇子アヴェル・ヴァールがおん自ら許さない限り、わたしはいつまでもいつまでも生き続けるのだ」
詩人は、はっとなった。
「ぼくがほしいのはその力だ! その力さえあれば、王妃様のご病気は!」
隠者……ルジェは首を振った。
「わたしにはその力はない。それに、王妃の後押しがなくとも、きみが奇跡を起こさなくても、あの王女は新しい王の妃としてじゅうぶんにやっていける。それが歴史なのだ」
「王妃様のお命をよくも軽々しく! どうしてそのようなことが!」
「わたしも未来の記憶のかけらを手に入れたからな」
「未来の記憶?」
「もともと、何万年も前のこと、わたしたちがきみの存在と未来のいくつかの情報を知ったのも、その未来の記憶が原因だったのだ。その原因の原因は、皇子アヴェル・ヴァールが反エントロピー波動により過去の情報を知ろうとしたことにある。その物語は、きみも伝承や詩歌で聞いただろう」
ルジェは遠くのほうに視線を向けた。
「反エントロピー波動は、情報の過剰なまでの計算を行うことにより、情報の海に一種の特異点を形成し、それにより雑情報から情報を引き出す技術だったのだ。だが、そのとき作られた特異点により、いくつかの時代の情報が散乱するはめになった。散乱はそれもまたそれで情報の因果律に従い、あるべき位置に納まった。一部は遥か過去へ飛び、続由美子のもとへ。一部は詩歌の断片として、幻想帝国崩壊後の未来へ。そしてこの時代でのきみの冒険は、帝国最盛期のあの時代へ、『未来の記憶』として……理解不能だという顔をしているな。それもそうだ、この時代で普通に生活していれば、この世界のすべては情報が因果律的に配置されただけのものだなどとは思いつきもしないだろう。しかし、それがほんとうのありかたなのだ。その端的な形が、結晶楼閣、この世界を別の論理空間に置き換えたつもりでいるだけの貧弱で脆い似姿だ。そうでもなければ、皇子アヴェル・ヴァールは、続由美子と接触などできるわけがない。きみもわたしも、この世界に存在するすべてのものは単なる『情報』でしかないのだよ。正確にいえば、われわれの宇宙は、物理的な存在の位置と状態の四次元的な記述だ。その総体くらいだな、『神』という名に値するものがあるとするならば。この世界の全ての記述としてある以上、そこにはただ必然があるのみで、それを自由かどうかと問うのは問題の立て方が間違っている」
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~ Comment ~
うむむ……
難しいです。
でも、つい読んでしまいますよね。
でも、よくわからないままです。
解決するのでしょうか?
不安……。
難しいです。
でも、つい読んでしまいますよね。
でも、よくわからないままです。
解決するのでしょうか?
不安……。
Re: 矢端想さん
たしかグレッグ・ベアの傑作「ブラッド・ミュージック」には「認識論的ブラックホール」というものすごいにもほどがあるガジェットが出てきました。それにくらべれば赤ん坊のジャブみたいな理屈です(^_^;)
全てが情報だ、というよりは、宇宙全ては情報として記述することが可能であり、われわれか感じている宇宙がどういうベースのうえにその情報を乗せているのかはわれわれには判別不可能、ということであります。
ルジェくんも気の毒な人で……(^_^;)
全てが情報だ、というよりは、宇宙全ては情報として記述することが可能であり、われわれか感じている宇宙がどういうベースのうえにその情報を乗せているのかはわれわれには判別不可能、ということであります。
ルジェくんも気の毒な人で……(^_^;)
因果を過剰なまでに計算し尽くすことで遥か未来のディテールまでわかる・・・なんとおそるべし理屈!
我々も含めたすべてが情報だけでできているなら、我々が実体とか肉体を持っているというのも幻想なのか?
物理学では、モノはみんな同時に波動であるという色即是空的世界観にまで到達してますが、そんなイメージがこの物語を理解する手だてになるのでしょうかね。
「あなたはいったい誰なんですか」で「あっルジェか?」と気付きました。すなわち、それまでな~んも考えずに読んでたということで・・・。
我々も含めたすべてが情報だけでできているなら、我々が実体とか肉体を持っているというのも幻想なのか?
物理学では、モノはみんな同時に波動であるという色即是空的世界観にまで到達してますが、そんなイメージがこの物語を理解する手だてになるのでしょうかね。
「あなたはいったい誰なんですか」で「あっルジェか?」と気付きました。すなわち、それまでな~んも考えずに読んでたということで・・・。
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Re: 山西 左紀さん
外から見るとどこが結末だ、といいたくなるかもしれませんが……(汗)