「ショートショート」
    SF

    欠落

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     たとえば、わたしはその女の生きていたのがいつからいつまでかについて、かなり正確に答えることができる。女というのは推測だが、少なくとも、死んだのはいつかについては、まず間違いなく答えることができる。これも推測だといったらそうなのだが。

     推測を重ねるが、その女は、わたしの妻だったのではないだろうか。この推測は、たぶん正しいのではないかと思う。そうでなくとも、わたしと関係を持った女だろう。このことは、わたしに息子がいることから明らかだ。

     女が好きだった花やカクテルなどについても、かなりのことはわかっている。花はたぶんスイートピーと呼ばれているものに近いかその亜種で、カクテルはギムレットに近いものだろう。ベースが違うのではないだろうか。推測する以外にないが。

     名前についても、そうでない名前ならいくらでも挙げることができる。それらを除いていくと、おそらくは、テーラーと呼ばれる女優や、現代のイギリスの女王と同じ名前ではないだろうかと思われる。

     好きだったスポーツは、おそらくウィンブルドンで行われているものだろう。

     今、わたしが入っているこの病院から考えると、看護師や医師でなかったことはたしかだ。看護師も、医師も、わたしに優しくしてくれる。わたしがショックで、一時的な記憶喪失に陥っているのだと判断しているのだろう。

     なにがわたしに起こったのかについては推測するしかないが、神に敵対する存在について考えることすらできなくなっていることから、それとなんらかのかかわりがあるのではないかと思えてならない。

     わたしには、その女がいたということは、頭では理解できるが、それがどんなものだったのかについての記憶や認識が、完全に欠落しているのだ。

     悲しみはない。ただぽっかりと、空虚が口を開けているだけだ。人間は、空虚に対して悲しみを抱けるものだろうか。わたしにとって、その空虚は、ある女がいた、ということにすぎない。それだけのことだ。

     時おり、空虚を埋めることができたら、この日常も変わっていたのではないか、と思うことがあるが、それがなしえない望みだということもわかっている。

     わたしは空虚と生きることを選択したのだろう。

     わたしに悲しみはない。ただ、ちょっとした虚しさのようなものがあるだけだ。ちょっとした虚しさというものには、人間はすぐに慣れる。

     悲しみはない。つまり、わたしは悲しみから救われたということなのだろうか。

     わからない。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    イメージとしては、「悪魔と取り引きして、亡き妻とそれにまつわる物事の記憶をすべて消し去ってもらった男が、消えなかった『関係ない物事』からあぶり出しのように「消えたなにか」を意識するようになる」というものを狙っていたのですが、やはり説明不足だったかなあ。でも説明して面白くなる小説かといわれても違う気がするし……。(・_・;)

    解離性なんとか?
    それとも宇宙の真理を知ってしまったのか…?

    Re: 矢端想さん

    実験の割には不発感が……(^^;)

    もうちょっとうまく書けたはずなんですが(^^;)

    うむむ。

    こういう「病室モノローグもの」は以前にもあった気が。

    こういうショートショートは思考実験みたいでおもしろいね。
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