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    「ショートショート」
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    忠君売国

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     その部屋に集まった人間は、皆そろって沈痛な表情をしていた。しかしよく見ると、そこには、一種の「重荷を下ろしてほっとした」感じもあるのであった。

    「諸君」

     白髭の老人がいった。

    「さて、国をどこに売るかを決めることにする」

    「なんだそのいいかたは」

     頑固そうな中年の男がいった。肩には肩章があった。将軍のしるしである。

    「われわれは陛下をお守りするために」

    「陛下をお守りするために、その身代金としてどこにこの国を売るかを決めるのだ。それがわからんきみでもあるまい」

     老人の眼光は、その将軍をすくませるのにじゅうぶんだった。将軍は、教師に叱られた小学生のように黙ってしまった。

    「さて、会議の続きと行こう。どこにこの国を売るか、だ。われわれは戦争に負けた。無条件降伏の書状が突き出されていて、それにサインするしかない立場だ」

    「無条件降伏なら、そのほうが気楽だな。判断は全部相手に丸投げしてしまえばいい……わかっているさ。それができないからわれわれは会議をこうして開いているのだからな」

     がりがりに痩せた男がそういった。財務大臣である。

    「財務大臣のいったとおり、無条件降伏の書状を突き出されても、われわれにはまだ交渉のカードが一枚残っている。『民衆の総意』というやつだ」

     老人は居並ぶ人間を見渡した。

    「もし、われわれが、民衆をうまく焚きつけ、強固な地下抵抗組織を作ることに成功すれば、民衆は一丸となってゲリラ戦を展開し、占領軍に多大な損害を強いることになるだろう。代わりに全国民が最後のひとりまで死ぬことになるがな」

    「おっしゃるとおり。そしてそうなると、問題が出てくる。陛下と一族のかたの御生命だ。国は完全に包囲され、封鎖されてしまっている。猫の子一匹這いだす余地はない。どこかの中立国へ逃がすにしても、その手段がない。外務大臣としては認めたくない事実だが、われわれは完全に外交に失敗してしまった。四方は全て敵と考えなくてはならん」

     貴族的な顔をした外務大臣の答えに、老人はうなずいた。

    「もっと早めになんとかしておくべきだったとはいえ、下手にお逃がしすると、『民衆の総意』は、徹底抗戦どころか、陛下とご一族を見捨ててしまうかもしれぬ。例の、なんとかいう王女みたいに、断頭台にかけられてしまうかもしれん。革命とかになったら、敵の思う壺だ。そうなる前に、陛下の御生命だけでも保証を取り付けなくてはならない。うまい具合に、敵は連合軍で、様々な思惑を持った国の寄せ集めだから、足並みが揃っていない。そこにつけこむチャンスがある。どの国にこの国を売るかで、敵側の主導権をどこに握らせるのかが決められるのだ」

    「まず論外からいこう。あの連邦は論外だ。外交交渉の窓口になってもらえるはずが、みごとなまでに手ひどく裏切ってくれたし、陛下や、わが国の基たる国体のありかたは、あの連邦の基本理念にまったく合わない。もしあの国に主導権を渡したら、陛下の御生命はなくなってしまう」

     財務大臣はそういって指を一本折った。

    「主戦場にしたあの国も論外だな。われわれに対して、恨み骨髄もいいところだ。陸軍大臣、あんたはやりすぎた」

    「わが軍はやりすぎてなどおらん! あれは悪質な中傷だ! デマだ!」

     将軍は子供のようにわめいた。その隣でこれまで黙って話を聞いていた、頬に傷のある陸軍大臣は、部下である将軍の肩を抑え、ドスの利いた声でいった。

    「やりすぎたかどうかを決めるのはわれわれではない。向こうだ。十年以上も戦争をやっていれば、それこそやりすぎというものだ。してしまったことはしかたがない、といって、向こうさんが許してくれると思うか」

     陸軍大臣は、こちらも黙って話を聞いていた巌のような顔の男にいった。

    「海さんは、どう思う?」

    「わたしも論外をふたつ挙げさせてもらう。あの王国と、共和国は頼るわけにはいかない」

    「共和国のほうとはそれほど事を構えていないが……」

    「共和国は将来性が薄い」

     海さん、すなわち海軍大臣はそういって煙草に火をつけた。

    「なにせ占領状態から復活したばかりだ。国力は昔の半分あるかないかというところだろう。これからの世界をリードしていけるとはとうてい思えない。それに、占領された劣等感から、より劣位な立場にあるわれわれに、強圧的な態度で臨んでくるだろうな。それこそ、陛下の御首を断頭台に差し出すようなものだ」

    「王国は?」

    「われわれはあの国のプライドにいっぺん、大きく泥を塗ったことがある。難攻不落の要塞を陥落させ、史上最大級の戦艦を二隻も沈めてしまった。そのうえこのたびの戦争ではあの国とも激戦を交わしている。人種差別思想のかたまりのようなあの国とだ。あの国に陛下を差し出したら、いいとこ、生涯幽閉だな。幽閉でなければ軟禁だ」

     老人はうなずいた。

    「よし、これでわれわれの選択はひとつしかなくなった。民主主義の牙城を宣言しているあの国だ。あの国ならば、建前上、陛下の御生命を預けても、すぐにはどうこうするまい。むしろ、陛下の御生命と、われわれが持っている交渉カードである『民衆の総意』というものの効果を考え、陛下を利用するだけ利用しよう、と考えるだろう。こちらは、陛下の御生命さえ守られればそれでいいのだから、利害は一致する。国が植民地みたいになろうとも、それが百年、千年続こうと、陛下さえ守れればそれでいい。……そこの若いの? なにかいいたそうだが?」

     その場にいた、若い次官補は、ぐっ、と拳を握り、いった。

    「失礼ですが……陛下のご意志は? 陛下のご意志はお尋ねにならないのですか?」

     老人は頬を緩めた。

    「若いな、きみは。もし、陛下が、『自分も死ぬから徹底抗戦しろ』とおっしゃられたらどうするつもりなんだ」

    「徹底抗戦して死にます!」

    「徹底抗戦して、陛下が助かるならとっくにそう決めている。われわれは、なんとしても陛下だけはお守りする、そう決めたからここにこう集まっているのだ」

     次官補は叫んだ。

    「われわれには戦って死ぬことも許されないのですか! それでは、わが国民の誇りは! 愛国心は! 祖先の……」

    「陛下さえ守られればそれでいい。なにごとも陛下の御生命を優先する、それが忠君というものだ。陛下さえ守られれば、国の誇りだろうが、祖先の教えだろうが、国民の未来だろうがなんだろうが、後はすべてをうっちゃってしまってもいい、そういうものなのだ」

     老人は咳払いをひとつした。

    「それでは、われらが王国はあの国に売ることにする。それが最善の選択だったかどうかについては後世の歴史家に委ねるとして、今はとりあえず乾杯」

     次官補は絶叫した。

    「こ……こ……この売国奴どもおっ!」

     その後、この王国において次官補がどうなったかについての記録はない。

     どこかに似たような歴史を持つ国があったとしてもそれは偶然の一致というものである。
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    ~ Comment ~

    Re: レバニラさん

    資源のない貿易立国の日本が、わざわざ地域の不安定化に力を注ぐこともないだろう、という思いがあります。

    「アメリカにとっての日本」は、いわば「中国にとっての北朝鮮」みたいなものではないかな、と思うこともちらちらあります。この懸念がほんとうのことになりそうで怖いですまったく。

    今朝、FMラジオ聞いてたら寺島実郎が憲法改正に乗り出した安倍政権や従軍慰安婦問題で物議を醸す橋本知事を指して「今の日本はアジアにおけるイスラエル状態になってきている」っつってたね

    朝5時からお堅い話で御座いましたが、本当はその前の4時からやってる「音楽自由区」聞きたくてラジオのスイッチ入れたんだぜ?

    もう寝るぜ?

    Re: 矢端想さん

    よく似た歴史を持つ国家があっても、それは偶然の一致というものであります。

    国民がいたら、その95パーセントは愛国者じゃないかと思っております。愛国の方向性が違うだけで。わたしは憲法の理念を守り、よその国と無益な争いをせず、国内は自由と福祉と寛容の精神で治めることが国を愛する最高のやりかただと思っていますが、最近の流行はそれとは真逆のようであります。わたしにはそれはどう考えても亡国への道としか思えないのですが。

    ぼやいていると消されかねないのでこのへんでやめておきます。とほほ。

    あっ、「王国」だったんだ。てっきり「皇国」かと・・・。

    ちなみに私は愛国者だと自覚しております。陛下も結構尊敬しております。
    (関係ないけど、玉音放送の原稿完成させたのは私の曽祖父の弟)
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