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    ある一日

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     気分がすぐれない。朝目が覚めてもなかなか起き上がれない。目覚ましが鳴ってから起き上がるまでに五分もかかってしまった。すでに朝は四時をまわっている。少なくとも陽が上る前に起きられたんだ、と自分を励ます。

     朝食はできあいのものを食べることにする。うつうつしていて作る気力がわかないのだ。オーブントースターでピザトーストを三枚焼き、一リットルの牛乳で流し込む。前日に買っておいたコールスローサラダで脂分を流し、最後にコーヒーで締める。気分がすぐれないのには変わらない。皿とマグカップを洗ってからテレビをつける。ニュースを見る。気が重くなるようなニュースばかりだ。デイトレーディングのためにパソコンに売買の指示を入力。このニュースでは、相場はあまり動かないだろうが、念には念を入れなくてはならない。このご時勢、一歩間違えると、奈落の底だ。いやな話である。

     インターネットで話題を仕入れてから、駅に向かう。会社に行かなくてはならないからだ。休みたいのだが休むわけにも行くまい。早朝ということもあり比較的電車が空いているのが唯一の救いだ。だが、その救いのために、出社時間まで駅前で三十分も時間をつぶさなければならないのはつらい。しかたがないから思い切り回り道をして、いつもどおり会社が開く十五分前にビルにたどりつく。誰も来ていない。これが時代というものだろうか。ガムを噛みながら待っていると、守衛がようやく扉を開けに来た。どことなくこちらを笑っているように感じる。あまりいい気持ちではない。

     業務が始まる。中間管理職というものはつらい。人の三倍気を使い、人の十倍働いて、人の二十倍のストレスを感じながら、周囲にはそれと気取られないようにふるまわなければならない。そうでもないと人並みの賃金はもらえないのだ。どことなく部下たちもぴりぴりしているように感じる。これではいけない。意思疎通が十分でないと十全な仕事はできないものだ。苦手だが、今晩は飲みに誘ってみるか。いやいやながらも、彼らは来るだろう。はやりの店など知らないので、いつもの個人営業の居酒屋になってしまう。うんざりしていることだろうなきっと。

     昼飯を食べに食堂に行く。ストレスばかり感じているせいか、ものを食べないとおさまらない。カツ丼とラーメンをかきこむ。味などわからない。単に腹に物がたまっていくだけだ。それでもなにか食べないといけない。仕事にさしさわりがあるからだ。食後に会社に戻り、時間をつぶすため司馬遼太郎を読む。ひとつも面白くないが、内容は頭に入れておかなければならない。いつ質問されるかわからないからだ。的を得た回答ができなければ、上司も部下も離れていくに違いない。考えるだけで憂鬱だ。

     午後は会議。いやな時間だ。積極的に発言しなければ査定にマイナスがつくだろう。かといって的外れな意見ばかりでも査定にマイナスがつく。微妙な力の配分が要求される。今日の会議は、新商品のセールスに関するものだ。どう考えても畑違いの分野だが、それだからこそ発言しなければならない。考えろ。朝のニュースや経済動向、それから昼に読んだ司馬遼太郎まで動員してなんとか意見らしいものをでっち上げるのだ。

     今日の会議は長引いた。胃が痛くなる時間だった。専務が肩を叩いた。左遷だろうか。口ではこちらをほめちぎっているが、裏ではきっと査定をマイナスにすることしか考えていないに違いない。なにが、「きみはいつも風穴を開けるような斬新な意見を打ち出してくるね」だ。「社長がきみを次期部長にと」だと? うそをつけ。とはいえ、話を合わせておかなければまずいだろう。派閥抗争を生き残るのには、まずは全身を耳にすることだ。その後は、残った部分を目にし、それから全身で考える。こういうことは生来苦手なのだ。だが、そんなことも知らずにサラリーマンになってしまった以上、やらなければならない。やらなければ、明日の路頭に迷うのは自分なのだ。銀行口座にいくらあったところで、ハイパーインフレにあったらたちどころに飛んでいく。泳げなくなったら、死ぬのだ。

     残業がなかったのは幸いだった。これで残業まであったら、疲れ果てて死んでしまうところだ。顔では喜んでいるふりをしている部下を連れて、新味のない居酒屋へ行く。ひとりで飲んだほうがまだましなのだが、ひとりで飲んだら底なしの暗い酒になることがわかっている。しかたない。部下たちの前で、自分を殺して飲むしかない。そしてこういうときに限って、部下が相談事を持ちかけてくるのだ。課長、どうしましょう。知るもんか。課長、喜んでください。うるさいから黙れ。そういいたいのをこらえながら、顔ではにこやかにしていなければならない。地獄のような時間だ。

     アルコールによるいやな身体の重さを感じながら家にたどりつく。この世で泳ぎ続けるには、日々の努力が大事なことはよくわかっている。深夜までかけてビジネス書を読む。最近の潮流についていくだけで精一杯だ。こんなことまでせずに上からの命令をさばくだけの仕事をしていたらどれほど楽だろうと思う。しかし、自分はこの世界に生きていく身なのだ。一日の遅れは将来において禍根を残すとわかりきっている以上、努力しなければならない。しかし、その努力も限界に近い。自分が一線を越えてしまいそうな気がする。パソコンで今日のトレーディングの取引を確認。プラスで終えている。でもいつまで続くか。もうこんな死に物狂いのバタ足などいやだ。

     いやなことをもうひとつ思い出した。来月には見合いの返事を社長に対してしなければならないのだ。自分がいい家庭人になれないことはわかりきっている。この前あのお嬢さんに会ったときは、かなり好感を抱いたが、あんないい人を不幸な目に合わせていいものだろうか。どう考えても断るのが最善の道だろう。だが、断ったらどうなる。査定にマイナス。地位からの転落。死亡。死亡。死亡。すべてを考え合わせたら、取り返しのつかなくなる前にここで死ぬのが最善の手段かもしれない。いや、おそらくは最善の手段だ……。



    「課長が自殺未遂? ウソだろ? あれだけ明るくて、おれたちの面倒をみてくれて、頭がよくて、大食漢で、酒に強くて、堂々としていて、社長のお嬢さんにべたぼれされていて、うわさじゃ銀行口座には株で儲けた財産がうなっていたそうじゃないか。それが、どうして?」

    「いや、おれもよくわからないんだが……医者の診断じゃ、深刻なうつ病だったとか……」
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    ~ Comment ~

    Re: 大海彩洋さん

    明石家さんまのいうとおり、「ポン酢しょうゆのあること」なのかもしれません。

    以外とあのCMは、人間真理のひとつをとらえているような気がしてきました……。

    清涼剤、いただきました。

    私たちが挑戦しなくてはならない壁は、とてつもなく巨大です。目の前にある危機は地球環境の危機ではなく、私たちの生き方の危機です。人間は、今や自分たちが生きるために作った仕組みを上手く使いこなすことができず、むしろその仕組みによって危機に陥ったのです。私たちは発展するためにこの世に生まれてきたのではありません。この惑星に、幸せになろうと思って生まれてきたのです。(ホセ・ムヒカ『世界で一番貧しい大統領のスピーチ』)
    はぁ~(;_;) 幸せって何だろ……

    Re: 神田夏美さん

    お久しぶりです!

    お元気なようでなによりです。この前は、もしかしたらとてつもなく忙しいときにメッセしたかも、と思って不安でしたが、来ていただけて安心しました。

    でもいきなり読んだのがこれか(^_^;) みんな疲れているのか、「わかる」人がかなりいるみたいですね。そういうのが正しい社会なのかもしれませんが。

    あれから、甘い話や苦い話、日記や映画感想文なども増えました。どうかゆるりとお読みください。もう本人にも把握しきれてなかったりして(笑)

    また来てくださいね~(^_^)/

    おひさしぶりです!
    最近全然こちらにお邪魔していなかったので、久々に読ませていただきました!
    いやあ……なんだか感情移入してしまうというかこの課長の気持ちがなんとなくわかってしまいました(笑?)
    周りからどんなに成功しているように見えても、本人にしかわからない暗い気持ちとかありますよねえ。

    ともかく、これからは出来ればまたちょくちょくお邪魔させていただけたらいいなあと思います。
    また読みにきますね~(^^)

    Re: 山西 左紀さん

    なにも退散しなくても。(^_^;)

    コメントは全部読んでいるので気楽に書き込んでくださいね~(^_^;)

    Re: 真城 青瑛さん

    書き始めたときは、「こんなやついるわけないだろ、あっはっは」というギャグ小説にするはずだったのですが、書いているうちにいつしか感情移入が……。

    もしかしたら人間って誰でもこういう部分がある生き物なのかもしれませんね。

    Re: YUKAさん

    うつ病自体は昔からあったみたいです。特に現代病というわけでもないようですね。憂愁とかメランコリックだとかいわれて病気とはみなされなかっただけで。

    ホラーよりホラーといわれると面映ゆいですが、本人は、「ギャグ」のつもりで書き始めたことを考えると、ちょっと後ろめたい(^_^;)

    ウワッ!!!
    大量のコメントが……
    退散退散っと……

    今回は軽いギャグがくるかなと思っていたんですが
    とんでもないボディーブローで、不意を突かれた気分です。

    こんばんは^^

    ホラーよりホラーな気が。
    ありそうで怖い。
    っていうか、きっとあるって思ってしまう。

    上手いとこついてくるなぁと、いつもながら感心しちゃいます。

    うつも現代病なのかなぁ。


    Re: 火消茶腕さん

    フィクションの思考実験として、「とにかく身の回りにあるもの全てがいやだ!」という人物を考えてみたのが始まりです。わたしがある意味そういう思考に陥り易い人間なので意外とすらすら筆は進みました。同時期に、「うつ病」の本も読んだので、そのイメージも使いました。

    書いていてわかったことは、こいつ書きやすすぎて怖い、ということでした。自分も同じ立場に立ったらこうなるかもしれない、と思わされました。

    とにかく、この語り手に必要なのは、医師と薬と入院です。無理して社長令嬢と結婚したら、かえって病状が悪化しちゃうんじゃないかなあ。

    Re: ダメ子さん

    重用されて実力以上のポストにつかされてビルの窓から飛び降りるタイプですね……この人物はフィクションですが、実際に少なからずいそうです。(´・ω・`)

    読ませていただきました。
    暗い話ですね。
    でも、未遂に終わってよかったです。
    私も似たような知り合いがいましたが、後遺症もなく、うつも一応治って、今は気楽に暮らしています。

    この主人公もきっと、これをきっかけに完璧主義から脱して、いい加減に生きる方法を学び、社長令嬢に惚れ抜かれて、幸せに暮す、と思っておきます。

    こういう人は成功すればするほど辛くなりそう…

    Re: 矢端想さん

    最初は軽いギャグものにするはずだったのですが、書いているうちにどんどん気分が滅入ってきまして。

    この語り手の気分がよくわかるようになってきたらたしかにアウトですねえ……。

    病気がなくともわたしには絶対勤め人は無理だな(^^;)

    ラストで「ああ、『人間失格』のラスト『神様みたいないい子でした』と同じだ」と思いましたが、
    「恵まれた環境にいるのにすべてをネガティブに考えるやつ」というコメントを読んで、あっそういうことだったのか!とやっと理解した次第で・・・。
    最初から主人公に感情移入して身につまされながら読んでいたもので。やっぱりオレは病んでいる・・・。

    Re: 弘と書いてひろむと読みますさん

    知り合いに、踏み切りに飛び込んだやつがいます。無論この世の人でなくなりました。

    もともとは「恵まれた環境にいるのにすべてをネガティブに考えるやつ」というユーモア仕立てにするはずだったのですが、書いているうちに作者のわたしがどんどん感情移入してしまい……。同時期に読んだうつ病の本も影響しているかもしれません。

    人間、結局は他者の心のうちを知るのにも限界があるということですね。

    つらくなったら即、病院の門を叩くべきです。ほんとです。

    身近に思い当たる奴がいて・・・

    身近に思い当たる奴がいて・・・笑えませんでしたがいつもながらに面白かったです。
    同級生ですが社長の娘との縁談以外はね…そいつの場合そんな縁談があれば死ななかったと思いますが・・・
    • #10251 弘と書いてひろむと読みます 
    • URL 
    • 2013.04/14 06:01 
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