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    「ショートショート」
    ミステリ

    歴史ロマン殺人事件

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    「それで」

     稲井粉人警部は煙草に火をつけようとして、禁煙中だったことに気づいた。

    「きみが白鷲教授を殺したというんだね?」

    「はい」

     目の前の容疑者は、殺人事件を自首したにしては妙に明るい表情で答えた。稲井警部は、その表情を見て厄介なことになると思った。警部の勘はよく当たるのだった。

    「まず、きみの名前を聞こうか」

    「黒磯浪男。浪はさんずいに良いです。N大学大学院環境学研究科地球環境科学専攻で学位を取った後、T大の大学院に移って、白鷲先生のもとで考古学を学んでいました」

    「N大学でやっていたことを簡潔に」

    「地質学です」

     稲井警部は隣で鉛筆を走らせている刑事に、きちんと書いているか、と視線を向けると、ふたたび黒磯浪男に向き直って尋ねた。

    「白鷲教授に恨みでもあったのか」

    「恨みだなんて! いや、白鷲先生はぼくの恩人みたいな人です。先生がいなかったら、ぼくは考古学という学問とその面白さ、歴史のロマンに目覚めることはなかったでしょう。あんなすばらしい人、この世にふたりといやしません」

    「じゃ、どういう理由で殺したんだね」

    「先生が、癌で余命半年ということがわかって、先生から、ぼくに殺してくれと」

     稲井警部は内心、ほっと息をついた。厄介なことになると思ったが、気のせいだったらしい。よくある、自殺幇助だ。単なる老人性うつ病とそれがもたらした殺人罪にすぎない。

    「どうして教授はきみを選んだのかな」

    「ぼくが、N大にいたころは山岳部に入っていて、体力的に先生のおめがねにかなったからだと思います。また、先生は、ぼくの意志力もほめておられました」

    「なるほど。ところで、白鷲教授が失踪して一年になる。殺したのなら、死体が出てくるはずだ。いったい、どこに隠したんだね?」

    「えーと、細かい数字には自信がありませんが、だいたい、北緯三四度三三分五〇・一六秒、東経一三五度二九分一四・三二秒の近辺です」

     黒磯浪男はすらすらとよどみなく答えた。稲井警部の勘が、またも危険信号を灯しだした。なんだかわからないが、厄介なことが待ち受けているのではないか。

    「山岳部だからかね、そこまで数字が出てくるのは。おいきみ。今の数字を、地図で調べてみてくれ。だいたい、大阪あたりだろうと思うが」

     稲井警部は記録を取っている若い刑事にいった。刑事はうなずいた。

    「堺のあたりですね……もっと細かく見てみます」

    「頼む。で、黒磯くん。どうして、白鷲教授はそんなところに死体を隠すようにいったんだ? それとも、きみの思いつきか?」

    「先生のご意志です。学問を阻害する輩に対し、学者としての意地を見せるんだ、って。歴史のロマンをわからないやつらに、身をもって訴えかけてやるんだ、って、口癖のようにおっしゃっておられました。ぼくが先生のお身体を土の中に埋めたのも、そのお心に共感したからです」

    「歴史ロマン?」

     稲井警部が首をかしげたとき、黒磯浪男の供述記録を取りながら携帯の地図ソフトをいじっていた若い刑事が、ぎゃっと声を上げた。

    「け、警部! こいつが埋めたといっている場所がわかりました! だ、大仙陵古墳です!」

    「大仙陵古墳? なんじゃそりゃ?」

    「仁徳天皇陵ですよ! こいつ、皇室財産で、考古学者さえ発掘調査が許されていない土地に、死体を埋めたと供述しているんです!」

    「なんだって!」

     稲井警部はまじまじと目の前の容疑者を見た。

    「あの陵墓のどこに先生のご遺体を埋めたか、ぼく以外誰も知りません」

     黒磯浪男は歌うようにいった。

    「警察をなめるんじゃないぞ、きみ。あんなところに人がそうそう入れるわけが」

    「あの堀は面白いもので、今も夜に紛れて川魚を密漁に来る人がけっこう来るんですよね。もちろん、ぼくもゴムボートの扱い方くらい心得ていますよ。山岳部在籍中は秘境みたいないろんなところに行きましたから」

    「見るものが見れば、埋めたところくらい土の色その他で」

    「ぼくはこれでも地質学者を目指していたこともあります。偽装は完璧です。そのうえ、一年も時間が経っています。それこそ、考古学の調査を全面にわたって行うくらいのことをしないと、どこに埋めたかなんてわかりっこありません」

     稲井警部は反射的に立ち上がると、顔を真っ赤にして叫んだ。

    「き……貴様と白鷲教授は、そのためにこんなことをしたのか! 天皇家の陵墓に考古学的な調査を行う理屈をつけるためだけに、こんなことを!」

     そこまでいってから、稲井警部は我に返った。

    「仁徳天皇陵に死体を埋めたなんて、嘘だろう? ほんとうは、どこか別のわからないところに埋めたか、そうだ、白鷲教授は、生きているんだろう? 生きてこの状況を楽しんでいるんだろう?」

     黒磯浪男は首を横に振った。

    「先生もおっしゃっていましたよ、警察は信じてくれないだろうって。だからぼくは先生とも話して、これを持ってきたんです」

     黒磯浪男はポケットからなにやら取り出した。

    「DNA鑑定をしてください。先生の首の骨の一部です。これでぼくが先生を殺したことはおわかりだろうと思います」

     稲井警部と若い刑事は、取調室のテーブルに置かれた、小さなビニール袋の中にある黒ずんだ骨のかけらを見て息をのんだ。

    「もちろん、大仙陵古墳に埋まっていることを信じるも信じないも、刑事さんしだいです。正直、ぼくも、自信がなくなりかけているところです。でも、『死体がどこどこに埋まっていない』ということを証明するのは不可能な以上、ぼくは警察にできる限り協力しようと思います。陵墓の数は全国に八百九十六基もありますし、どれだけ長い時間がかかるかわかりませんけれど、できるだけ思い出そうとしてみます。なにせ、ぼくは、先生に見込まれたほど、意志力の強い人間ですから」

     そう語った黒磯浪男の目は、取調室の壁を通して古代史の見果てぬロマンを追いかけていた。稲井警部と若い刑事は、そんな容疑者をただ凝視することしかできなかった。
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    ~ Comment ~

    Re: 小説と軽小説の人さん

    歴史のロマンというものは人の気をおかしくさせますからねえ。その代表例がシュリーマン。

    怖い世界であります。

    警察が大学に入りたがらないのは、「学内自治」の問題もあるんでしょうね。学生運動盛んだったころにびびった教授陣により有名無実になってしまいましたが。

    本当に教授に頼まれた殺人なのか?
    黒磯の探究心はじつは・・・。他の方も書いておられますが、教授の死体状況が露になった時、彼の犯行の真実が。
    いや。見つからないか。

    何かの小説で読んだのですが、警察は国立大に入るのも嫌がるとか。本当なんでしょうかね。
    • #10539 小説と軽小説の人 
    • URL 
    • 2013.05/26 00:18 
    •  ▲EntryTop 

    Re: limeさん

    天皇陵だったらその可能性が(笑)

    「存在しない」ということを証明するのは不可能ですから、可能性としてはいくらでも。

    ロマンというものは人を狂わせるのであります(^^)

    Re: ゆういちさん

    この小説、E・D・ホック先生の短編ミステリ「ナイルの猫」というものを下敷きにしました。展開はまったく違いますが、読み比べてみると面白いかもしれません。「サム・ホーソーンの事件簿Ⅱ」に収録されています。たしか。

    黒磯の供述はどこまで正しいのかですが、それをどこまでも考えていくとミステリが崩壊してしまう(笑) 書くものとしてはつらい(^^;)

    私の住んでる地域は、まさに古墳だらけです。
    職場の裏にも、一つ古墳がありますし。

    まさか、そこじゃないですよね、死体埋めたの・・・。

    Re: らすさん

    皇室財産である陵墓を全部、考古学的調査をすれば、古代日本史がひっくり返るとかいわれていますね。

    もちろんこっそりとそれをやれば単なる「盗掘」であり「遺跡の破壊」でしかありませんが、見てみたいですねえ、日本の歴史がひっくり返る瞬間……。

    共○党あたりが政権を取らないと無理でしょうけど(笑)

    Re: 矢端想さん

    そりゃあ「ビッグ・ブラザー」というものがありまして(違)

    それにしても出張でしたか。シンクロニシティ?(違)

    こんばんはー

     黒磯さんに、まだ何かありそうで、この後の展開がちょっと気になったのであります~本当にロマンチストなのかそれとも警察を手玉に取る相当な知能犯で更に何かをしようとしているのか……ただ、ここで終わりなのはその想像を固定化しない点が良いですねv-291

    こんばんは(*゚∀゚*)

    相変わらず面白いですね~
    SF物だったり、推理物だったり、
    扱っているジャンルも多岐に渡っていて、
    唯々感心するばかりです。

    仁徳天皇陵ってまだ発掘調査がされていないんですね。
    自分はその辺りの知識が乏しいので知りませんでした(^_^;)
    なるほど天皇家の所有物ですからねえ。

    今日は一日「堺のあたり」で仕事をしていたのでギョッとしました。前の「記念日」といい、なんでオレのことがわかるんだ!?・・・と。

    でも、「歴史のロマン」でピンときたもうひとつの場所がアタリでした。
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