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    「ショートショート」
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    汝傲慢の罪により

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    「先生、ノーベル医学・生理学賞受賞のお気持ちは」

     記者のその問いに、高梁教授はなぜか浮かない顔で首を振った。

    「ノーコメントということにしてくれないか」

    「しかし、先生の業績は」

    「頼む。ひとりにさせてくれ」

     高梁教授はそういうと、逃げるようにその場を後にした。

     ホテルの部屋で、耳の不自由な妻が手話でたずねた。

    『あなた、どうしたの? あなたは、わたしたちのような人間に、福音をくれたじゃないの』

     高梁教授はメモ用紙に短く書いた。

    『ぼくの研究は知ってるな』

     長く込み入った話になりそうだと、妻は判断し、同じくメモ用紙に書き足した。

    『もちろん。人間の脳の一部に、刺激を与える装置を作って、それを「楽譜」を認識するカメラと連動させ、楽譜を見ることにより、音楽を脳内で再現させることに成功したのよね』

    『それもきみのような聴覚障害者の脳でだ』

     妻には、夫がなにを悩んでいるのかわからなかった。

    『だからわたしたちはあなたに……』

    『ぼくは感謝を受けるべきかわからなくなってきたんだ。感謝どころか、呪われるべきなのかもしれない』

    『なにがあったの?』

     高梁教授は椅子に深く身を埋めると、頭を抱えた。のろのろとメモ用紙に書きつける。

    『ぼくの研究室に、聴覚障害者の女の子が訪ねてきた。次の手術の候補者だ。メモと手話の雑談の中で、その子はぼくにこう聞いた。「手術を受けると、ドの音って、どう聞こえるんですか?」 ぼくは答えられなかった』

     高梁教授はさらにメモ用紙の上に書きつづった。

    『たしかに、ぼくは健常者の脳で実験を繰り返した。音を感じる部分は完全に突き止めてある。しかし、それは聴覚障害者にとって、ほんとうにその「音」でありうるのか? 「音」がどんなものだかまったくわからない先天的な聴覚障害者に、ぼくは「音」を与えたのか? 「音」の代わりに、似ても似つかない刺激を与えただけだったのではないか? そしてそれを検証する手段を、ぼくは持っていないんだ。全ては患者の脳内の話なんだから!』

    『あなた』

     妻は優しくメモ用紙に書いた。

    『あなたは、傲慢の罪に陥っているわ。神様でもなければわからないことに、責任を取ろうとしているのよ。あなたはやるべきことをやり、そしてみんな満足している。それでいいじゃないの。あなたは別の意味で、もっと自信を持つべきなのよ』

    「そうだといいんだが……」

     高梁教授はぽつりといった。





     高梁教授のノーベル賞受賞後、一枚の楽譜が出回った。高梁教授の手術を受けたものたちが先を争うようにして買ったこの楽譜、聞くに耐えない不快極まるものであったという。

     天国の門は狭く、誰がどう通れるのかもさだかではない。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    ビートルズの実験的作品で、一般的には「なにがやりたいんだかわからぬ駄作」と見なされているアルバムは、クスリをキメながら聞くと実にすばらしい幻想世界へいざなってくれるそうです。感覚が変容するのでしょうか。

    もっとも、だからといってクスリに手を出すのは金輪際おことわりですが。

    むしろまっさらな気持ちで音楽を聞くと
    そっちの方がいい音楽なのかも…

    Re: 矢端想さん

    やはり実際に本格的に美術を学んだかたがおっしゃられると重みが違います。

    家に飾るのはおみやげ屋さんのコピーでいいや。(←それもそれで違う気がする(^_^;))

    見ている色、聞いている音、実はひとりひとり違うかも知れない。赤と呼ばれている色は、彼には僕にとっての緑色に見えているのかも知れない・・・などとたまに思うことがあります。
    クオリアの謎だけは未だ人類は解明する手がかりさえみつけていないのではないでしょうか。他人の主観的知覚など知るすべもない。不確定性理論の極みです。

    > 何億円
    そんなもの、大した意味はありません。たまたまなんかでそんな値がついているだけです。悩むだけ無駄です。

    Re: limeさん

    わたしも教授は悪くないと思います。

    一種の自意識過剰みたいなものだから、「汝傲慢の罪により」なのであります。

    現代芸術はわたしもよくわかりませんが、「ええ~、こんなの、家に飾りたくないなあ」と思う絵が何億円、「すげえ! この絵いい! 欲しい!」と思う絵が、困ったことに何億円(笑)。どうすりゃいいのとほほ(^_^;)

    教授に罪はないです。
    美しいと感じることって、固定感覚じゃないし、健常者にしたって、千差万別ですもんね。
    ハードロックは、聴く者によると雑音にしか聞こえないし。
    視覚にも言えることですよね。
    赤を、他人がほんとうに同じ赤に認識してるのかさえ、まだわからないと言いますし。

    何億円という価値のある有名画家の作品が、まったく理解できない、私みたいなのもいますし(これは別のもんだいか^^;)
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