「ショートショート」
    SF

    戦闘員の夜

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    「それで」

     ぼくは目の前にいるコスプレ女に辛辣な一瞥をくれた。

    「きみは、なんだって?」

    「戦闘員です」

     コスプレ女は悪びれる様子もなかった。ぼくは頭を抱えた。たしかに戦闘員っぽいといったら戦闘員っぽいコスプレだった。とはいえ、これが戦闘員だとしたらよほど低予算のヒーロー番組だ。黒一色だが、全身タイツですらない、ごく普通の黒服だ。違うところといえば、顔を覆う覆面とサングラスと帽子に、腰につけている妙な形のベルト。

    「もう一度聞くけど、戦闘員って、あれか? ヒーロー番組でわらわら現れて、イーとかキーとかいって、なんとか戦隊に叩きのめされてしまうあれか?」

    「そうです」

     ぼくはコスプレ女を上から下まで見回した。

    「で、そうした秘密任務に邁進している戦闘員が、どうしてぼくのアパートで電気釜からご飯を食べているんだ」

    「おなかが空いたから……じゃ、まずいですか?」

    「いいわけがないだろう!」

     ぼくはかんしゃくを起こした。

    「戦闘員だったら、サイボーグらしくしろ! 少なくとも、ぼくの夕食のかわりに、ガソリンスタンドでガソリンでも飲んでいろ!」

    「すみません……生体サイボーグなんです、あたし」

    「生体サイボーグ?」

    「はい。機械を埋め込まれるかわりに、バイオテクノロジーによって筋力と敏捷性を増強されたサイボーグなんです。だからおなかが空いて空いて」

    「なんで」

    「だって、筋力と敏捷性が増強されたってことは、新陳代謝がそれだけ激しいわけですよ。なにか食べ続けないと、じっと座っているだけでもエネルギーを消費するんです」

     妙に理屈は通っている。ぼくは頭痛がしてきた。

    「それでも、きみの組織の人間は、そういう欠陥に気づきそうなものじゃないか? というより、草の根をわけてきみを探しているんじゃないか? 危険な脱走者なんだから」

    「脱走者なんかじゃないですよ。道に迷っただけです。それに、探すにしても手が足りません。あたし、試作品なんです。悪の秘密組織ババルーの作り上げた栄光ある改造人間第一号なんです。すごいでしょ」

    「そのババルーにはどのくらいの構成員がいるんだい」

    「あたし入れてふたりですね」

    「なにか? その組織には、首領ときみしか構成員がいないのか? やめちまえよ、そんな弱小組織」

     コスプレ女はしゃもじを口にくわえて胸を張った。

    「ああいあ、ううあいえいう、ううう」

    「しゃもじを口から離せ。そもそも、しゃもじは、口に入れるものじゃない」

    「あたしは、将来性を買ってこの組織に入ったんです。いつの日か、ババルーは闇の世界の頂点に君臨するでしょう」

    「自分から入って、自分から改造人間になったの? 正気?」

    「だって、世の中、ひどい不況じゃないですか。雇ってくれるなら、悪魔にだって雇われますよ、あたし。派遣社員で終わるよりは、悪の組織の古参組織員であるほうが、生きがいの面でも生活の面でもいい暮らしができそうですし」

     まったく、最近の若い娘は。ぼくも若造だが、この女は。

    「わかったよ。いいか、飯を食ったらさっさと出て行ってくれ。悪の組織とは関係を持つなというのが親の遺言なんだ」

    「じゃ、壁のカレンダーに書かれている『実家帰宅』ってなんなんですか?」

    「目ざといやつだな」

    「視力も強化されてますから。……あの、それで、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

    「なんだよ」

    「ここ、どこなんですか? あたし、方向音痴で、どっちが西か東かも」

     ぼくは奥歯をぎりっと鳴らした。

    「通信機か、それが無理でも電話くらいあるだろう! 連絡して、首領に迎えに来てもらえ!」

    「通信機と携帯、本部の自分の机に忘れてきちゃって」

    「電話番号は」

    「悪の組織がそんなことオープンにしているはずがないじゃないですか」

     あーはーはー、とコスプレ女は笑った。

    「わかったよ、道がわかるところまで連れてってやるよ。で、だいたいの住所は?」

     コスプレ女は答えた。隣町の、わかりにくいところだった。

     それにしても、この女、どうしてよりによってぼくのところに来たんだ。ぼくはさっきいった言葉を苦い気持ちで反芻した。ぼくも、どちらかといえば方向音痴気味なのだ。



     方向音痴がふたりいて、道行がまともになるはずはなかった。道をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。しかも目的地は隣町のわかりにくいところときている。一時間も歩いたころには、ぼくは自分がどこにいるかもわからなくなっていた。

    「あの……」

    「なんだよ」

    「おなか空きました」

     さっき食ったばかりだろ、といおうとして、ぼくは自分も腹が減っていることに気づいた。そういえば夕食抜きで一時間も夜の街を歩いているのだ。腹も減る。

    「じゃあ、あそこのラーメン屋で食べていこう。前になにかの雑誌で読んだんだが、あのチェーンは盛りが多いらしい」

     コスプレ女は手を叩いて喜んだ。

    「おごってくれるんですか?」

    「成り行き上しかたないだろ。いいか、一杯しか食わせないからな」

     ぼくはコスプレ女と連れ立って、ラーメン屋に入った。コスプレ女は、迷わずにあるメニューを指差した。

    「あたしこれにします」

     店主はうんざりという顔で止めた。

    「やめといたほうがいいんじゃないか、お姉ちゃん。賞金五万円がほしいんだろうが、うちのチョモランマラーメンは、あの大食い選手権のチャンピオンさえもが時間切れでギブアップした……」

    「これがいいんです」

     やがて運ばれてきたラーメンを見て、ぼくはのけぞった。ラーメン丼というよりたらいのようなものに入っているのは、麺と、スープと、もやしの山だった。たしかに、白いもやしがまるでチョモランマだ。ぼくは見ているだけで胃袋がせり上がってくるのを覚えた。

     コスプレ女は相好を崩して喜んだ。

    「これ、食べていいんですか? いただきまーす!」

     ぼくは半ラーメンにしておいてよかったと思いながら、彼女がラーメンを平らげて、スープの最後の一滴まですするのを見ていた。

     店主が、悔しげに一万円札五枚を取り出して、コスプレ女に手渡した。

    「それにしてもいい食いっぷりだった」

    「また来ていいですか?」

    「やめてくれ。店がつぶれる」

     ぼくは集中する視線を恥ずかしく感じながらコスプレ女を連れ出そうとした。

    「お姉ちゃん、ちょっと待ってくれ。写真を撮らなくちゃならないんだ」

     コスプレ女は、ちょっとためらっていたが、写真撮影に応じた。ぼくは今度こそ、力いっぱい女を引っ張って店から出た。

    「はいこれ」

     コスプレ女は渡された一万円札のうちから二枚を、ぼくに渡した。

    「なんのつもりだ」

    「ただでごちそうになっちゃったお礼」

     少なくとも、電気釜の飯をすっかり食べられてしまったのは間違いない。ぼくはありがたく受け取ることにした。

     ぼくたちはそれからも「悪の組織の本拠」を探そうと町をうろうろしたが、なかなか見つからなかった。

    「アイス食べてこうぜ。おごるよ。トリプルだけどな」

     ぼくはアイスクリーム屋でコスプレ女が三種類のアイスを選ぶのを眺めていた。ちょっとためらったが、勇気を出して聞いてみた。

    「もし、きみが帰らなかったらどうなるんだ?」

     コスプレ女は苦笑した。

    「あたし、ただじゃすみませんよ。死刑でしょうね」

    「死刑?」

    「細胞に仕込まれた自死命令によって、あたしの身体は痕も残さずに消えてしまうでしょう」

     ジョークもここまでくれば立派だ。

    「それなんだけど、ぼくもその組織に加わることができるのかい?」

     アイスクリーム屋に小銭を払い、ぼくは尋ねた。ラムレーズンをなめていたコスプレ女の顔が、ぱっと明るくなった。

    「どうしたんですか、いったい!」

     ぼくは自分のキャラメルマキアートをなめてコスプレ女にいった。

    「きみを見ていると、ほっておけないんだよ。もう、不安で、心配で。それに、ぼくは、きみといると、なんとなく、その、楽しいというか、その」

     ぼくは頭を振った。自分でもなにをいっているのかよくわからなくなっていたからだ。

    「そういえば、きみの名前を聞いていなかったな。なんていうんだい?」

     コスプレ女は、ぼくになにかをいいかけた。

     だが、ぼくがその答えを聞くことはなかった。コスプレ女の身体が煙のようなものを上げたかと思うと、見る見るうちに形を失い、分解して、消えてしまったからだ。コスプレ女がいたことを示すものは、街灯に照らされたアスファルトのしみと、地面に落ちた溶けかけのアイスクリームくらいしか残っていなかった。

     ぼくは……。



     …………



    「それからの話なら、聞かないでくれ。語ると、いろいろと迷惑する人がいるんだ」

    「でも……」

    「わたしは、この世には、どう取り繕おうとも弁護のしようがない『悪』が存在することを知った。そうである以上、悪を倒そうとするのは当然のことだ。それだけのことだよ。これで、わたしへの独占インタビューも済んだだろう? その写真は、返してくれないか。わたしにとっては、かけがえのない大事なものなんだ。人を疑うことを知らない、素敵な人だったよ。わたしが組織に加わるといったときに見せたあの笑顔は本物だった。忠誠心のかたまりでもあった。それが無慈悲にも処刑されたんだ、ゴミかなにかのように! わたしにはやつらが許せない」

     記者から、ラーメン屋でVサインをする女戦闘員の写真を受け取ると、「ババルー帝国」の怪人を倒したばかりのヒーローはさっそうとバイクにまたがり、アクセルを吹かして去っていった。
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    Re: ダメ子さん

    少なくともかなりショッキングな体験ではあったでしょうね。

    暗さというものが微塵もない娘なのは、もとは甘いラブコメを書くつもりだったからであります。それが結果として作品のハードさを増してしまいました。怪我のなんとやらですね。

    ;;
    世のヒーローの動機も最初はこういう愛なのかしら?
    関係ないけどやっぱりこういう女の子のが
    人気があるのかなあ…

    Re: 小説と軽小説の人さん

    それ以上のご高評はありません。ありがとうございます。これからもがんばります。

    Re: limeさん

    最初は甘い恋物語にするつもりでしたが、これを書く前に「ローマの休日」を見ていたのであります。

    「多摩の休日」と読み比べてみればその構造がそっくりなことがおわかりになると思います。

    なんじゃかんじゃいってけっこう影響受けているなあ「ローマの休日」。やはりいい映画だったのであるなあ。

    Re: 矢端想さん

    最初は「電柱組」や「鷹の爪」みたいな人情味あるまぬけな悪の組織の話にするつもりでしたが、それは悪の組織として違うだろ、と。

    その結果こんなハードな話に。

    漫画化したら島本和彦先生に描いてもらいたいです。

    Re: 火消茶腕さん

    その矛盾点についても考えなかったわけではないですが、やはり倒した相手がなにひとつ証拠を残さずに消滅してしまう、というのは「インベーダー」以来のロマンなのです(笑)

    クローンについては考えてませんでした。卑劣だなあババルー帝国。負けるなヒーロー!(^_^)

    良きお話です。それ以外に言葉が有りません。
    • #10324 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.04/28 17:30 
    •  ▲EntryTop 

    もしかしたら、このあと、まさかのラブストーリー・・・とか、ちょっと期待した途端に、バッサリでした。
    始まってもいないのに><

    戦えヒーロー。
    やっぱりヒーローは、なにか悲しみを背負ってなきゃ、いけません。

    ヒーローモノや変身モノの最初のドラマチックなキモは、主人公がヒーローになる決心に至る動機やきっかけだと思うのですが、こんなケースがあったとは!

    ・・・なかなかの傑作だと思いました。

    コスプレ女がアスファルトのしみとなったということは、女の服に見えたものも身体の一部だったのですね、って突っ込みはおいといて、

    きっとババルー帝国は情報を聞きつけ、コスプレ女のクローンをヒーローにぶつけてくるのでしょう。負けるなヒーロー。

    楽しませてもらいました。面白かったです。
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