「残念な男(二次創作シリーズ)」
残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)
卯月朔さんへ「残念な男」シリーズ!
すべては雨のせい
その娘を拾ったのに、特にどうという理由があったわけでもなかった。単に夜遅く、傘もささずにずぶ濡れになってこのひどい雨の田舎道を歩き続ける姿に、憐れみを覚えたからにすぎない。
どう見たところで女を拾うのには不向きな軽トラを止め、身を乗り出してドアを開けた。
「乗らないか。どこへ向かっているかは知らないが」
娘はたじろいだように見えた。当たり前だ。真夜中。軽トラ。運転しているのは残念な顔の男。これで警戒しなければ嘘だ。
「取って食いやしない。ここから駅まで十キロある。歩いていたら風邪をひく」
驚いたことに、娘はわたしの誘いに乗ってきた。震えながら、軽トラの助手席に収まったのだ。
わたしは自分が喉の渇きを覚えていないことに、戸惑いを感じた。もしかしたら、これはわたしにとっての転機になるのかもしれない。人生の転機に。
軽トラのアクセルを踏み、中継地の駅を目指した。
「駅で下ろしてやる。後は好きにしてくれ。駅のそばには、この村で一軒しかないコンビニがある。始発が来るまで、時間をつぶせるだろう。それともほかに、行きたい場所があるのか?」
娘は首を振った。無口な娘だ。
「しかし、こんな田舎の村で、ずぶ濡れになりながらなにをしていたんだ」
わたしはガムを差し出した。娘は受け取り、口に入れた。
「恋人と、車中でケンカになり、外へ飛び出した、というところじゃないのか。カッとなった挙げ句、携帯を忘れたことに気づかなかった。きみは右も左もわからなくなった。でも、雨に濡れればよくて風邪、悪くて肺炎だ。きみはとにかく、山と反対の方向へ歩き出した」
娘は答えなかった。まあ、どうでもいいことだ。十キロの道といえど、時速四十キロで走れば十五分だ。
「顔がどろどろだ。雨の上に、泣いたのだろう。化粧を直さなくちゃな」
娘は、身を折ると、肩を激しく震わせ始めた。泣いているのだろうか。
わたしは黙って、駅に軽トラを走らせた。
十五分の道行きは、あっという間に終わった。なにか軽く飲もうと、コンビニの駐車場に軽トラを停めたわたしは、エンジンを切った。
「名前くらい、教えてもらってもかまわないかな?」
娘は、ようやく口を開いた。
「片岡周五郎」
その声は野太かった。
唖然とするわたしに、娘……いや、片岡は、笑いをかみ殺すように答えた。
「大学のサークルの新歓で、賭けがあるんです。伝統の。できるだけ奇抜な格好で、ヒッチハイクをしろっていうやつなんですが、ぼくは女装を選んだんです」
後は聞かなくてもわかる。わたしは自分の前から夢の将来が羽を生やして飛び去っていくのを感じた。
片岡を下ろしてから、コンビニの横の自動販売機で、ブラックのコーヒーを買い、わたしは軽トラに乗り込んだ。恥ずかしさのあまり、わたしは急いで車を発進させた。
目的地である隣町の境を越えたとき、わたしは自分が間違っていたことを悟った。あれが酔狂な大学生のいたずらだとしよう。なら、ギャラリーはどこにいたのだ?
そしてあの片岡は、この軽トラで、泣いていたのだ。わたしの見間違いではなかった。最初のあてずっぽうな推量は、正鵠を射ていた。ケンカ別れして泣くのは、なにも女の専売特許というわけでもないだろう。
泣いたのは、ずぶ濡れの自分を拾ってくれた男への、手ひどい裏切りを決意したこともあったはずだ。あの男は、こともあろうに、わたしに魅かれるものを覚えた可能性がある。それは生きるか死ぬかというレベルのものだったかもしれない。その思いを、作り笑いをし、なんでもないようなふりをし、わたしを道化にしてまでして、なかったことに、なにもなかったことにしようとしたのだ。
違うのならば、どうして今のわたしが、渇いているのだ?。弁明しようのない、死を思いつめるような罪人を前にしなければ、決して血を求めて渇くことはないわたしの喉が?
わたしはコーヒーをひと息に空けた。血の渇きを錯覚し、思わず買ってしまったコーヒーだ。わたしにはその手の趣味がなく、片岡を幸福にする術がない以上、今さら片岡のもとへ戻ったところで、なんになる。遠くに離れれば、この渇きも収まるだろう。収まってくれなければ、わたしはなにをしたらいいというのだ。
軽トラはどこまでも、夜の道を走っていく。わたしは道がどこまでも無限に続いていることを祈った。明日の朝には堆肥を積めるだけ積んで、さらに別の場所へ向かうのだ。糞尿まみれの道行が、いまのわたしには最も似合っている。
雨は降り続いている。全ての罪を洗い流してくれるはずの雨が。それは片岡だけの贖罪の雨か。空になったコーヒー缶を握り潰し、わたしはこの巡り会いを演出した雨を呪った。
うかつにも、そのときのわたしは、二日後に地方紙の社会面を読んだとき、そこに片岡周五郎の名を見いだすことになろうとは思ってもいなかった。
それは殺人事件の記事だった。警察に自首した犯人の名として記事には書かれていた。記事の早さを見ると、わたしと別れた直後に自首したとしか考えられなかった。
わたしはなにもしなかった。片岡周五郎に贖罪の心を呼び覚ましたのは……。
雨だ。
※ ※ ※ ※ ※
作者のわたしが待っていなかったんだから誰が待っているはずもない「残念な男」シリーズの第二弾です。ネタがなくなるとこういうタイプの人が出てくるのであります。
それにしては推論が推論になっていないのは……ネタも時間もなかったからじゃあ! とほほほ。
「残念な男」本人は作者のわたしも気に入っているので、またなにかの折に出てくるかもしれません。そのときは、どうかよろしゅうに……。
今回の教訓:「BLはわたしには無理だ」(笑)
その娘を拾ったのに、特にどうという理由があったわけでもなかった。単に夜遅く、傘もささずにずぶ濡れになってこのひどい雨の田舎道を歩き続ける姿に、憐れみを覚えたからにすぎない。
どう見たところで女を拾うのには不向きな軽トラを止め、身を乗り出してドアを開けた。
「乗らないか。どこへ向かっているかは知らないが」
娘はたじろいだように見えた。当たり前だ。真夜中。軽トラ。運転しているのは残念な顔の男。これで警戒しなければ嘘だ。
「取って食いやしない。ここから駅まで十キロある。歩いていたら風邪をひく」
驚いたことに、娘はわたしの誘いに乗ってきた。震えながら、軽トラの助手席に収まったのだ。
わたしは自分が喉の渇きを覚えていないことに、戸惑いを感じた。もしかしたら、これはわたしにとっての転機になるのかもしれない。人生の転機に。
軽トラのアクセルを踏み、中継地の駅を目指した。
「駅で下ろしてやる。後は好きにしてくれ。駅のそばには、この村で一軒しかないコンビニがある。始発が来るまで、時間をつぶせるだろう。それともほかに、行きたい場所があるのか?」
娘は首を振った。無口な娘だ。
「しかし、こんな田舎の村で、ずぶ濡れになりながらなにをしていたんだ」
わたしはガムを差し出した。娘は受け取り、口に入れた。
「恋人と、車中でケンカになり、外へ飛び出した、というところじゃないのか。カッとなった挙げ句、携帯を忘れたことに気づかなかった。きみは右も左もわからなくなった。でも、雨に濡れればよくて風邪、悪くて肺炎だ。きみはとにかく、山と反対の方向へ歩き出した」
娘は答えなかった。まあ、どうでもいいことだ。十キロの道といえど、時速四十キロで走れば十五分だ。
「顔がどろどろだ。雨の上に、泣いたのだろう。化粧を直さなくちゃな」
娘は、身を折ると、肩を激しく震わせ始めた。泣いているのだろうか。
わたしは黙って、駅に軽トラを走らせた。
十五分の道行きは、あっという間に終わった。なにか軽く飲もうと、コンビニの駐車場に軽トラを停めたわたしは、エンジンを切った。
「名前くらい、教えてもらってもかまわないかな?」
娘は、ようやく口を開いた。
「片岡周五郎」
その声は野太かった。
唖然とするわたしに、娘……いや、片岡は、笑いをかみ殺すように答えた。
「大学のサークルの新歓で、賭けがあるんです。伝統の。できるだけ奇抜な格好で、ヒッチハイクをしろっていうやつなんですが、ぼくは女装を選んだんです」
後は聞かなくてもわかる。わたしは自分の前から夢の将来が羽を生やして飛び去っていくのを感じた。
片岡を下ろしてから、コンビニの横の自動販売機で、ブラックのコーヒーを買い、わたしは軽トラに乗り込んだ。恥ずかしさのあまり、わたしは急いで車を発進させた。
目的地である隣町の境を越えたとき、わたしは自分が間違っていたことを悟った。あれが酔狂な大学生のいたずらだとしよう。なら、ギャラリーはどこにいたのだ?
そしてあの片岡は、この軽トラで、泣いていたのだ。わたしの見間違いではなかった。最初のあてずっぽうな推量は、正鵠を射ていた。ケンカ別れして泣くのは、なにも女の専売特許というわけでもないだろう。
泣いたのは、ずぶ濡れの自分を拾ってくれた男への、手ひどい裏切りを決意したこともあったはずだ。あの男は、こともあろうに、わたしに魅かれるものを覚えた可能性がある。それは生きるか死ぬかというレベルのものだったかもしれない。その思いを、作り笑いをし、なんでもないようなふりをし、わたしを道化にしてまでして、なかったことに、なにもなかったことにしようとしたのだ。
違うのならば、どうして今のわたしが、渇いているのだ?。弁明しようのない、死を思いつめるような罪人を前にしなければ、決して血を求めて渇くことはないわたしの喉が?
わたしはコーヒーをひと息に空けた。血の渇きを錯覚し、思わず買ってしまったコーヒーだ。わたしにはその手の趣味がなく、片岡を幸福にする術がない以上、今さら片岡のもとへ戻ったところで、なんになる。遠くに離れれば、この渇きも収まるだろう。収まってくれなければ、わたしはなにをしたらいいというのだ。
軽トラはどこまでも、夜の道を走っていく。わたしは道がどこまでも無限に続いていることを祈った。明日の朝には堆肥を積めるだけ積んで、さらに別の場所へ向かうのだ。糞尿まみれの道行が、いまのわたしには最も似合っている。
雨は降り続いている。全ての罪を洗い流してくれるはずの雨が。それは片岡だけの贖罪の雨か。空になったコーヒー缶を握り潰し、わたしはこの巡り会いを演出した雨を呪った。
うかつにも、そのときのわたしは、二日後に地方紙の社会面を読んだとき、そこに片岡周五郎の名を見いだすことになろうとは思ってもいなかった。
それは殺人事件の記事だった。警察に自首した犯人の名として記事には書かれていた。記事の早さを見ると、わたしと別れた直後に自首したとしか考えられなかった。
わたしはなにもしなかった。片岡周五郎に贖罪の心を呼び覚ましたのは……。
雨だ。
※ ※ ※ ※ ※
作者のわたしが待っていなかったんだから誰が待っているはずもない「残念な男」シリーズの第二弾です。ネタがなくなるとこういうタイプの人が出てくるのであります。
それにしては推論が推論になっていないのは……ネタも時間もなかったからじゃあ! とほほほ。
「残念な男」本人は作者のわたしも気に入っているので、またなにかの折に出てくるかもしれません。そのときは、どうかよろしゅうに……。
今回の教訓:「BLはわたしには無理だ」(笑)
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Re: 矢端想さん
お褒めにあずかればあずかるほど、
「申し訳なさ」があふれてくる内容だったりしますこの小説。
どう見ても練りこみ不足だもんなあこれ(^^;)
昨今のニュースを見るにつけ、「小さな親切」ができにくくなっているなあ、と思う今日このごろであります。変にヒッチハイカーんて拾ったら、いつ「タクシー強盗」に変化するかわからない世の中ですからねえ……。
江戸時代の旅行の手引きにも、「旅は道連れ世は情け」は悪人がはやらせたデタラメな言葉で、旅の間は「人を見たら泥棒と思え」を貫け、と書いてあるそうであります。やな世の中であることは昔から変わらないようであります。とほほほ。
「申し訳なさ」があふれてくる内容だったりしますこの小説。
どう見ても練りこみ不足だもんなあこれ(^^;)
昨今のニュースを見るにつけ、「小さな親切」ができにくくなっているなあ、と思う今日このごろであります。変にヒッチハイカーんて拾ったら、いつ「タクシー強盗」に変化するかわからない世の中ですからねえ……。
江戸時代の旅行の手引きにも、「旅は道連れ世は情け」は悪人がはやらせたデタラメな言葉で、旅の間は「人を見たら泥棒と思え」を貫け、と書いてあるそうであります。やな世の中であることは昔から変わらないようであります。とほほほ。
>作者のわたしが待っていなかったんだから誰が待っているはずもない「残念な男」
卯月、待っていましたけども! じつはひそかに「もう一度書いていただけないかしら」って、ドキドキながら待っていましたけどもー! きゃー! 残念なひとーっ!!(((*ノД`)ノ
ありがとうございます、ありがとうございます!(/∀\*)
そしてまさかのBL風味w 残念な人がドッキリにはめられ笑い者になって「ああやっぱり残念なひとは残念なひとだったw」で、終わるのかと思いきやまさかの展開で。切ない……。
残念なひとが渇きを覚えたっていうことは、片岡周五郎のことを残念なひとは「女」として認識していたんだなって思うと、なんとなく割増せつない感じがして……。
そんな切なさとともに胸に残る、堆肥何に使うんだろうっていうか残念なひとなんで堆肥運ぶことになったんだろうっていう、疑問(笑)
卯月、待っていましたけども! じつはひそかに「もう一度書いていただけないかしら」って、ドキドキながら待っていましたけどもー! きゃー! 残念なひとーっ!!(((*ノД`)ノ
ありがとうございます、ありがとうございます!(/∀\*)
そしてまさかのBL風味w 残念な人がドッキリにはめられ笑い者になって「ああやっぱり残念なひとは残念なひとだったw」で、終わるのかと思いきやまさかの展開で。切ない……。
残念なひとが渇きを覚えたっていうことは、片岡周五郎のことを残念なひとは「女」として認識していたんだなって思うと、なんとなく割増せつない感じがして……。
そんな切なさとともに胸に残る、堆肥何に使うんだろうっていうか残念なひとなんで堆肥運ぶことになったんだろうっていう、疑問(笑)
冒頭、そんな大層に考えなくても、誰かがずぶぬれになって夜遅く田舎道を歩いていたらクルマを止めて「乗ってけ」というのは普通のことでしょう。そして大抵は相手も素直に乗る。止まるのを躊躇するとしたら幽霊か何かかも知れぬというコワさか、「何か事件に巻き込まれたくない」という日和見感情。
意外な展開と、真相を明かされないままの余韻を残した終わり方。
なんだか味わい深い短編に仕上がっているような気がします。
意外な展開と、真相を明かされないままの余韻を残した終わり方。
なんだか味わい深い短編に仕上がっているような気がします。
Re: 山西 サキさん
そうおっしゃられるとこちらもつらいところが。というかいいわけできない(^_^;)
「とにかく毎日の更新だけはしなくては!」と半ば強迫観念だけで書いたみたいなものなので(^_^;)
発表する前にもうちょっと考えるべきだったなあ、わたし……。(汗)
「とにかく毎日の更新だけはしなくては!」と半ば強迫観念だけで書いたみたいなものなので(^_^;)
発表する前にもうちょっと考えるべきだったなあ、わたし……。(汗)
最初の一節で物語にグンッと引き込まれますね。
途中からグダグダになってきますけど……
残念。
すみません……
途中からグダグダになってきますけど……
残念。
すみません……
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Re: 卯月 朔さん
基本的にこの男が出てくると話はシリアスになります。そういう話も書きたいときがありますので。
「堆肥」の件ですが、単なる「ギャグ」です(きっぱり)。雨の夜に軽トラを走らせるのに理由が欲しかったのですが、なにかトホホな理由はないか、と考えた末にこうなりました。シリアスな話の主人公をやることになるマジメで思慮深い男ですけれど、基本的にこいつ道化師のポジションだよなあ(^^;)
近いうち再び出てくるかもしれませんのでよろしく(^^)