「ショートショート」
    ユーモア

    理想の映画

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    「監督、次の作品は?」

    「ラブロマンス」

     記者からの質問に、おれはそう答えた。

    「純粋なラブロマンス映画だ。レイプもなければ、妊娠もなく、もちろんリストカットも自殺もない、純粋なラブロマンスを撮る」

     おおっ、と、記者席から歓声が上がった。

    「それは素晴らしいですね、監督!」

    「普通の男女が織りなすハートフルでそれでいてほろ苦い恋物語。それが、映画監督になってから、おれがいちばん撮りたかった映画だ。おれにとっての理想の映画なんだ。監督生命に賭けても、おれは撮る」

     おれはそう宣言した。



     まずは金づるを引っ張ってこなくてはならない。おれはスポンサーになりそうな会社を回った。

     普通は応接室に通されて話を聞かれるのだが、今回は違った。いきなり社長室である。

    「今度の映画のことですがね」

    「監督。なにもいわないでください。わが社は出しますよ。監督が撮ろうとしているような映画、かねがね、わたしも見たいと思っていたんです。この過激なだけが売り物となっている映画界に、監督の作品は風穴を開けるでしょう。その壮挙に、わが社の金が使ってもらえるというのは、最高の栄誉です」

    「社長」

    「がんばってください、監督」

     すべてのスポンサー回りがこの調子で進んだ。



    「主演女優だが、若手の演技派がいい。ちょっと崩れたような役を主にこなしている役者に、清純そのものの役をやってもらうんだ。そのほうが、役の背負った人生に深みが出る」

     長きにわたっておれの片腕をしてくれているチーフの犬養は、ちょっと目を上げて考えるそぶりを見せた。

    「ということは、監督の考えているのは、樽見か弓坂あたりというところですか」

     おれはうなずいた。

    「樽見京華。彼女しかいないな。当然、相手役の男優は杉戸重矢になる。どう思う?」

    「交渉に成功したら、この映画は勝ったようなものですよ。でも、樽見も杉戸も超がつくほどの売れっ子ですよ。出てくれますかねえ」

    「おれも直接、交渉の場に参加する。後はここひとつだ」

     おれは左胸をぽんと叩いた。

    「真心ですか」

     おれはうなずいた。

     案ずるより産むが何とやらで、交渉はあっという間に成立した。杉戸重矢に至っては、「監督がぼくを選んでくれなかったら、こっちから直訴に行くつもりでした」などという有様だった。樽見京華も内心は同じだったらしい。おれは心で涙を流した。

     キャストも、この調子で決まった。



    「樽見と杉戸ですからね。魅力を引き出す脚本が必要です」

    「おれが書く……といいたいところだが、共同脚本の必要性がある。なぜなら、あの人の力を借りたいからだ」

    「あの人、というと、味村御大ですか? 監督があの人というと、味村さんしか思いつきません」

    「その通りだ、犬養」

     おれはメモ帳に極太で「味村慶四郎」と書いた。

    「現存する日本最高の脚本家だ。どうしてもあの人の力が必要なんだ。おれのイメージを脚本にしてくれる人はあの人しかいない」

    「どうやって交渉するんです? また監督が行くんですか?」

    「ほかに誰が行く。今、映画の骨組みが頭にあるのはおれだけだ。犬養、明日、交渉の前にスーパーに行くぞ」

    「スーパーに行ってどうするんです」

     おれは目をつぶって首を振った。

    「鈍いやつだな。日本酒の安いのを買うんだよ。あの人は自他ともに認めるひねくれ者だから、純米大吟醸なんかをもって行くとへそを曲げてしまう。スーパーの一番安いやつがいいんだ。後は飲んでしゃべって、運を天に任せる」

     おれは脚本家の家へ出かけ、思っているイメージを飲んで食ってしゃべった。味村氏もおれのイメージが気に入ったらしい。話はどんどんはずみ、アイデアがどんどん膨らんでいった。一晩語り明かした時には、おれは単なる脚本家との契約を通り越し、新たな友人を手に入れていた。

     スタッフもこの調子で次々と決まった。



    「アクション!」

     おれはメガホンを口に当てて怒鳴った。そばで犬養がカチンコを鳴らした。富山と福島と東京を結んでのオールロケ。ロケ地には見物人がわんさか詰めかけていた。

     樽見京華と杉戸重矢はさすがに当代を代表する演技派の実力者だった。撮影を通して、その演技にケチをつける点はほとんどなかった。

    「カット!」

     ほっとした空気が流れた。夕焼けをバックにしたもっともドラマチックなシーンだ。撮り直しはきかないのだ。ここを越えれば、一区切りつく。

    「すばらしい。最高の画だ。後はラストシーン、富山の雪の中を歩くところだけだ。このテンションが保たれていれば、きみたちのおかげで、おれは人生の最高傑作が撮れる」

    「監督がすばらしいからですよ!」

    「ぼくもそう思います」

     ドリンクを飲んで汗をぬぐったふたりは、そういって笑った。

    「いや、きみたち、出演者やスタッフ一人一人のおかげだ。おれがしたことなど、ほとんどないに等しい」

     おれは心からそう思っていたのだった。



     試写会は、大成功のうちに終わった。うるさがたの映画評論家が、次々とおれに握手を求めてきた。同業の監督たちも、「おれもこんなものが撮りたかったんだ」と、羨望のまなざしでおれを見ていた。

    「あの反応を見たか。日本アカデミーもブルーリボンもいただきだ」

     おれは詰めていた息を吐き出した。

    「でも、監督」

     犬養チーフは、いくらか不安そうな顔をしていた。

    「映画は無事に完成しましたが、なにか、わたしたちは、見落としていることがあるんじゃないでしょうか……?」

    「なにがあるんだ」

     おれは気分を害した。気分を害したのは、犬養のいうことは、時としてよく当たるからだ。



     犬養の言葉は正しかった。おれの撮った理想の映画は、客の入りはさんざんだった。がらがらの映画館と、ちっとも売れないDVD。収益は大赤字だった。

     理由は簡単だった。この映画には、レイプも、妊娠も、リストカットも、自殺もなかったからだ。大衆の好みは正直だった。

     多額の借金を背負ったおれは、次回作を撮るどころの話ではなくなってしまった。

     おれは悪くない。
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    ~ Comment ~

    Re: マーサさん

    やりたいことがやれるのはアマチュアと大御所の特権みたいなものですからねえ。

    かといっていつまでもアマチュアでいたくないのも事実だし。

    つらいところであります。

    おぜぜほしい(つきるところはそれか(笑))

    Re: blackoutさん

    とにかく「商品」を作らねばならないのがプロの世界でしょうからね。

    これだけやっていて「商品」ひとつこしらえられない自分がいやになってくることもあります。

    といって純文学に入ることもできず。

    うむむ。

    Re: 小説と軽小説の人さん

    まあこの小説ではオチのために戯画化してますが、最近の邦画はちょっと見る気になれないのも事実です。見たらそれなりに面白いのでしょうが。

    でも「変態仮面」には行こうかな(笑)

    やりたいことでは金にならないってのは、
    どこの世界でもお約束ですからね。

    実際、漫画家の間でも
    「エロは売れる。売りたきゃエロを描け」
    なんて教えがあるそうですし。

    そういうもので儲けて、お金に困らなくなってからようやく、
    やりたいことができるようになるのかもしれませんね。
    まあ、そこまで行く頃にはまた別の理由で
    やりたいことができなくなってるかもしれませんが。

    映画というか映像の世界は、ある種の強制力があるので、どうしても色々な意味での過激な描写に、視聴者が反応するのはやむを得ないんでしょうね

    大昔、テレビドラマか映画の脚本化になりたいと思い、養成所に通ったことがあります

    そこで、テレビ局連中の話を聞く機会がありましたが、彼らの話を聞いてるうちに、自分のやりたいことはできないんだろうな、と思いました

    小説を書くようになったのは、これも一理ありますね

    ホントにこの通りだと思います。

    正直、今の大衆が好む作品に嫌悪しか感じません。
    皆、フィクションだからこそああいったモノを見るんですかね。


    • #10427 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.05/11 20:03 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 栗栖紗那さん

    グリフィス監督も「イントレランス」がヨーロッパでウケなかったら首を吊りかねないところまで追いつめられていたらしいですからねえ。

    映画もバクチですね……。

    有名税といえばそれまでかもしれませんが、チャンドラーの改訳をやったことについては腹を立てています。腹を立てるのは筋違いなことはわかっていますが、それでも腹が立つのです。うぬぬ。

    Re: ダメ子さん

    純愛ウケますかねえ。

    「冬ソナ」がウケたから需要はあるのか。

    それにしては日本で作られる映画、不倫小説かケータイ小説原作ものしかないようなイメージがある(笑)

    村上春樹は、最初に読んだ「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」に挫折した時から嫌いです。ある意味食わず嫌いとも言えます(^^;)

    こんにちは。

    作りたいものと見たいもののすれ違いは往々にして有り得ますよね。ただし、映画の場合制作費がかかりますから、そうなった場合は悲劇ですよね。

    ああ、ちなみにボクは春樹が好きではないです。なんか、有名でもてはやされてるから何書いても許されてるような、そんな雰囲気が嫌です。

    純愛もそれはそれで人気が出そうな気もするけど
    変に難しい話だったのかしら?
    広告代理店が付いていそうだからなおさら

    村上春樹自体は私は好きでも嫌いでもないけど
    ちょっとチャラい系の私かわいそう臭みたいなのが
    感じられるので、そういうのが鼻に付く
    と言う人がいるのはよくわかったりします
    あと浅野いにおとかも

    引きこもり系の人間とは
    相容れないものがあるのではないかなあ…
    私もハルキストとはあまり仲良くなれる気はしないです

    Re: limeさん

    自分には琴線に触れる映画でも、ほかの人から見れば「ハァ?」ってなこともよくありますしね。そうした意味では、わたし大それたことやったなあオールタイム・ベスト(^^;)

    小説も同じですね。わたしは村上春樹大嫌いなんですけど、面白く読む人もいるみたいですし。

    「変態仮面」ですが……limeさんにとってはテレビ放映を待つしかないみたいですね。映画館でもレンタルDVDでも、女性にはタイトルだけで牛丼屋並みにハードルがきつすぎる(笑) 見にいった友人が「笑い死ぬ」と激賞してましたから、DVDに落ちたら借りて見てみるつもりです(^^) でもその前にプリキュいえなんでもありません(爆)

    売れる映画が、いい映画かどうかもわからないし、そしていい映画という定義もわからないし。
    このあやふやな世界で生きている人たちは、大変ですね。

    小説というのも、時にわからなくなります。
    先の、村上春樹の新刊本のニュース画像には、本当にびっくりしました。書籍は、また勢いを増すのか!と。
    (読んでいないので、その小説の凄さはわからないのですが・・・)
    でも、あれももしかしたら、売り方なのかな??とか、あとで思ったり。

    変態仮面、応援してる役者さんが出てたので(先生役)興味があったのですが、とても見る勇気がありませんでした^^;

    Re: LandMさん

    「変態仮面」については、あれは「撮ろうと考えたものの勝利」だと思っています。普通は企画を立てません(笑)

    GWに映画を見に行ったとき、ついでに見ようかと思っていましたが、時間が合わずに断念しました。無念。

    映画も小説もゲームもバクチみたいなものですしね。「ある程度を超えたら後は運」といわれたこともあります。運だから、下手なテッポも数撃ちゃうんぬん、というところでありますね。さて投稿用原稿を書くか(^^;)

    結局、何が売れるか、っていうのはよく分からないものですからね。漫画にしても映画にしても。絶対に売れる。そう断言した発表しても、まったく売れないのが当たり前ですからね。
    かつて、昔ジャンプで連載していた変態仮面が映画化して、想定の10倍の興行収入があったっていうんですから、怪物たちが住む世界ですよ。映画の世界は。
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