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    「ショートショート」
    ユーモア

    原稿の書ける水

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    「ついにわしは突き止めたぞ」

     鰓井恵来博士、人呼んでエライエライ博士が天才であることはぼくもよく承知していることだった。あの源発騒動の記憶はまだ新しい。少なくとも、博士の天才ぶりはぼくを退屈させることだけはしないことはわかっている。だからこうして研究所に遊びに来るというわけだ。

    「それで、なにを突き止めたんですか?」

    「ふふふ、知りたいか」

     博士は愛用の椅子に座って、ふんぞり返った。器用な人だ。

    「聞いて驚くな。『芸術家がインスピレーションを得る手段』だ!」

    「芸術家が? インスピレーション?」

     ぼくは身を乗り出した。切実な問題なのだ。

    「そ、それって、あのですよ、ブログ作家が、原稿に詰まったとき、その手詰まりを打ち破って原稿がいくらでも書けるようになる秘密、ととっていいんですか?」

    「そうともいうな」

    「教えてください」

     ぼくは博士にむしゃぶりついた。

    「なんでもします。なんでもしますからぜひその秘密を!」

    「慌てるでない。教えてやるから、放せまったく。せっかくの白衣がしわくちゃじゃ」

     博士は、研究室の隅にある、一見したところ浄水器にしか見えないものに近づき、蛇口をひねった。コップに一杯の水を汲むと、ぼくの前に持ってきた。

    「ほれ、これが、その秘密じゃ」

     ぼくはその水にしか見えない液体をとっくりと見た。

    「水にしか見えませんけれど」

    「飲んでみろ」

     ぼくは意を決して飲んだ。

    「飲んだことがないくらいうまい水ですが、ただの水にしか思えませんよ」

    「ただの水じゃから当然じゃ」

    「このどこが、インスピレーションを得る手段なんですか!」

     エライエライ博士はにやりと笑った。

    「まあ座れ。いいか、芸術家というものは、それぞれ、書くための儀式のようなものを持っている。そしてそれは、多くの場合、食に直結している。ほれ、お前さんも、原稿を書くとき、なにか食べたり飲んだりすると、筆が進んだりはせんか?」

    「そういえば……ぼくは、特定メーカーのウーロン茶を飲むと、妙にキーボードを打つ手が早くなるんですが」

    「そう。そして、あるものは青汁を飲んだり、コーヒーを飲んだり、ウイスキーを飲んだりしてインスピレーションを得る儀式にしておる。中には、『飲まないと書けない』などというやつもいたりする。わしのいいたいことはわかるな?」

    「よくわかりませんが」

     ぼくは混乱する頭を抱えて答えた。いったい、この水と、そうした儀式と、どういう関係があるというんだ?

    「つまりだ。そうした儀式は、いわば一種の偽薬、プラシーボのような、心理的なものであるというわけだ。アルコールをいくら摂取したからといって、詩神が微笑んでくれるわけがないじゃろ。ウーロン茶でも同じことじゃ。じゃが、そうした嗜好品については、深刻な問題がある。副作用じゃ。例えば、コーヒーやウーロン茶は大量のカフェインを含んでおる。そんなものを毎日のようにがぶ飲みしていたら、身体をこわす。ジュースやコーラだったら、糖尿病が怖い。ウイスキーやジンといったアルコールに至っては、論外じゃ。そこでこの水の出番となる」

     博士はもう一個のコップに浄水器から水を注ぎ、ぐいっと飲んだ。

    「この浄水器の水は、わしがいうのもなんだが、なかなかうまい。それに、主成分はH2Oと微量のミネラルじゃから、健康に害を及ぼすこともない」

    「ということはなんですか。この浄水器を売り込むのに、『これを飲むと原稿が書ける』とか、『これを飲むと霊感がひらめく』とかいう噂をばらまくわけですか」

     博士はまたもやにやりと笑い、携帯を取り出すとアドレス帳を開いた。

    「この手の話に弱くて影響されやすい芸術家連中の名簿はすでにできている。あとは噂をばらまくだけだ。この浄水器の水は、それだけで十分うまいからな、健康を害しておる芸術家に対する無害なよい代替物になるじゃろう。そして、わしの研究資金にもなるわけじゃ。まだ出願中じゃがうまい水を作るフィルターについては特許も取れそうなことじゃし、きみには、この浄水器を売るための、わしの秘書みたいなものをやってほしい。どうせ、ヒマじゃろ?」

     ぼくは喜んで仕事を手伝うことを誓った。



     浄水器は、ぼくがびっくりするくらい売れた。販売ルートをまるで秘密結社のそれみたいにしたせいか、口コミが口コミを、噂が噂を呼んで、「プロの作家なら持っていないと恥ずかしい」くらいの魔法の機械になってしまったのだ。ぼくは毎日のように電話注文と、ネット注文をさばくのにてんてこ舞いだった。

    「博士、感謝のメールのプリントアウトです」

     ぼくはコピー用紙でぎっしりの段ボールをどさっと博士の目の前に置いた。

    「おおっ、こんなに。これほど芸術家の健康に貢献できて、わしはなんという果報者じゃ。なになに……」

     読んでいるうちに、博士の表情はだんだんと渋いものに変わっていった。

    『この浄水器でいれたブラックコーヒーはすさまじくうまいですね。ポットに何杯も飲んでいます。すごく執筆がはかどります』

    『浄水器の水で炊いたご飯を丼に十杯食べています。もう今日は脚本を三本書きました』

    『浄水器で作った水割りのうまいこと! 一日に角瓶一本だったのが、今は二本です。ばりばり原稿が書けます。これも博士のおかげです』

     博士は、がっくりと肩を落とした。

    「……結局、なにか。わしは、芸術家の健康についてはなんらの寄与もできなかったのか」

     そんなことはありません、博士。ぼくは叫びたいのをこらえた。

     三食をカップ麺で済ませなければならなかったくらいのぼくの生活事情は、博士のこのバイトで、劇的に改善したのだ。それこそ、毎日原稿が書けるほどの余裕ができるくらいに。

     古人曰く。『衣食足りて芸術を知る』
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    ~ Comment ~

    Re: いもかるびさん

    調べてみたら孔子様じゃなかった(汗

    Re: いもかるびさん

    飲料水にかかるお金を削減し「たように思い」つつ、アイデアが湯水のように湧い「たように思え」てきて、ついでに肥満も解消「したと錯覚」する浄水器です。お間違えなく(笑)

    「衣食足りて」ですが、単純に、「メシが食えないとのんきに小説なんか書いていられない」ということであります。即物的だなあ……。(汗) もちろんご存じのごとく、もとの文句は「礼節」ですからね。孔子様って偉大だなやっぱり。

    欧米のほうではインテリの人に芸術を志す人が多いというよりは、インテリの人に「妙なものを面白がる」技術があって、それが社会的に認知されているということではないでしょうか。日本で「妙なもの」を面白がったら最後、社会的に疎外されてしまいますから……。

    この浄水器があれば飲料水にかかるけっこう馬鹿にならない経費を削減しつつ
    アイデアが湯水の如くあふれでてきてついでに肥満症も解消できるというわけですね。
    うっひょーい。

    と、ローソンの麦茶のみながら読んでました。ウーロン茶より軽いせいか減りもより激しいのが玉に傷。
    子供のころはウーロンは缶一本のむのもかなり辛かった記憶があります。
    あのしぶいのが子供の口にはつらく、これが大人の味かぁとか思いながら飲んでました。

    古人曰く。『衣食足りて芸術を知る』

    生活に余裕もてないと新しい事に挑戦したり良い物をみたりする機会をなかなか作れない。
    良い物に遭遇したとしてそれに気づく余裕もないので芸術センスが磨かれずにとまってしまう
    的な事なんでしょうか、やはり。

    あくまで私のイメージですが欧米の人などは芸術を専攻する人もインテリの人が多い気がします。

    Re: 美香さん

    だからこの水の効果は、プラシーボ、暗示ですってば(^_^;)

    ほんとに原稿がすらすら書ける水があったら……わたしだって欲しい(^_^)

    そもそも行き詰っていない人なんているのか?(^_^;)

    こんばんは^^

    おもしろい~^^
    スラスラ読めて適度な長さ(#^.^#)
    内容も浄水器の売り込みw
    私にもくださいな^^
    ・・・行き詰ってます(^_^;)

    Re: ダメ子さん

    ぬう、ア○アクララのメーカーに売り込みに行こうとしていたのがどうしてバレた! ……ってアクア○ララは浄水器じゃなかったな(笑)

    えーしー(違) 

    Re: 小説と軽小説の人さん

    浪人生のころインスタントコーヒーを飲みすぎて昼夜逆転になり、ものすごく苦しんだことがあります。胃袋も荒れましたし。

    コーヒーでも水でもまずは適量を知ることからでしょうね。

    水にしても、「水中毒」とかあるそうですからねえ……。

    これ以上面白い話を書かれたらくやしいので
    JAROに電話しようかと思います

    浄水器水で割り過ぎ(笑)
    面白かったです^^
    もしかして、これこそが宣伝だったり……。

    自分もコーヒーから水にしようかな
    • #10096 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.03/17 15:46 
    •  ▲EntryTop 

    Re: しゅんそくさん

    はじめまして。おほめいただいてありがとうございます。

    ショートショートのカテゴリにはこういう話がけっこうそろっていますので、ぜひほかのものもお読みになってみてください。自信作ばかりですよ~!

    Re: limeさん

    エライエライ博士は、「源発反対!」 http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-entry-1385.html にも登場しています。ユーモアSF用のマッドサイエンティストとして作ったはずですが、今回の発明品はまともでしたね(^^;)

    それからなんですが、アルコールはよしたほうがいいです。大学のころいやというほど思い知らされましたが、眠くてだるくなるだけで、アイデアなんかわきはしません。

    あんなものを飲むよりは市販の浄水器のほうがまだマシかと。

    わたしも小説を書くよりも、うまい水を作る浄水器を研究する道に進んだほうがよかったのかなあ。(←根っからの文系がなにをいっている(笑))

    Re: 火消茶碗さん

    わたしは喉が渇きやすいので、たいていパソコンに向かうときはちょいちょいサ○トリーのウーロン茶を飲みながら書いています。

    まあそこらへんなら健康的かもしれませんが、真っ白な原稿の前で固まってしまうと、気分転換になりはしないかと、ちょいちょいがぐいぐいになり、消費量が半端ではなくなってしまい、気がついたらカフェインのせいで目はぎんぎん、いつ寝るんだ、ということに。(いつも「自炊日記」に出てくる栄養士さんから「だったら麦茶にしなさい」といわれてしまったくらい(笑))

    それでもわたしなんざまだ軽いほうで、無頼派を気取って「酒を飲むと原稿が書けるんだ」などということになると、作家の中島らも先生みたいにアル中がひどくなってしまったりします。(「飲むと原稿が書ける→原稿を書くために飲む→飲まないと原稿が書けない→飲むせいで原稿が書けない」というアル中へのステップの描写は怖かったなあ)

    そういった儀式がなくても原稿を書けるなら、無理してそんな儀式を作らなくてもいいのではないでしょうか(^^) 作るにしても、なにかのおまじないを唱えるとか、気に入った音楽を聴くとか、コンビニで売っているような安いアロマオイルを焚いてみるとか、そういった「毒にも薬にもならないし金もかからない」ことのほうがいいと思います。

    アメリカのある有名な脚本家は、「雨の日でないと原稿が書けない」というくせがあり、自宅の家の屋根にスプリンクラーを取り付け、スイッチ一つで窓の外はすぐに雨の雰囲気になったそうであります。まあ身体に害はないけれど、それもそれで困った人だなあ(^^;)

    Re: 矢端想さん

    「エンダーのゲーム」などで有名なアメリカのSF作家、オースン・スコット・カード先生の書いた「小説家になりたい人が守るべき十か条」の一番最初の戒めが記憶から離れません。

    SFマガジンの紹介記事で読んだだけですが、カード先生いわく「勤めをやめるな」。

    まったくもってその通りだと思います。

    悪い意味でハングリーになるというのもよくわかります。中島敦の「山月記」よりも現実は残酷ですからねえ……。

    おもしろい。読みやすくていい

    これはうまい商法ですね。
    どこをつついても詐欺だという証拠は出てこないし、「効能には個人差があります」という注意書きで万事OK。
    この人、これだけで食べていけます。まあ、売り出しの趣旨はちょっとずれてしまったようですが。

    私は、お腹が満たされるとまったくインスピレーションが浮かばないので、いつの間にか満腹を恐るようになりました。
    でも、アルコールはどうだろう。
    もう5年もお酒を絶っているけど、もしかしたら・・・とか。
    いや、きっと寝てしまうだけでしょうね。

    この浄水器、ください。

    読ませていただきました。面白かったです。

    この話がどのくらい作者本人が投影されているのか分かりませんが、疑問があるんです。

    インスピレーションを得るのに儀式的になにか飲み食いするというくだりです。そういうもんなんでしょうか?そうならぜひやってみたいなっと。ウーロン茶でいいですかね。

    『衣食足りて芸術を知る』
    まことその通りだと思います。

    さるメジャーな美術団体で委員も務める高校時代の美術科の恩師は、以前会った時「絵を描くにも会社は辞めてはいけない」と言いました。悪い意味でハングリーになるというのです。対照的に「会社を辞めて絵を描け」と言った予備校時代の恩師もいます。

    昔は小説家とか画家とかの道楽稼業は家が裕福でないとなれなかったものです。
    「高等遊民」って言葉に憧れたもんです。
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