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    「ショートショート」
    ユーモア

    伝統芸能

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    「今回のドキュメンタリー番組、テーマは伝統芸能の継承だ」

     会社ではそういわれた。だが、まさか、こんなことになるとは、ぼくは思ってもいなかったのだ。

    「よおきてくれましたなあ」

     その伝統舞踊の練習場で、もごもごといったのは、お弟子さんだった。当年とって八十七だという。

    「……はあ。それで、先生は?」

     ぼくは、きょろきょろとあたりを見回した。奥の方にいた、ひとりの人物に目がいった。

    「もしかして、あれ、ですか?」

    「もしかしなくても先生ですわ」

     お弟子さんは口をへの字にした。怒ったらしい。

    「失礼ながら、先生は、いま、おいくつ……」

    「百十八ですわ」

     げっ! 公私を含め、ぼくがこれまで会った人間の中で最年長だ。

    「そ、それで、踊れるんですか?」

    「踊れなかったら稽古になりませんわ。そこで見といてください」

     もっとも、なような、そういうものでもないのでは、なような……。しかし、先生、動かないけど、いつ稽古を始めるんだろう?

     ぼくの疑問に答えるかのように、お弟子さんがCDラジカセを手に取った。

    「音楽さえ始まれば、先生は別人みたいになります」

    「はあ。そういうものですか。それでは、カメラ回しますので、どうかお稽古を始めてください。ドキュメンタリーですから、いつものように、お気楽に、お気楽に」

     お弟子さんはぼくをバカにするような目で見ると、ラジカセにテープを入れ、スイッチを押した。しばし、ざーっとノイズが流れる。その間に、お弟子さんは稽古場の中央に立った。

     「先生」に目立った変化が現れたのはそのときだ。

     「先生」は、よたよたっ、と立ち上がった。本人は、すっ……と立ったつもりなのだろうが、もうお年なのだろう。

     笛が鳴り、音楽が始まった。

     そこからは見ものだった。

     八十七と百十八が踊るのだ。八十七が、よたよたっ、と身を動かし、百十八が、よろよろっ、と動く。八十七の弟子は「先生」の動きに合わせるのに精いっぱいのようだった。そりゃあそうだ。足元がおぼつかなくてよろよろ動く師匠の動きを完璧にコピーするなんて、普通の人間にできることではない。

     ぼくが唖然として見守る中、音楽は終わり、先生と弟子はそれぞれ違う方向を向いて動きを終えた。

    「先生のようにはいきませんわ」

     お弟子さんが荒い息でそういった。ぼくはうなずくしかできなかった。

    「この踊りは、足さばきが基本なんですわ。今回は、緊張したせいかちょっと……」

     緊張ねえ。ぼくが目をそらして「先生」の方を見たとき、先生は、蚊の鳴くような声でなにかをいった。

     お弟子さんの顔が硬直した。

    「なんていってるんです?」

    「もう一度、と。ああ、先生の稽古は、これからが厳しいんですわ。納得がいくまでやめないんですわ」

     お弟子さんはテープを巻き戻した。CDに落とせばワンタッチなのに、とぼくは思ったが、そんなこというと叱られそうなので黙っていた。

     またしても音楽が始まった。「先生」がよろよろと動き、お弟子さんもよろよろと動いた。見ていられない……。ぼくは番組の失敗を思って嘆息した。

     その時だった。足を滑らせたのか、「先生」がどてんと倒れたのだ。

    「先生っ!」

     ぼくとお弟子さんとカメラマンをはじめスタッフ一同は、慌てて「先生」のそばに駆け寄った。

     「先生」は、ぴくりとも動かなかった。医術の心得があるとかいうカメラマンは、首筋に右手指を当て、首を振った。

    「死んでいる」

     お弟子さんは、先生のものいわぬ遺骸に取りすがって泣いた。

     ぼくは、携帯で救急車を呼んだ。間違いということもあるし、責任は取りたくなかったからだ。

    「ところで、先生は死んじまったけど、後は誰が継ぐのかな」

     電話を切って、ぼくはカメラマンにいった。

    「あの人じゃないのか」

    「でも八十七だぞ。動きも見たか。よたよたしていて舞踊どころではなかったじゃないか」

    「そんなこといったって、ほかに継ぐ人もいないだろう」

    「そういうものなのかな」

     そういうものなのだ。ぼくは悟った。現代社会は、人を長く生きすぎさせた。昔なら、「先生」も「弟子」も、もっと若くて動きもしゃきしゃきしているときに死んだり引退していたから、そのしゃきしゃきした動きが継承され続けてきたのだ。だが、しかし、平均寿命が上がってくると……。よたよたした動きが、スタンダードになり……。

    「芸術は時に死滅するよりも過酷な運命をたどることがある」

     スタッフの誰かがぼそりとつぶやいた。

     「伝統」によって受け継がれているもののうち、そのいくつまでが、「最良」のものを残したまま継承されているかを考えて、ぼくはこっそりため息をついたのだった。
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    Re: ダメ子さん

    「老害」もやだけど「未熟」はもっとやですね。

    どこの世界の話とはいいませんけど。

    芸術はまだしも芸術以外はすでに…

    現代社会はおばあちゃんの知恵袋みたいなのが
    通用しないのでお年寄りも活躍の場がなくて
    気の毒な気もしたりします

    でもお金はたくさんあるようだけど…
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