幻想帝国の崩壊(遠未来長編SF・完結)
断片234「おっしゃる意味がよくわかりませんが」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが……」
そういう詩人に対し、ルジェはどこか悲しげに答えた。
「そうだろう。幻想帝国の崩壊は、文明の崩壊をも伴うものだったからな。きみはこの世界でも有数の教養人だ。そんなきみとですら、わたしは話すのに多大な労力を使う。そして、砂河鹿に詩を教えるのはさらに困難なことだった。聞いてくれ、きみ。わたしは幻想帝国でも知恵のある人間たちが力の限りを尽くし、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの生をつなぎとめようとするさまを見てきた。皇宮が少しずつ骸と化すにつれ、帝国の政務が滞り、版図が狭まり、戦争が起こり、連絡がだんだんと途切れていくのを見てきた。偉大な建築物が瓦礫と化し、優れた人々が死に、生物もまた死に絶えていく姿を見てきた。脳の死とともに、生物体としての帝国が半身不随となり、壊死し、死んでいくのを見てきた。わたしは幻想帝国の崩壊を見届けるために生きてきたようなものだ。そして、今、滅びの過程の最後を締めくくるものとして、ここに砂河鹿とともにきみがいるというわけなのだ」
「滅びの過程の最後?」
「そうだ。スヴェル・ヴェルームはいまだ死にきっていない。生きているとも死んでいるともつかない姿で最期のときを待っているのだ」
「スヴェル・ヴェルームの骸はどこにあるのです」
「きみには見えないのか? ……見えるわけもないな。この星の人間にとっては、それが当たり前の姿だからな」
隠者は大地を手で示した。
「これがスヴェル・ヴェルームの骸だ」
詩人は目を見張った。
「これが? 乾いた大地と砂しか見えませんが……これが?」
「そうだ。この乾ききった大地と砂。これが、酷使のあまりに焼ききれて生命力を失ってしまった情報媒体の変わり果てた姿だ。役目を果たし終えて数万年を経ても、分解されないで残っているのだ。われわれも分解の方法は模索した。その最善の答えが、きみたちの主食になっている砂漠蛙であり、姫砂虫というわけだが、それでも人間を養える環境に変えるには、百万年単位の時間が必要だろう」
詩人は大地にひざまずくと、砂を手ですくった。
「これが……これが生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの骸? そして神の言語とは日常ぼくたちが使っている言葉? こんな……こんなもののために、ぼくはなにもかもを犠牲にして、命がけで王国中を歩き回っていたのか?」
「生ける皇宮スヴェル・ヴェルームを構成する情報媒体の総量は、きみが考えるよりもはるかに膨大なものなのだ。それこそ、惑星の全表面を覆いつくし、そして内部まで侵食していくほどに。帝国全盛時において、われわれはスヴェル・ヴェルームの情報媒体の海の上に建造物を作り、船のようにして生活しなくてはならなかったほどだ」
詩人は聞いてはいなかった。
「これが、これがほんとうのことなら、ぼくはこれからなにをして生きていけばいいんだ? なんのために?」
ルジェはいった。
「わたしとともに、幻想帝国の最終幕を目にしてもらうためだとしたら、役不足にすぎるだろうか? わたしはもう、墓守をするしかやることはないが、きみにはその若さと、詩歌を作る才能と、本を読んで身につけた教養がある。きみには生ける皇宮スヴェル・ヴェルームがその生を終わらせるさまを、その才能で歌にしてほしいのだ。それがわたしの願いだ」
「未来の記憶とやらを読んだのならば、ぼくがどう答えるかもわかっているんでしょうね?」
「わからない」
ルジェは首を振った。
「わたしが読んだ未来の記憶は、ここまでだ。未来の記憶では、わたしはここで『未来の記憶』を読むのをやめて、後はきみの決めるがままに任せた、ということになっている。きみがわたしの頼みを聞くかどうかは、意思が存在しない以上すでに決定していることではあるが、必ずそれをあらかじめ知っていなければならない、ということでもないだろう。どうする? きみは、スヴェル・ヴェルームの断末魔を見るか? 見ないか?」
「ぼくは……どうすればいいんだ?」
詩人はその手に砂をすくった。
そういう詩人に対し、ルジェはどこか悲しげに答えた。
「そうだろう。幻想帝国の崩壊は、文明の崩壊をも伴うものだったからな。きみはこの世界でも有数の教養人だ。そんなきみとですら、わたしは話すのに多大な労力を使う。そして、砂河鹿に詩を教えるのはさらに困難なことだった。聞いてくれ、きみ。わたしは幻想帝国でも知恵のある人間たちが力の限りを尽くし、生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの生をつなぎとめようとするさまを見てきた。皇宮が少しずつ骸と化すにつれ、帝国の政務が滞り、版図が狭まり、戦争が起こり、連絡がだんだんと途切れていくのを見てきた。偉大な建築物が瓦礫と化し、優れた人々が死に、生物もまた死に絶えていく姿を見てきた。脳の死とともに、生物体としての帝国が半身不随となり、壊死し、死んでいくのを見てきた。わたしは幻想帝国の崩壊を見届けるために生きてきたようなものだ。そして、今、滅びの過程の最後を締めくくるものとして、ここに砂河鹿とともにきみがいるというわけなのだ」
「滅びの過程の最後?」
「そうだ。スヴェル・ヴェルームはいまだ死にきっていない。生きているとも死んでいるともつかない姿で最期のときを待っているのだ」
「スヴェル・ヴェルームの骸はどこにあるのです」
「きみには見えないのか? ……見えるわけもないな。この星の人間にとっては、それが当たり前の姿だからな」
隠者は大地を手で示した。
「これがスヴェル・ヴェルームの骸だ」
詩人は目を見張った。
「これが? 乾いた大地と砂しか見えませんが……これが?」
「そうだ。この乾ききった大地と砂。これが、酷使のあまりに焼ききれて生命力を失ってしまった情報媒体の変わり果てた姿だ。役目を果たし終えて数万年を経ても、分解されないで残っているのだ。われわれも分解の方法は模索した。その最善の答えが、きみたちの主食になっている砂漠蛙であり、姫砂虫というわけだが、それでも人間を養える環境に変えるには、百万年単位の時間が必要だろう」
詩人は大地にひざまずくと、砂を手ですくった。
「これが……これが生ける皇宮スヴェル・ヴェルームの骸? そして神の言語とは日常ぼくたちが使っている言葉? こんな……こんなもののために、ぼくはなにもかもを犠牲にして、命がけで王国中を歩き回っていたのか?」
「生ける皇宮スヴェル・ヴェルームを構成する情報媒体の総量は、きみが考えるよりもはるかに膨大なものなのだ。それこそ、惑星の全表面を覆いつくし、そして内部まで侵食していくほどに。帝国全盛時において、われわれはスヴェル・ヴェルームの情報媒体の海の上に建造物を作り、船のようにして生活しなくてはならなかったほどだ」
詩人は聞いてはいなかった。
「これが、これがほんとうのことなら、ぼくはこれからなにをして生きていけばいいんだ? なんのために?」
ルジェはいった。
「わたしとともに、幻想帝国の最終幕を目にしてもらうためだとしたら、役不足にすぎるだろうか? わたしはもう、墓守をするしかやることはないが、きみにはその若さと、詩歌を作る才能と、本を読んで身につけた教養がある。きみには生ける皇宮スヴェル・ヴェルームがその生を終わらせるさまを、その才能で歌にしてほしいのだ。それがわたしの願いだ」
「未来の記憶とやらを読んだのならば、ぼくがどう答えるかもわかっているんでしょうね?」
「わからない」
ルジェは首を振った。
「わたしが読んだ未来の記憶は、ここまでだ。未来の記憶では、わたしはここで『未来の記憶』を読むのをやめて、後はきみの決めるがままに任せた、ということになっている。きみがわたしの頼みを聞くかどうかは、意思が存在しない以上すでに決定していることではあるが、必ずそれをあらかじめ知っていなければならない、ということでもないだろう。どうする? きみは、スヴェル・ヴェルームの断末魔を見るか? 見ないか?」
「ぼくは……どうすればいいんだ?」
詩人はその手に砂をすくった。
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宇宙を見れば、沢山の星が輝いている。
寿命が尽きてしまった星雲だとか、星も存在をしているように見える。
どう違いがあるのかわからない。
だって見えるのだもの。
幻想帝国ってそんなのかな
終わりの瞬間を長時間露光で写した写真のように
いつまでも輝いているような
寿命が尽きてしまった星雲だとか、星も存在をしているように見える。
どう違いがあるのかわからない。
だって見えるのだもの。
幻想帝国ってそんなのかな
終わりの瞬間を長時間露光で写した写真のように
いつまでも輝いているような
- #12954 ぴゆう
- URL
- 2014.02/25 17:40
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Re: レルバルさん
ほんとうはそこらへんの描写もしっかりやるつもりだったのですが、イメージ力不足で。すみません(汗)
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Re: ぴゆうさん
偉大な国家というものは、その骸もまた偉大なのだ、とわたしは思います。悔しいのはその偉大な骸を描ききれなかったということです。
やはりまだ書くには早すぎたのかなあ……。